第百四十八話:進化、そして感染
「アタシのターン。スタートフェイズ、ドローフェイズ!」
藍:手札3枚→4枚
「メインフェイズ。みんな来て! 〈ブイバード〉〈ブイドッグ〉〈ブイモンキー〉を召喚!」
手札を見てすぐさま藍は判断を下す。
3枚のカードを仮想モニターに投げ込み、鳥型、犬型、猿型のモンスターが召喚された。
そして〈ブイモンキー〉の召喚コストでライフを1点支払う。
藍:ライフ10→9
〈ブイバード〉P4000 ヒット2
〈ブイドッグ〉P3000 ヒット1
〈ブイモンキー〉P5000 ヒット3
3体のモンスターはまだステータスも低く、ライフも減少していないので【Vギア】も発動できない。
ギョウブの場にはブロッカーとなるモンスターはいないが、あちらの手札は5枚。迂闊に攻撃ができる状態ではないと、藍は判断する。
だからこそ藍は、手札に残っていた1枚のカードに賭けた。
「魔法カード〈三臣奥義-桃獣の陣-〉を発動! そのコストで系統:《勝利》を持つモンスターを好きなだけ破壊する」
発動コストによって、藍の場にいた〈ブイバード〉〈ブイドッグ〉〈ブイモンキー〉は全員破壊されてしまう。
突然3体ものモンスターを失った藍に、ギョウブは嘲笑を向けた。
「『バカが。いきなり自分のモンスターを全て壊したか』」
「〈三臣奥義-桃獣の陣-〉は発動コストで破壊したモンスターの数で効果が増えていく魔法カード。1種類破壊すればアタシ自身に3点のダメージを与える」
魔法効果によって、藍の背後には三つの紋様が繋がった陣が浮かび上がる。
その内一つが光り輝き、電撃となって藍のライフに襲いかかった。
「痛ッッッ!?」
藍:ライフ9→6
ウイルスの影響でライフダメージが肉体に反映される。
強烈な痛みが駆け抜け、藍は思わず声を漏らしてしまうが歯を食い縛って耐える。
「2種類破壊していれば、カードを2枚ドローするッ!」
痛みを気にしようとは思わない。
この痛みはギョウブやララの苦しみだと、藍は自身に言い聞かせながらカードを引く。
藍:手札0枚→2枚
「まだまだ。3種類のモンスターを破壊していれば、回復状態の相手モンスターを全て破壊する!」
藍の背後に浮かぶ紋様から、三体のモンスターの幻影が現れる。
幻影として現れた〈ブイバード〉〈ブイドッグ〉〈ブイモンキー〉は、ギョウブの場に存在する2体の祠へ攻撃を仕掛けた。
祠はデメリット効果によって疲労状態になりにくい。よって魔法効果によってバラバラに砕かれてしまった。
祠を破壊し紋様の前に集まる3体の幻影……この先が藍にとっての本命効果であった。
「〈三臣奥義-桃獣の陣-〉最後の効果。墓地に〈ブイバード〉〈ブイドッグ〉〈ブイモンキー〉が全て揃っているなら、自分のデッキから系統:《勝利》を持つモンスター1体を、召喚コストを無視して召喚できる!」
「『あぁん? オレを相手に何を出す気だァ?』」
「アタシが呼ぶモンスターはこれ。お供の力を借りて来て! 〈ドンブライガー・Ltd.〉!」
三体のお供モンスターが紋様の中に消えていき、藍の場にゲートを開く。
ゲートの向こう側から駆け抜けて現れたのは、背中に二振りの大太刀を装備した赤毛の獅子であった。
〈ドンブライガー・Ltd.〉P12000 ヒット3
本来なら手札2枚とライフ1点という重いコストを持つモンスターである故に、そのステータスは高い。
しかし突然デッキからパワー12000のモンスターが現れたにも関わらず、ギョウブは短く口笛を吹いて余裕そうであった。
「〈ドンブライガー・Ltd.〉の召喚時効果を発動! 自分のデッキから系統:《勝利》を持つ魔法ではないカードを1枚選んで手札に加えることができる。アタシは〈ビクトリーセイバー〉を手札に」
「『そっちが好き放題するなら、オレ達もやらせてもらおうかッ! 破壊された〈守護者の祠〉の効果によって、オレがこのターン次に受けるダメージは0になるッ!』」
藍は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
一回だけとはいえダメージを0にされてしまえば、2回攻撃等を持っていない〈ドンブライガー・Ltd.〉の攻撃は意味が無くなってしまう。
だがギョウブの祠はまだ効果を残していた。
