第百三十九話:音無き拡散
別荘で目覚めた時には午前10時を過ぎていた。
やや寝ぼけた頭で昨晩の出来事を思い出す。
あのファイト終了後、倒れた相手の顔を見たらお祭りでソラに負けた島の人だった。他倒れていた法被の人たちも同じく島の住民で間違いないだろう。
流石に砂浜で放置するわけにもいかないので、俺は素直に救急車と警察を呼んだ。
となれば当然、俺は警察からの事情聴取も受けることになったのだが……思いのほか時間がかかってしまい、戻ってきたのは日付が変わってからだった。
もちろん他の皆にはメッセージで事情を説明しておいたんだけど。
(結局あの施設には行く余裕なかったな)
目をこすりながら、そんな心残りを思い浮かべてしまう。
とりあえず着替えていると、先に起きていたカーバンクルが俺の頭に乗ってきた。
「おはようっプイ」
「おはよ。昨日の珍現象は何か分かりそうか?」
「分かっていたら挨拶の前に言ってるっプイ」
じゃあ謎は謎のままということか。
ひとまず俺は部屋を後にするため、扉を開ける。
「あっ、おはようございます」
「ソラ、おはよ」
何故か廊下で座っているソラと遭遇した。
スマホのメッセージにはアイと九頭竜さんはもう外に出ているって言ってたから、てっきりみんな行ったのかと思ってた。
「ソラはみんなと行かなかったのか?」
「ツルギくんを置いて行けないですよ。速水くんは先に目的地に行ってます」
「そっか、じゃあ早く行かないとな」
今日も予定は島のご当地カードショップ巡りだ。
……いややっぱりご当地カードショップってなんなんだよ。
概念を考えるだけで頭が重くなるのは、この世界の常なんだけどさ。
(施設にいけるタイミングは……まだ今夜が残ってる)
そんな事を考えながら別荘を出ようと準備をしていると、ふとソラの目線が俺の頭上に向かっている気がした。
「どうしたソラ」
「あっ、いえ、なんだかツルギくんの頭の上……なにかいるような気がして」
おいカーバンクル、まさかソラに見えてるとか言わないよな!?
流石にそれは急展開過ぎて俺が追いつかないぞ。
俺が少し冷や汗をかいた事で気がついたのか、カーバンクルは俺の頭上で「大丈夫っプイ」と言ってきた。
「まだボク達のことは見えてないっプイ」
なら大丈夫か。流石にアイに続いてだと色々大変過ぎる。
思い出せよウィズに出会ってすぐのアイの反応を。
アレが謎の生命体と出会った時にする普通の反応だからな。
爆速で馴染んだ俺がおかしいだけだぞ。
(むしろ我ながらよく爆速で馴染めたな)
準備を終えて別荘を出る俺とソラ。
だけどソラは時折俺の頭上を見ては首を傾げている。
これ本当に大丈夫なのかな?
(一応カーバンクル曰く、ソラのエオストーレが化神らしいし……見えても不思議ではないんだけどさ)
流石に今は目覚めないでね、ウイルス感染者がいたりで不穏な感じがするからさ。
そんな意味があるのか無いのか分からない祈りを抱きながら、俺はソラと一緒に移動するのだった。
◆
「そういえば今日カードショップに行くのって」
「私達と速水くんだけですね」
「あれ、藍は!?」
移動中の会話でソラの口から出てきた情報に、思わず驚いてしまう。
「アイと九頭竜さんはまだ分かるけど……あんだけご当地カードショップに行きたがっていた藍が不在?」
「はい。藍ちゃんは……ちょっと用事ができたみたいで」
「あのサモンに脳が染まりきっている藍が……まさか」
「それツルギくんは人のこと言えませんよ」
滅茶苦茶真顔でソラに突っ込まれてしまった。
と言っても藍の動向はある程度想像がつく。多分ララちゃんと化神探しをしているんだろう。
俺も目に映る範囲で探してやらないとな、化神のギョウブを。
「ツルギくん、藍ちゃんのことなんですけど」
突然ソラから質問が飛んできた。なんか重めで真剣そうな声色だけど。
「昨日の夜、女子のみんなで藍ちゃんとお話ししたんです。藍ちゃん、昨日の晩はずっと悩んでいたみたいですから」
「確かに昨日の藍はずっとウンウン言ってたな」
「私達と別行動をしていた時に、ララちゃんに何か感じるところがあったみたいなんです」
ララちゃんにか……確かに昨日話をした範囲だけでも、彼女は友達ができなくて苦労はしているようだった。
それとは別に薄々妙なものを感じてはいる。でもそれは俺の勝手な憶測に過ぎないし、口に出すような事でもない。
だけど……藍はある程度感じた事を口にはしたみたいだ。
「ララちゃん、友達がいなくて……ご両親ともあまり上手くいってないかもしれないって、藍ちゃんが言ってたんです」
「……そっか」
友達の件は昨日ララちゃんから直接聞いた。
けれど両親に関しては……俺の憶測が少し当たってしまったみたいだ。
藍や九頭竜さんから聞いた話や、ララちゃんと直接会った時の事を思い出すと出てきた違和感。
この島では祖母の家に泊まっているらしいけど、不気味な程に両親の影が出てこない。
(親と喧嘩……なんて生優しいので済んでいれば良いんだけど)
