第百五十二話:四帝会議
時期は8月中旬も折り返し地点に入った頃。
六帝評議会序列第6位【竜帝】の九頭竜真波は、2人の先輩と共に『和メイド喫茶 浪漫』にいた。
「……あの、なんでメイド喫茶なんですか?」
「ボクの趣味だ。良い店だろう?」
「王先輩。今すぐ舌を噛み切ってください」
真波が抱いた素朴な疑問に対して、ブラックコーヒーを口にしながら答える【暴帝】王牙丸。
そして真波の隣に座っていた【氷帝】音無ツララは心底嫌悪感を隠せない様子で、遠慮なく毒を吐き捨てていた。
「それで。こんな所へ呼び出して……王先輩の要件は何ですか? 大した用事でなければ今すぐ凍らせますけど」
「残念だけど、今日ボク達に召集をかけたのは九頭竜ちゃんの方だよ」
「……真波が?」
「はい。ボクが王先輩に声をかけて貰うよう頼みました」
てっきり懲りずにナンパ目的なのだと思っていたツララは、青い目を大きく開いて真波の方を見てしまう。
それ程までに予想外な事態でもあったのだ。
「じゃあこの場所を選んだのも真波が――」
「いいえ。ボクは学園の外で人目につかず集まれる場所を王先輩に選んでもらっただけです」
「だから言っただろう? ここはボクの趣味だって」
「やっぱり凍らせた方が良いかしら?」
真顔で即答する真波に対して、ツララは凄まじい表情で牙丸を睨みつける。
それは後輩からの相談だと容易に想像がつくのに、わざわざメイド喫茶をチョイスした彼の人間性を心底疑う目をしていた。
「ツララちゃ〜ん、そう怖い目をしないでくれよ」
「貴方のふしだらに後輩を巻き込まないでください」
「風評被害だよ。ボクだって節操くらい持っているさ」
「その割には既に1年の女子に声をかけているようですけど?」
凄まじいプレッシャーを放ちながら、そう言い放つツララ。
あまりにも強烈な圧を前にしつつも、牙丸は「あっバレてた?」と茶目っ気混じりに返すのであった。
しかしそれはそうとして、ツララはある事が気になっていた。
「ねぇ真波。何故わざわざ学園の外に呼び出したのかしら?」
「ツララちゃんなら予想くらいつくんじゃないかな?」
「先輩には聞いてません。でもまぁ、嫌な予感なら少しだけあるのも確かだわ」
ため息を一つ吐くと、ツララはアイスティーを一口飲んで自分を落ち着ける。
彼女の頭を過っている嫌な予感。この場にその人物達がいないという事実が、ツララの中で予感を補強してしまう。
真波と牙丸はなんとなくソレを察するが、確証がない内は言葉にしない判断をしていた。
「あともう一人。来てくれれば良いんですが」
「真波……まさかアレを呼んだの?」
「ボクが言うのもなんだけど、来たら奇跡だね」
スマホの画面を心配そうに確認する真波。
ツララは彼女が誰を呼んだのか察したが、同時にその人物が来る可能性の低さも知っていた。
「あのサボり魔が急な呼び出しに応じるわけないでしょう。アレ抜きで本題に入って――」
「誰が、サボり魔だって?」
無理にでも本題に入ってしまおうとしたツララの背後から、一人の男が声をかけてくる。
思わず振り返るツララと他2人。
そこに立っていたのは黒と白の髪が半々になっている、気怠そうな雰囲気の男であった。
彼が現れた瞬間、牙丸は驚きはしたが直ぐに快く歓迎した。
「よく来てくれたね。勇吾」
そう呼ばれた男の名は黒崎勇吾。
六帝評議会序列第5位にして【裏帝】の称号を得ている、聖徳寺学園の2年生であった。
滅多に姿を現さないため、ツルギですら直接会った事はない。
「それで、誰がサボり魔だって?」
「貴方以外にいるわけ無いでしょ、不良帝王!」
「まぁ……オレは否定できる立場にない事は認める」
淡々とそう答えると、勇吾は適当に空いていた席に座る。
牙丸の隣の席で、勇吾は店員にオレンジジュースを注文していた。
「にしても珍しいね。勇吾が急な呼び出しに応じるとは」