「『続けて〈封印の祠〉の破壊時効果発動……オレのデッキから系統:《陰陽》を持つモンスターを1体召喚する』」
「そっちもデッキ召喚……」
「『祠を壊せば怪異がやってくる。キサマのやった事は自分の首を絞めたようなものよッ!』」
そしてギョウブは1枚のカードをデッキから選び、仮想モニターへと投げ込んだ。
「『覚醒の時は来たれり。我は今こそ大神へと進化する!』」
「まさか、ギョウブの進化形態!?」
場にいたギョウブが黒い魔法陣へと飲み込まれていく。
そして姿を現したのは先程までのような、大きなタヌキのモンスターではない。
獣人らしく頭身は高くなり、白い装束と大太刀装備した新たな姿へと変化した。
「『第二形態……〈【覚醒の怪狸】オオガミ・ギョウブ〉!』」
〈【覚醒の怪狸】オオガミ・ギョウブ〉P11000 ヒット2
進化したギョウブを前にして、藍は自分のミスを悔やんだ。
迂闊に祠を破壊しなければ良かったと考えるが、すでに遅い。
そして追い討ちをかけるように〈オオガミ・ギョウブ〉の効果が発動した。
「『進化したオレの効果を発動。相手モンスターを1体破壊してッ! そのモンスターのヒット数だけダメージ与えるッ!』」
「ヒット数って、じゃあ」
「『キサマの場に残っているモンスターは1体。斬り捨ててやろうッッッ!』」
叫びながら〈オオガミ・ギョウブ〉は抜刀し、藍の場にいる〈ドンブライガー・Ltd.〉へと振り下ろした。
身体を斬りつけられて倒れる〈ドンブライガー・Ltd.〉。しかし〈オオガミ・ギョウブ〉は執拗に刀を振り下ろし、何度もめった斬りにしてくる。
もはや怨みしか残っていないのか、八つ当たりのような行動をしても悪びれる様子もない。
そして晴れやかになる様子もない。決して晴れない怨みに支配されているようでもあった。
「『そしてぇ、破壊したモンスターのヒット数だけキサマにダメージだァァァ!』」
大太刀を振るい、斬撃を飛ばしてくる〈オオガミ・ギョウブ〉。
それをまともに受けてしまい、ライフダメージと同時に藍の身体に激痛として走り抜けていった。
藍:ライフ6→3
「ッ……破壊された〈ドンブライガー・Ltd.〉の効果発動。このカードは破壊された時にもデッキからカードを手札に加えられる」
『藍、オイラをッ!』
「うん。アタシはデッキから〈【勝利竜】ブイドラ〉手札に」
痛みを必死に堪えて試合を続ける藍。
既に身体のあちこちから血が流れているが、それ気にせず藍は自身の相棒を仮想モニターへと投げ込んだ。
「燃える炎で勝利をつかむ。熱く弾けてアタシのバディ! お願い〈【勝利竜】ブイドラ〉!」
「ブイッ! 今日はオイラも全力ブイ!」
〈【勝利竜】ブイドラ〉P5000 ヒット2
召喚されるや口から僅かに炎を漏らすブイドラ。
その目はしっかりララに取り憑いたギョウブへと向いている。
怒りに燃え上がっているブイドラを、ギョウブはまるで小さなネズミを見るかのように見下していた。
「『どこまでもニンゲンの肩を持つのか、化神でありながらッッッ!』」
「化神だから人間といるんだブイ。確かにオイラ達は不安定だし、悪い人間だってたくさんいるブイ」
「『だからオレが晴らすんだッ! 殺された化神達の怨みを。生命を踏み躙る事しかできないニンゲン共をッッッ!』」
「オイラ達を生命として認めてくれたのも人間だったブイ! 藍が、真波が、ツルギやアイだってオイラ達を生命ある存在だって認めてくれたブイ!」
人間に対する認識の違いで言い争うギョウブとブイドラ。
特にブイドラは自分達を一つの生命として認めてくれた藍達を否定したくない、ただその思いを胸に感情を爆発させる。
一方のギョウブにはブイドラが愚か、あるいは騙されている哀れな存在にしか見えていなかった。
「『欺瞞ッ!』」
「うるせぇぇぇブイ! 藍ッ!」
「うん! ライフを1点払って、アームドカード〈ビクトリーセイバー〉を顕現!」
藍:ライフ3→2
紅い刀身の大剣が出現して、地面に突き刺さる。
藍はすぐさまそれをブイドラに武装させた。
「〈ビクトリーセイバー〉を〈【勝利竜】ブイドラ〉に武装!」
「ぶった斬って反省させてやるブイ。人間にもいい奴がいるって思い出させてやるブイ!」
サイズが変化した大剣を装備するブイドラ。