何にせよ辻褄は合ってしまう。
小学生にしては随分アクティブな気がするけど、大切な友達と再会するために動いてるなら何もおかしくない。
そして昨日、ララちゃんが羨ましそうな目をしていた理由も察してしまう。
恐らくそれら諸々を……藍が気づいてしまったんだろう。
(藍は……そういう子に対して自己投影をしやすいタイプだ)
あのレポートの件を除いても、藍は親や友達という存在を重んじる性格だ。
ただし藍の場合、自身の背景によるところが大き過ぎる。
「ツルギくん。藍ちゃんのお母さんって確か」
「……色々あって養母さん。でも良いお母さんに恵まれてると思うぞ」
「それって結局、私たちの勝手な思い込みでしかないですよ。本心なんて神様にでもならなかった分かりませんから」
「そう、だな」
言えないよな……前の世界で色々知ってしまったから、ある程度の本心は分かっているなんて。
でもソラの言う通りだと思う。外に出ない本心なんて神様でなければ分からない。
なら余計な混乱にしかならない情報なんて、口にしないに限る。
「藍ちゃん、今日はララちゃんのところに行くみたいです。朝からすっごく張り切ってました」
「そっか、藍なら大丈夫だろ」
こういうメンタル面に関しては、主人公って本当に信頼できるよね。
いや本当に信頼が出来すぎて安心感がすごい。
「あれ? じゃあアイと九頭竜さんは?」
「なんだか今日は2人でやりたい事があるとか」
「あのシルドラ達なら化神探しついでに、アイに化神とか色々教えにいってるっプイ」
頭上から解説をありがとうカーバンクル。
とりあえずあっちはあっちで話を進めてくれているらしい。
となれば俺は道中で可能な限り探しものをしてみるだけだ。
そんな会話をしている内に、最初の目的地に到着する。
「まずはお土産屋さんが集まる場所だな。速水は先に来てるんだろ?」
「はい。もう少し先に進んだショップにいるそうです」
ソラがスマホで地図を見ながらショップへと向かう。
相変わらず周辺には野生のタヌキがいるが、俺はどうも奇妙なものを感じていた。
「なぁソラ、なんか人少なくないか?」
「言われてみれば、昨日より少ない気がしますね」
今日は土曜日。しかも今は観光客の多い夏休みシーズン。
観光客の姿はあるけれど、明らかに昨日より少ない。
お祭りが終わった後だとしても、翌日の午前中からここまで減るものだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、さらに奇妙なものに気がついた。
(シャッターの降りた店……明らかに増えてる)
しかもいくつかの店はシャッターに『臨時休業』の張り紙がある。
一つ二つではない数の店がそんな状態なのだ。
これではまるで、パンデミックが起きた直後の観光地である。
(ウイルスだけに……なんて冗談にもならない)
一応今年の終わりには政帝のせいで、そういう事態が発生する予定ではあるけど。
前倒してやるとか絶対に嫌過ぎるぞ。
人がまばらだけどタヌキはいくらでも見かける道を進んで、目的地のカードショップに到着する。
「ここですね」
「ここかぁ……」
初日に見かけた古民家改装カードショップ。
隣にも建物があるけど、そっちは丸々フリーファイトスペースだってさ。
なんかもう色々と……突っ込むのが疲れてきたよ。
「とりあえず速水を探すか」
ひとまず俺はそう言って、カードショップに入ろうとする。
その時ふと、隣の建物に数匹のタヌキが入っていく瞬間を目撃したが、特に気にはしなかった。
で、ショップの中に入った結果。
「見てくださいツルギくん。このスリーブ可愛いです」
「あぁ、そうだな……」
ご当地カードショップらしいというか、だからこそなのか。
入ってすぐ目に入ってきたのは限定サプライコーナー。
ものの見事にストレージボックスもスリーブもその他諸々もタヌキのデザインばかりである。
……前の世界でも普通に需要はあっただろうな。
(にしても、ショップの中でさえ人が少ないとは)
仮にもここはカードゲーム至上主義の世界。
カードショップなんていつでも人が多いのに、今日は不気味なくらい少なめだ。
昨日のアレの後だから余計に不気味さを感じてしまう。
「あっ! 神話系オンリーのパックです。聖天使も範囲内ですよね?」
「そりゃあ天使だし範囲内じゃね?」
なんて軽く返すけど、心の中で突っ込ませてください。
神話系オンリーパックってなんだよ。前から思ってたけど、この世界って変なパック多すぎだろ。
海系オンリーとか定義が曖昧すぎて何が出てくるか見当つかねーぞ。
「私ちょっと運試しに買ってきます」
「いってら〜」
こういう時の運試しとして、パックって丁度いいんだよな。
パタパタとやや駆け足気味にレジへと向かうソラ。
多分知らない人からすれば微笑ましい光景になってしまうんだろうな。絶対に本人には言えないけど。
(そういえば、速水のやつどこにるんだ?)
