第百五十三話:四人の帝王と他二人
俺視点で、ここまでのあらすじ。
あの隠神島での大騒動が終わって、ようやく静かな夏休みに入れたかと思えば。
何故か牙丸先輩が『九頭竜ちゃんとメイド喫茶でデート中』とかメッセージを送ってきたもんだから大急ぎでこの場所に来た。
で、幸い九頭竜さんは無事だったのだけれど……何故六帝の皆様が揃ってるんだ?
「あの……牙丸先輩、この状況はなんですか?」
「九頭竜ちゃんに集められた帝王達だよ」
「あぁ、そういう」
牙丸先輩の端的な説明で状況を理解できた。
隠神島の時に九頭竜さんが言っていた件が実現しそうな状況なんだ。
他の六帝評議会のメンバーに声をかけてくれるって言ってたし……いや待て。
(これどう見ても6人中4人集まってるよな!? ウチのトップツーどんだけ思うところ持たれてるんだよ!)
思わず眉間を押さえてしまう。
いや確かにアニメでも最後には実質、あの2人対その他にはなっていたけど。
こうも露骨な場面を見せつけられると、むしろ反応に困る。
「つーか音無先輩いるなら先に言ってくださいよ」
「なによ。随分嫌そうな顔するじゃない」
「いるって知ってたらアイツを連れてきてないんですよッ!」
マジで急すぎた上に、たまたまアイツと話している最中だったせいで普通に連れて来ちゃったよ。
頭痛いけど、後ろからトタトタ足音が聞こえて来たからもう手遅れだ。
「ツルギくーん、真波ちゃーん!」
「あれ? 藍も一緒だったんだ」
「貰い物の果物をお裾分けに藍の家に行ってた最中だったんだよ」
「そういえば天川くんってお隣さんだったね」
九頭竜さんの疑問にはサラッと回答させてもらう。
なお藍は俺が「九頭竜さんがピンチかもしれない」と言ってしまったせいか、迷う事なく九頭竜さんに抱きついていた。
「真波ちゃん大丈夫!? 怪我とかない? お腹空いてない? ピンチって事は強敵出て来た!? だったらアタシが倒していい!?」
「藍、その辺にしてやってくれ。九頭竜さんが昇天しかかってるから」
「わぁぁぁ!? ごめん真波ちゃん!」
大慌てで九頭竜さんから離れる藍。
しかし残念ながら、座っていた九頭竜さんと立っていた藍の間にあった高低差がトドメを刺していた。
同年代にしては大きめな藍のお山によって顔面が制圧されていた九頭竜さん。
藍が離れた後も「ふわふわ……お友達ってふわふわ」と意味不明な言葉を呟き続けていた。
「はぁ。九頭竜さんも難儀というか――」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで? なんで真波は私の最愛にして世界の宝であり私の子宮をタポンタポンにしてくれる妖精さんの藍たんにハグして貰えてるの? 年齢? 学年が違うのがいけないの? だったら私いくらでも権力を使って留年するわよ。いいえ留年なんて甘いわ私が学年を下げれば良いのよ。そうよそうすれば藍たんと無限イチャコラ編に入れるわ。2人で列車に乗って愛の園という天国に行くのよ。待ってなさい天国さん(※ここまで超早口かつ小声)」
「前言撤回。コイツを前にしたら全員平和な性格で相違ない」
藍と戯れ合う九頭竜さんに対して嫉妬の炎を爆発させている音無先輩。
いやこれはもう嫉妬の呼吸というか、歪み柱というか。
あと先輩、煉●さんのニュアンスで天国さんとか言わないでください。早口も相まって普通に怖いです。
「あっ、氷帝のツララ先輩だ! こんにちは〜」
「ヒンっ。こんにちは」
推しもとい藍から挨拶されただけで顔面が面白い事になる音無先輩。
どんだけ推しに認知された事が嬉しいんだよ。あとそれ何回目だよ、いい加減慣れろよ脳みそ限界ピンク。
それと我関せずみたいな顔してコーヒーを楽しむな牙丸先輩。
(あれ? 今更だけどよく見たら……)
よく知るけど見慣れない人物が1人、牙丸先輩の隣に座っている。
さっき思わず普通にカウントしてしまったけど、よく考えたら俺この人とは初対面だったわ。
「えっと、初めまして。1年の天川ツルギです」
「知っている。オレは――」
「序列第5位【裏帝】の黒崎先輩ですよね?」
「そうだ。視界の広さは悪くないらしいな」
クールな様子でそう答えてからジュースを飲む先輩。
白と黒のツートンカラーな髪が特徴的なこの人こそ、入学式にも姿を見せなかった最後の六帝。【裏帝】黒崎勇吾だ。