続けて藍は1枚の魔法カードを発動した。
「魔法カード〈ビクトリードロー〉を発動。デッキを上から1枚オープンして、それが系統:《勝利》を持つカードなら手札に加える」
藍にはお馴染みのドロー魔法でデッキの一番上を確認する。
オープンしたカードは系統:《勝利》を持つ〈スリップ・コンブ〉であった。
「そしてアタシのライフが5以下だから【Vギア】を発動! 追加で2枚ドロー」
藍:手札1枚→4枚
手札は十分に補充できた。
進化したギョウブのパワーは11000で、武装状態のブイドラで戦闘破壊ができる数値である。
仮に【ライフガード】を持っていたとしても、ブイドラで2回攻撃すれば問題ないと藍は判断した。
「アタックフェイズ! 〈ブイドラ〉で〈オオガミ・ギョウブ〉に指定アタック!」
「激怒パワーでぶった斬ってやるブイッ!」
「この瞬間〈ビクトリーセイバー〉の武装時効果発動! 〈ブイドラ〉のパワーを+10000!」
〈【勝利竜】ブイドラ〉P5000→P15000
大幅にパワーを上げたブイドラは、自身の怒りを乗せて大剣を振るう。
対抗するように〈オオガミ・ギョウブ〉も大太刀を抜いて、鍔迫り合いに応じる。
何度も何度も金属同士がぶつかり合う音が鳴る中、小さく不敵な笑みを浮かべて〈オオガミ・ギョウブ〉はブイドラの攻撃を受けてしまった。
大剣で斬り裂かれてしまい、破壊されてしまう〈オオガミ・ギョウブ〉。
「よっしゃブイ!」
ブイドラは喜んでいるが、藍は何か妙な胸騒ぎを感じていた。
何故ギョウブはあのタイミングで笑ったのか。
その答えはすぐ明らかになった。
「『このターン祠が破壊されている事で【壊放】の条件は達成している。そして自分の系統:《陰陽》を持つモンスターが破壊される場合、その破壊を無効にする事でオレは更に進化ができるッ!』」
「うそっ、ここで進化!?」
ビデオを逆再生するように、破壊された筈の〈オオガミ・ギョウブ〉が復活する。
そして魔法陣に飲み込まれて、〈オオガミ・ギョウブ〉は更なる進化を開始した。
「『戦乱なれど我が勝利に変わりはなく。戦神の武勇をここに刻んでやろうッッッ!』」
魔法陣が消え、新たに姿を見せたのは鎧武者のような出立ちとなったタヌキの獣人。
だがその頭には二本の角が生えており、どこか鬼を彷彿とさせる外見でもあった。
「『第三形態ッ! 〈【戦乱の怪狸】センジン・ダイギョウブ〉』」
〈【戦乱の怪狸】センジン・ダイギョウブ〉P16000 ヒット3
ついに第三形態まで進化してしまったギョウブ。
藍はそのパワーを前に少し動揺をしてしまった。
「パワー、16000」
ここまでの数値が出されてしまうと、武装状態の〈ブイドラ〉でも倒しきれない。
2回攻撃の効果によって〈ブイドラ〉は回復しているが、このまま追撃するくらいなら防御に回した方が最善だろう。
悔しそうに唇を噛んで、藍はその判断を実行する。
「ターン、エン――」
「『キサマのターン終了時に、オレの第三形態が持つ効果発動ッ! 手札を1枚捨てる事で墓地から系統:《祠》を持つモンスターを2体まで復活させる。甦れ〈天宝の祠〉〈封印の祠〉!』」
少ないコストで2体ものモンスターが復活してしい、流石に藍も驚く。
しかし悪い展開はこれで終わらなかった。
「『オレの効果で復活した祠は場に留まれず、即座に効果によって破壊される』」
「効果破壊、それじゃあ!?」
「『破壊された祠の効果発動! まずは〈天宝の祠〉の効果で2枚ドローッ!』」
ギョウブ:手札2枚→4枚
「『続けて〈封印の祠〉の効果発動ッ! デッキから〈双子の祠〉を召喚するッ!』」
〈双子の祠〉P1000 ヒット3
ギョウブの場に新たな祠が召喚される。
しかし今の藍にできる事は残っていない。
藍は悔しさで胸を痛めながら、ターンを終えるしかなかった。
「ターン、エンド」
藍:ライフ2 手札4枚
場:〈【勝利竜】ブイドラ〉
まだギョウブのライフには一度もダメージ与えられていない。
いくら【Vギア】を使える状態になっているとはいえ、藍が不利な状況に変わりはなかった。
「『他愛、なし』」
心底退屈そうに、心底軽蔑するような声でギョウブは吐き捨てる。
人間とは愚かであり、矮小であり、多種族を支配するような力も持たない弱き存在である。
