魔王の思惑は?
魔王に抱えられ、天井に空いた穴から急上昇。空を飛んだおかげで、帰りは異様に早かった。
魔界の城に戻ると、可愛い二匹が出迎えてくれる。
「ぎぃー、きゅきゅいいー」
「ぎゅいー、ぎー、きゅきゅいいー」
「魔王様とわたくしに、おかえりって言ってくれたのね。ただいま。心配してくれてたの?」
「きゅい」
「きゅーい」
愛らしいもふ魔を抱きしめて、頭の部分を撫で回す。もふ魔は魔王が大好きで、もう一匹が彼の肩に乗っかった。
「ぎゅいー、ぎゅいー♪」
「こら。遊んでおる時間はないぞ」
「きゅーー」
うなだれる姿も愛らしく、ほっこりしてしまう。
下級魔族も大事にする魔王は、やっぱり優しい。だから魔族みんなに敬われ、慕われているのね。
そして私も。ヴァルツの国王より魔王の方が信頼できるし、魔界の方が居心地がいい。
「ぎゅぎっ」
「ぎゅーーいっ」
もふ魔達が、急に変な鳴き声を出す。
誰かと思えば、吸血鬼のクリストランが現れた。
「魔王様、お帰りなさいませ。そこのあなたも、戻ってきたのですね」
吸血鬼はすれ違う直前、私の耳元で声を落とす。
「厄介者の帰還というわけか」
首や手に包帯をしたままだけど、復活は思ったよりも早かった。
私に嫌みを言わないと気が済まない性格は、相変わらずみたい。
でも、いいもんね。
私がここにいることは、魔王が認めてくれている。それに今では親しい魔族も多いから、吸血鬼に嫌われていても構わない。
「クリストラン、大広間にみなを集めよ。伝えることがある」
「かしこまりました」
吸血鬼が、丁寧に一礼する。
もしや魔王は人の世界の出来事を、城にいる魔族みんなに報告するのかな?
「そなたも来るが良い」
「わかりました」
私も同じように頭を下げた。
冷たい口調の魔王だけれど、それが当たり前。
だって彼は魔界の王で、私は使用人なのだ。ヴァルツ城のあれは演技で、これこそが本来あるべき姿。
日常に戻っただけなので、寂しく思ってはいけない。
『レオン』と呼べなくなったことを、嘆く必要など、どこにもないのだ。
マントを翻し、颯爽と去っていく魔王の後ろ姿を、私はただ、見つめていた。
大広間とは、階段の最上段に魔王の椅子がある、あの広い部屋のこと。
室内なのに壁に沿って木が生えて、天井には星が浮かぶ。床は白と黒のタイルが敷き詰められている、はずが――。
私が到着した時には、すでに魔族がひしめいて、下がよく見えない。角が生えた牛の魔族や上半身が人で下半身が蛇のラミア、蜘蛛の足を持つ魔族やグリフォンに似た種族など、初めての顔ぶれもたくさんいるようだ。
「グガガガガ」
「ギュルルル、グルルル」
「ピュイーピュイー」
鳴き声は意味不明だが、もう恐ろしいとは思わない。
顔見知りもいくらかいて、サイクロプスの料理長とドワーフのお爺さんが、私を見るなり「おいで」と手招きしてくれた。
「こんにちは。お城の魔族って、こんなにいらしたんですね」
「まだまだいるぞ。洞穴や地中で自給自足の種族もいるから、俺達が料理を作っていたのは、ほんの一部だ」
「まあ……」
「まだまだ修行が足りんな。わしが地下を案内してやろう」
「……えっと、急ぎませんので」
せっかくのドワーフの申し出だけど、実現されたらたまらない。鍛冶場は地下の途中にあって、さらに先がある。
下りは別にいいけれど、帰りの上りを考えただけで、膝がガクガクしてしまう。
「なんじゃ? 根性があるかと思うたが、軟弱じゃな」
「それは……ところで、今から何があるのですか?」
とにかく話題を変えたくて、質問する。
「なんじゃ、何も知らんのか。魔王様直々に発表があるそうじゃ」
「発表? 報告ではなく?」
「報告? なんだ、ヴィーは何か知っているのか?」
料理長が口を挟むけど、自信がなくなってきた。
魔王は先ほど城の天井を破壊して、警告とした。宣戦布告はしなかったので、魔族を集める必要などないはずだ。
発表とはなんだろう?
何か意図がある?
「いいえ。わたくしにもよくわかりません」
急に不安がこみ上げて、思わず胸に手を当てた。刻印の下にある心臓が、大きな音を立てている。
突如、何かが奥の階段前に登場し、声を張り上げた。
「魔王様のお越しです。静まりなさい」
吸血鬼のクリストランだ!
ここからだと、嫌みったらしい顔がよく見えない。
あまり尊敬されていないのか、言うことを聞かずにしゃべり続ける魔族が結構いる。
でもそれも、魔王が現れるまで。
玉座に黒い霧のようなものが集まった瞬間、ざわめきがピタリとやんだ。
「みなの者、大義である」
魔王が声を響かせた。
黒髪は、後ろが襟足に届くいつもの長さで、立派な角と美貌が際立っている。
大広間にいた魔族達が一斉に頭を下げたので、私も倣って頭を下げた。
見惚れていたため、一拍遅れてしまったようだ。
「本日は、みなに発表することがある」
ドワーフのお爺さんが言った通り、報告ではなく発表らしい。
いったいなんだろう?
「ヴィオネッタ、こちらへ」
「……え? わたくし?」
思いがけなく名指しされ、うろたえてしまう。
魔王は魔族に紛れた私がわかるらしく、こちらをまっすぐ見つめていた。
それって刻印のせいだよね?
そもそもこれって――。
気づいた瞬間、みるみる血の気が引いていく。
胸元の魔法陣は『罪人』の印で、処刑は延期のまま。考えてみれば私はまだ、正式な処分を言い渡されていなかった。
わざわざみんなの前に、引っ張り出すってことは……。
まさか、公開処刑なの!?
あと少しで完結する予定。
よろしくお願いします(*^▽^*)