アニメにも登場はしたけど、お世辞にも出番が多かったとは言えず。
ネット上では『空気帝』だとか『無色帝』だの散々な通称がつけられていた。
「なんだ? オレの顔になにかついているのか」
「いいえ、気にしないでください」
なんというか、自分の中にある感情がグチャグチャしてくる。
前の世界でのネット上での扱いもだけど、この人って1年生編の終盤から急にいなくなるんだよな。特にフォローとか無かった筈だし。
……マジで今後不穏な事になるとか言わないでくれよ。
「まあ2人とも座りなよ。キミ達の分はボクが支払うからさ」
「えっ良いんですか? やったー!」
無邪気に喜びながら九頭竜さんの近くに座る藍。
俺は必然的に残った席に座ったのだけれど……音無先輩、九頭竜さんを睨まないであげてください。
とりあえず俺と藍は店員さんに注文を伝えて、本題に入る。
「で、今日呼び出した理由は……俺をこの会議に参加させるためですか?」
「そこまで分かっているなら話が早くて助かる。だけど半分だけ正解かな?」
「まぁ藍がいますしね」
「いやいや。むしろ武井ちゃんの登場はボクにとっても嬉しい誤算だよ。証言者は多い方がいい」
そして牙丸先輩からここまでの経緯を改めて聞く。
九頭竜さんとの話もあったので、おおよそ検討がついていた範疇だ。
とはいえ、黒崎先輩が早々に同盟に参加してくれるというのは幸運だと言える。
音無先輩は……藍を絡めればどうにかなるか。
「フーッ……フーッ……」
やっぱり考え直した方がいいかな。
音無先輩さっきから藍をガン見しながら鼻息荒くしてる。
というか藍はいい加減気づいてくれ。プリンに舌鼓をうつ前に不審者の存在に気づいてくれよ原作主人公ッ!
「まぁとりあえず。同盟の件は分かりましたし、俺も協力します」
「そう言ってもらえると助かる」
「あとはウイルスについて、ですよね」
無言で頷く牙丸先輩。
一応ウイルスカードの存在自体は信じて貰えているらしいし、九頭竜さんや牙丸先輩、あと何故か音無先輩の目撃証言もある。
となれば俺から話せるのは……あの施設に関する事くらいか。
「もしかしたら九頭竜さんから聞いているかもしれませんが――」
俺は先輩達に隠神島にあった施設の話をした。
とはいえ流石に化神については余計な混乱に繋がりそうだから伏せておく。
あくまで話の焦点はウイルスカードを作っていた施設があった事。
その施設が既に破棄されて4年は経過しているという事。
「……やはり、何者かが誠司の背後についているか」
深刻な表情でそう溢す牙丸先輩。
無理もないだろう。序列第1位の所業だけでなく、真っ黒な人間関係まで見えて来たのだから。
物が物なだけに、合法の集団なんかじゃないだろう。
(まぁそもそも、地下ファイト場に行くような時点で黒い人間関係がない……なんて有り得ないか)
アニメ情報だけでもドス黒い権力者の類と繋がっている描写はあったし、そういう人間とウイルスカードの取引をしている場面もあった。
まぁ最終的に権力者は碌でもない展開になっていたけど……こう現実の問題としてぶつかってくると、やっぱり面倒な話になってしまう。
「少なくとも行儀の悪いお偉いさんだとか、地下の関係者だとか。金も権力もある人間がついてるのは確かだと思いますよ」
「そうだな……そうでなきゃ、あんな地下ファイト場との縁もないか」
しかし改めて相手の事を考えると、中々面倒な状況だなと思う。
ぼんやりとアニメ同様に政帝を倒せば解決……ともいかない可能性が出て来た。
背後にいた人間達、場合によってはそれも相手しなきゃいけない。
元々治安のよくない世界とはいえ、無法な集団相手するのは手間……
(いや案外大丈夫か。この世界でカード使わずに解決しようとする奴レアすぎるし)
思い返せばギャングでさえちゃんとサモンファイトに応じてくれたし、ちゃんと勝敗結果は尊重してくれたし。
案外色々大丈夫な気がして来たな……別の意味での心配も出て来たけど。
それで大丈夫なのか、裏社会の皆さま。
「なんだか、黒すぎて逆に清々しいわね」
「音無先輩、黒いってことは後ろ盾が怖いって事でもありますよ……何が後ろなのか分からないですけど」
「……」
なんか九頭竜さんが黙り込んで考えている。
心当たりがあるのか……それとも単純に政帝達の倒し方を考えているのか。