改めてそう認識をしたギョウブは、どこまでも藍とブイドラを下に見ていた。
「『時間の無駄遣いはバカの極み。早く終わらせてやろう……スタートフェイズ』」
そしてターンを開始するギョウブ。
だがカードをドローしようとした時であった、ギョウブの脳裏に何かの記憶が点滅し始めた。
それはギョウブ自身の記憶のように見える。
逃げ出した先で誰かと出会って、誰かと過ごして、誰かと……
「『ッッッ! ドローフェイズッ!』」
藍とブイドラを見ていると、何かを思い出しそうになる。
ギョウブはそれが心底忌々しくて、憎悪の感情に従ってカードをドローした。
ギョウブ:手札4枚→5枚
ドローしたカードを確認して、ギョウブはララの身体で歪んだ笑みを浮かべる。
そのカードはまるでギョウブの中に蠢く闇に呼応するように、ドス黒い気配を放っていた。
「『メインフェイズ。まずは駒を揃えるッ! 魔法カード〈祠再建〉を発動ッ! 墓地から祠を1体選んで復活させる!』」
祠を蘇生させる魔法カードと聞いて、藍は思わず冷や汗をかいてしまう。
現在ギョウブの墓地には、破壊時に次のダメージを0にする強力な防御効果を持つ〈守護者の祠〉がある。
それを蘇生された上で攻撃を仕掛けられては、ターンが回ってきても藍の攻撃が通りにくくなってしまう。
「『オレが蘇生させるのは――』」
嬉々とした様子で蘇生対象を選ぼうとするギョウブ。
万事休すかと藍が諦めそうになった時であった。
ギョウブが取り憑いているララの手が止まったのだ。
まるで中から抵抗しているかのように、小さく腕を震わせている。
「ダ……ダメ……それは、ダメ」
ララの手は仮想モニターを勢い任せに操作して、蘇生対象を選ぶ。
そして場に蘇生したのは、ギョウブが手札コストで捨てていたカード。
ガラクタが集まってできた、奇怪な見た目の祠であった。
〈九十九の祠〉P1000 ヒット3
「『このガキィ、余計な事をォォォ!』」
「ララちゃん!」
藍はララの名前を叫ぶが、無情にもギョウブは再び身体の主導権を奪ってしまう。
様子からして、藍の予想通り〈守護者の祠〉を蘇生させるつもりだったのだろう。
苛立ちを隠そうともしていないギョウブは、その怒りのままに1枚のカードを手にとる。
「『そこまで抵抗する気なら、二度とオレに逆らえないようにするだけだァァァ!』」
そしてギョウブは、そのカードを勢いよく仮想モニターへと投げ込んだ。
「『魔法カード〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉を発動ッ! このカード自分の場のモンスターを1体除外して、ゲーム外部から対応する系統:《感染》を持つモンスターを召喚するッッッ!』」
「ッ……ギョウブ」
とうとうウイルスカードを使ったギョウブに、藍は複雑な気持ちを抱いてしまう。
だが一度発動したウイルスは、もう止まらない。
「『オレは、オレ自身をゲームから除外ッッッ!』」
ギョウブ自身、つまり現在場にいる〈【戦乱の怪狸】センジン・ダイギョウブ〉が感染対象として選ばれてしまう。
真っ黒な魔法陣が現れ〈センジン・ダイギョウブ〉を飲み込み、その存在をより邪悪なものへと書き換えていく。
「『闇に染まりて今こそ目覚めよッ! 我らが使命は世界の終焉なりッ!』」
武人らしい出立ちだった獣人の姿はみるみる変化していく。
蛇のような尻尾が生え、背中からは巨大な蝶の羽根と骨だけの竜の翼が飛び出てくる。
腕も禍々しい鍵爪が生えて肥大化。
様々なモンスターの要素が混ざり合った、不気味極まりない異形の怪物がそこにはいた。
「『カオスライズッッッ! これがオレの最終形態〈【怪狸の感染】バンジン・マガツギョウブ〉だァァァ!』」
〈【怪狸の感染】バンジン・マガツギョウブ〉P23000 ヒット4
「これが、ギョウブなの?」
「デ、デカすぎるブイ」
ウイルス感染したギョウブの姿を目にして、その巨体に圧倒される藍とブイドラ。
同時に二人は、ギョウブという存在から漏れ出る邪悪なものを肌で感じ取っていた。
「ララちゃん……」
力いっぱい拳を握りしめる藍。
この邪悪に乗っ取られてなお抵抗を試みた彼女を想い、藍は闇に飲まれたギョウブを睨みつけるのだった。