「今日は時間があった。それにオレも後輩の頼みを無碍に切り捨てる趣味は持っていない」
「そう言ってもらえると、ボクは先輩として少し安心するよ」
どこか含みのある表情で、牙丸は「荒事を任せていると余計にね」と小さく続けていた。
しかし勇吾はその言葉を軽くスルーしてしまう。
ただただ無表情のまま、運ばれてきたオレンジジュースを少し飲むのであった。
「うん。これで全員集まってようだね……九頭竜ちゃん」
「はい」
六帝評議会の内、最上位2名を除いたメンバー。
それで全員だとした時点で、ツララは自身の中にあった嫌な予感が確信に代わり始めていた。
「真波。本当にこれで全員なのね?」
恐る恐る、念を入れるように問うてくるツララ。
真波はそれに対して、小さく頷き肯定する他なかった。
するとツララは小さく「そう」と呟き、それ以上何も言ってこなかった。
「それでは今日の本題に入らせていただきます。議題は政帝……いいえ、政誠司と風祭凪による一連の事件について」
そして真波は知る限りの内容を話し始める。
一学期に起きた速水学人に対するウイルスカード強制譲渡事件。
また、その後に起きたウイルスカードが関連する事件たち。
化神に関しては流石に伏せているものの、ウイルスカードという存在の危険性と序列第1位と第2位が主導して事件を起こしているという事実。
真波はそれを訴え、速水の事件に関しては牙丸も目撃証言をした。
「……やっぱり、あの2人が何かしていたのね」
ツララは手に持ったアイスティーを僅かに震わせながら、絞り出すようにそう口にする。
「真波が言っていた感染した生徒……私もそれらしき場面を見たのよ」
「ツララ先輩も、ですか?」
「えぇ、と言ってもファイトしていたのは私ではないのだけれど」
その発言がツララの口から出た瞬間、牙丸は心の中で「絶対に武井藍だ」とファイトしていた生徒を察してしまう。
ついでに、間違いなく、ツララがストーキング中に目撃した事も察したが話が拗れるのが目に見えていたので、牙丸は黙るのだった。
「マイラブリー尊み限界突破エンジェル藍たんがファイトしていた相手、明らかに様子がおかしかった上に使っているカードも異質だったわ。ファイト後に倒れていたのもウイルスというものに感染していたのだとすれば、色々納得できる」
深刻そうな表情で当時の状況を振り返っているツララ。
しかしウイルスによってダメージを受けていた藍の姿ばかり思い返していたのか、鼻息はかなり荒かった。
誰もそれに対してツッコミを入れようとは思っていない中、勇吾は口元に手を当てて何かを考え込んでいた。
「勇吾、なにか心当たりでもあるのか?」
「あぁ、少し気になる事が……これは学園の外だろうからオレが動く。その方がやりやすいだろう」
「そうだな。学園の外で荒事するなら勇吾が一番動きやすい……頼めるか?」
「任せてくれ。裏の事はオレの専門だ」
少ない言葉で理解し合う牙丸と勇吾。
ツララと真波も、彼らが何を言おうとしているのか理解できていた。
その上でツララは、正直な自分の気持ちを吐露する。
「序列1位と2位が一緒にやらかすだなんて、評議会始まって以来の大不祥事じゃないかしら?」
「だろうね。マスコミなんかにバレたらさぞ美味しいエサに見えると思うよ」
「随分軽いリアクションなんですね、王先輩」
「……マスコミが動けばの、話だからね」
コーヒーカップをテーブルに置きながらそう口にする牙丸。
彼の言葉の意味が一瞬理解できなかったツララは「どういうこと」と反射的に聞き返してしまった。
「そういえば、最初の速水学人の事件で彼がどこでウイルスカードを受け取ったのか言ってなかったね」
「学園じゃない、ということですか?」
「地下ファイト施設だったよ。もちろん違法なやつだ」
「まさか……序列第1位の帝王が、下級生をそんな所に呼び出したっていうの!?」