どちらなのかは分からないけど、頭を悩ませる話になっているのは全員同じだ。
「何にせよ手順を間違えればコチラが危ない、か」
重々しくそう口にする牙丸先輩。
確かにその通りで、アニメのように倒して解決なんて軽い道筋とは絶対にならないだろう。
間の描写がないアニメと違って今はただの現実、カットされるシーンなんて存在しないんだ。
(いくら先の展開をある程度知っているとはいえ、既に変化した箇所もあるからな……)
となれば自分の記憶を過信できないし、間の話なんて考えるだけでもキリが無い。
……いや、この世界なら割とあっさりファイトで解決できそうなのが怖いんだけどな。
そんな風に俺が頭を悩ませていると、黒崎先輩が挙手をしてきた。
「政帝の背後だが、オレに調べさせてくれないか?」
「そういえば、さっきも心当たりがあると言っていたね」
「あぁ。まずはそこから調べる……後の順序は、それから考えた方が良いだろう」
黒崎先輩がそう言うと、牙丸先輩が「そうだね。とりあえずはキミに任せよう」と返答した。
正直、気持ち的には早々に終わらせたい事件ではある。
だけど相手が相手なだけに、下手な動きをすれば余波も出かねない……と考えるのが普通の思考なんだろう。
(ごめんなさい先輩方。めちゃくちゃシリアスな雰囲気なんですけど、多分アウトローな人達の過半数はファイトでどうにかできそうなんですよ)
自力で解決できる可能性が凄まじく高い時点で、どうにもシリアスに徹し切れない自分がいる。
とはいえ、荒事なんて無いに越したことはない。
本当に警戒すべきは、純粋な暴力に訴えかけてくるレアパターンの人間が出てくる事だけだ。
「調べものはそこの不良帝に任せるとして。まずはあの2人が帰国するまでに策を練らないと、私達も無事では済まないわね」
「そうだね。でも不幸中の幸いこの同盟には心強い協力者もいる」
そう言って牙丸先輩は俺の方を見てきた。
まぁ頼ってもらえるなら存分に力を貸しますよ。
なんなら場合によってはチーム:ゼラニウム名義で全員参戦もあります。
「牙丸先輩。アイツを倒すためなら俺は喜んで力を貸しますよ。速水の件もありますしね」
「アタシだって同じですよ! ギョウブのこととモガガッ!?」
九頭竜さんマジでナイス!
うっかり化神関係の話題を出しそうになった藍の口に、九頭竜さんがケーキを思っ切りねじ込んで塞いでしまった。
なんか近くで音無先輩が「あーんって……あーんって」とか悔しそうに呟いているけど、マジでナイス!
「まずは全員、計画を考える時間が必要だね」
牙丸先輩のその発言が切り口となって、俺達はひとまず解散という流れになった。
ウイルス感染者を目撃した時のために連絡先を交換して、俺達は店を出る。
「うぅ〜、爆速解決! なんていかないからモヤモヤするよ〜」
「仕方ないよ。容疑者の帰国予定が二学期開始後だから」
「モヤモヤでテンション爆サゲ〜」
肩を落としてそう言う藍と、彼女の背中をよしよしと撫でる九頭竜さん。
とりあえず血の涙を流している音無先輩は牙丸先輩に押し付けます。
「なぁ天川? なんでボクに押し付けたんだい?」
「女の子の扱いに長けている牙丸先輩が最適だと思いまして。藍達が見えなくなるまでお願いします」
「ねぇ待ってくれ天川。ボクにも限界というものがあってだね!?」
そう言いつつも音無先輩を抑えてくれる牙丸先輩。
優しい帝王様の慈悲に甘えて、俺はさっさとこの場を離れるよう藍達に言うのであった。
「ふぅ。じゃあ俺も帰るか」
カーバンクルはさっきから眠っているし、もう用事もない。
そう思った瞬間であった。後ろから黒崎先輩が声をかけてきた。
「天川、この後少し時間はあるか」
「へ? ありますけど」
「なら一緒に来い。次期帝王……いや、学園に居続けるのであれば知っておいた方がいい事もある」
そう言って歩き始める黒崎先輩。
何を伝えたいのかは分からないが、アニメ情報も少ない人物と話ができるなら、これほど面白い機会もないだろう。
俺はそんな軽い気持ちで先輩の後についていくのであった。
「フグルルルルルルルルルルルルルァァァッッッ!」
「おーい2人ともー! ツララちゃんを引き取ってくれー!」
後ろから叫び声が聞こえたけど、女の子の扱いはプロに任せます。
俺らは逃げる。