人はそこまで多くないから店内の見通しはいい。
だけど速水の姿は見当たらない。レジのソラを除けば、視界に映るのは二十代以上の男性客ばかりだ。
……これ前の世界のカードショップと何も変わらないな。
「お待たせしました……どうしたんですか?」
「ちょっと、現実という概念に想いを馳せてた」
女の子連れてカードショップに来るなんて、この世界ではごく普通のこと。
だけど前の世界では異端の極みだった……俺はいつのまにか異端に堕ちていたんだな。
ちょっと涙が出てきそう。
「なぁソラ、速水って――」
どこにいるのか、そう聞こうとした時であった。
頭の上からカーバンクルが声をかけてきた。
「ツルギ、近くにウイルスがいるっプイ」
近くで出ていそうな場所なんて、隣のフリーファイトスペースだけじゃねーか。
今まさに感染してる人がファイトしてたら色々危ない。
「ッ!」
「あっ、ツルギくん!」
俺はすぐさまショップを出て、隣の建物へと入っていった。
入った瞬間気がついたのは、足元に薄く広がる黒い霧。
もうウイルスカードが使われているのは間違いない、俺は急いでファイトしている人物達の元へ行く。
だけど結末は意外にもあっさりとしたものになってしまった。
「〈アースエレメント弐式〉の効果で回復した〈スチーム・レックス〉で攻撃!」
「ギャァァァァァ!?」
感染者:ライフ3→0
速水:WIN
昨晩も出てきた〈ガエンカイリ〉が場にいるファイター相手に、速水が勝利を収めた瞬間であった。
というかまた【陰陽】デッキに感染してたのかよ、何かの呪いか?
ファイトが終わって黒い霧が消えたので、俺はすぐさま速水の元に駆け寄る。
「速水、大丈夫か?」
「天川、あぁ問題はない。だが何故こんな場所にあのカードが」
「分からねえ。昨日の夜にも感染している人はいた」
「浜辺でファイトしたという人達か。何が起きているんだ……」
ファイトスペースには速水の対戦相手以外にも、何人か倒れている。
昨日の人達のように、その周りには砕けたお面の破片が落ちていた。
出ていた感染モンスターも〈ガエンカイリ〉だったし、何故こうも同じなのか。
「キュプーイ……ツルギ〜、やっぱりウイルスが残ってないっプイ」
倒れた感染者の身体に乗り、そう告げてくるカーバンクル。
やっぱり従来のウイルスと何かが違う気がする。
とりあえず俺は速水と一緒に建物の外に出ることにした。
倒れた人達をどうにかしなきゃならない。
(……ん?)
建物の出入り口に近づくと、後ろから数匹のタヌキが外に出て行った。
そういえばあのタヌキもファイトスペースにいたような。
「ツルギくん、急にどうしたんですか? 速水くんは見つかったみたいですけど」
「ちょっと面倒なことになってた」
「……天川、お前は赤翼と一緒に他のところへ行っておけ」
少し考える間の後、速水は俺にそう言ってきた。
「いやいや、俺も付き合うぞ」
「細かい事情を話せるのは俺だけだ。それにお前は昨日の今日だろ?」
それを言われてしまうと俺も言い返せない。
一応ウイルスについて知っている方だとはいえ、信じて貰えるかは別問題だ。
ここは思い切って速水を信じて任せた方が良いのかもしれない。
「わかった。また後で連絡してくれ」
「赤翼への説明は任せるぞ」
「任された。行こうソラ」
今は場所を変える事が優先。俺はソラを連れてカードショップの元を離れた。
その道中で何があったのかを説明する。
「ツルギくん、何があったんですか?」
「ウイルスカード。速水が感染者とファイトして勝った」
「えっ!? ウイルスって速水くんも感染していた」
「速水は無事だし、この後色々と通報して事情説明するってさ。俺達は……他の皆と合流しよう。嫌な予感がする」
一回ではなく二回。それも同じデッキに感染して、ウイルスも残っていなかった。
これは他の化神達と合流して動いた方がいい。
俺はスマホを取り出してアイ達にメッセージを送ろうとした、その時だった。
「……あれって」
タヌキが駆けていく先。古民家を改装した店の屋根に、幼稚園くらいの大きなタヌキがいた。
明らかに異質な雰囲気を纏っているタヌキは、無言でこちらを見下ろしている。
あれは昨日、海で見たタヌキ……だけど今ならあれの正体がわかる。
「ギョウブ」
俺がその名を言うと、大きなタヌキこと化神ギョウブは煙のように姿を消してしまった。
ウイルスカードとの戦いを見ていたタヌキ達が彼の元へと駆けて行ったのは偶然か。
もしそうなら話が出来すぎている。
「キュップイ……あれ、化神っプイ!」
「相棒のお墨付きか。じゃあ確定だな」
もう予感なんて言葉は使っていられない。
ギョウブのおかしさ、タヌキとウイルスの関係。
そしてパートナーの可能性が高いララちゃんの存在。
「藍とララちゃんを探さないと。絶対不味いことになる!」
スマホでメッセージを送り、俺はソラと共に島の中を駆け出すのだった。