流石に声をあげてしまうツララだったが、牙丸の答えは「そのまさかだよ」という残酷なものであった。
叩けば埃が出るなどという領域ではない。事実はあまりにも、ツララの想像を超える最悪を見せつけてきた。
「黒崎先輩は、驚かないんですね」
「いや、オレも驚いてはいる……だが納得もある、それだけだ」
そう言う勇吾はどこまでも静かで、ただ瞳の奥にだけ感情を浮かべるばかりであった。
「九頭竜。これをオレ達に話たということは」
「……これは、提案です」
自分より格上の帝王3人。彼らを前にして物怖じする事もなく、真剣な眼差しで真波はソレを提案する。
「ボク達の役割を果たし、無法な2人の暴走を止める。そのための同盟を提案します」
反逆を目的とした同盟の誘い。
現在のトップ2を討ち取るという、無謀とも呼べる挑戦の提案。
真波を除く3人の帝王達は考えるように黙り込んでしまった。
無理もない反応だと真波は感じ取っていた。
仮にも六帝評議会の序列1位と2位。その実力を同じ評議会所属の帝王達が知らないわけがなかった。
「難しい、ですか?」
「倒そうとするなら実際そうだね。でもボクは参加させてもらうよ。アイツを止めなければならない」
元よりそのつもりだった牙丸は、あっさりと同盟への参加を明言する。
一方で難色を示しているのはツララであった。
「気持ちは理解できる。だけどあの2人を実力で止めるのは……申し訳ないけれど現実的だとは思えない」
「だったらオレがやろう。オレもその同盟に手を貸す」
「貴方、正気なの? 勝算でもあるわけ?」
「今はない。だけど九頭竜が考えなしに同盟の提案をするとは思えない」
勇吾は真波に「そうだろう」と問いかけるような視線を向ける。
これも真波の想定内。小さく頷いて肯定し、真波は一つの考えを述べ始めた。
「ボク達評議会メンバー以外にも、協力してくれそうな人達がいる」
「それが九頭竜の考えか……強いのか?」
「少なくとも1人は、間違いなく」
真波の返答を聞いて、問いかけた勇吾だけではなくツララと牙丸も1人の男子生徒を思い浮かべていた。
「天川ツルギ……」
「そういえばツララちゃん、非公式なファイトで負けたんだってね?」
「あ、あれはバチクソプリティー女神藍たんに見られてたから! うっかり油断しただけだから!」
「ツララちゃん。さっきから気になってるんだけど滅茶苦茶なルビが振られてないかい?」
「気のせいですよ王先輩。セクハラで訴えましょうか?」
冷たさを通り越して絶対零度。
ここで一歩でも踏み込もうものなら確実に、躊躇いなく殺される。
本能的にそれを察した牙丸は、それ以上突っ込む事はしなかった。
「天川……たしか今年の合宿をトップ通過した1年だったか」
「あぁその1年生さ。ちなみに凪ちゃんからは滅茶苦茶嫌われているし、誠司のお誘いを派手にフっている」
「それは将来有望だな」
わざとらしく興味なさげな素振りをする勇吾だが、牙丸は彼がツルギに興味を抱き始めたと察してニヤニヤしていた。
すると牙丸は自身のスマホを取り出して、画面に表示されたメッセージを確認する。
「先輩、誰か呼んだんですか?」
「うん。九頭竜ちゃんの話は予想できていたからね。やっぱりこういう物事は実際に対峙した人間から聞くのが一番だ」
牙丸がそう言うと、一つの足音が彼らのテーブルに近づいてきた。
否、近づくというよりは駆け寄るといった足音だ。
「せーんーぱーいー! 遂に九頭竜さんに手を出したんですか!?」
「やぁやぁ天川。夏休みは楽しんでいるかい?」
「今まさに水を差されたところです……って、アレ? なんでか帝王勢揃い?」
牙丸に呼び出されて急遽参上したのか、肩で息をしているツルギ。
だが4人の帝王が揃ったテーブルに呼び出されたと理解してしまい、ツルギ目が点になるのだった。




