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城に乗り込もう

 だけどここで、魔王をとめようとは思わない。

 私を捨てた人々に、やり返したい気持ちがちょっぴりあるからだ。


 魔の森を抜けると、豪華な馬車が用意されていた。

 白に金の模様が入った(きら)びやかな馬車は、侯爵家の令嬢であった時にすら、乗ったことがない。


 御者(ぎょしゃ)は魔界の出身らしく、魔王を見ても顔色一つ変えなかった。

 一方私は、人の世界では違和感だらけの魔王の角を、何度もチラチラ見てしまう。


「そうか。忘れておったわ」


 魔王は目を細めると、たちまち角を引っ込めた。


 まさか、原理はもふ魔と一緒?

 考えるとおかしくなって、つい()き出してしまう。


「ヴィオネッタ。我を面白がるとは、余裕があって何よりだな」


「いえ、あの……大変失礼いたしました」


「よい。人間の姿になるのは久々だ。おかしなところは指摘してくれ」


 どうやら魔王は、人に変身するらしい。


 彼はまず、長い爪のある手を人間の手に変化させた。黒手袋を()める仕草は、ファッションショーを見ているみたい。


 次いで瞳も金色から青色に。

 襟足(えりあし)が肩にかかった黒髪はそのままで、背は少し縮めたらしく、圧迫感が減っている。


 揺れる馬車の中で人の姿になった魔王は、正面の私に穏やかに微笑みかけた。


「すごい! 完璧ですね」


 これではどう見ても、育ちのいい貴族の青年だ。しかもかなりの美青年!

 

「うむ。そのまま乗り込んだのでは、つまらぬからな。我とそなたは夫婦で、お忍びで訪問した異国の大貴族だ」


「ええっ!?」


 ――お付き合いもまだなのに、いきなり夫婦?


「何を驚くことがある? 高貴な身分の未婚女性は、付き添いなしには異性と出歩かないのであろう?」


「ソウデスネ」


 なるほど、よくご存じで。

 二人で城に入るには、夫婦とした方が都合がいい。

 落ち着こう、これは演技よ。

 



 姿形は変わっても、彼は魔界の王だ。

 王者の風格が漂っていたからか、門番は私達をあっさり通してくれた。城内の役人は一筋縄ではいかないようで、魔王は金貨を握らせる。


「魔王様、お金がもったいないです」


「人の世では、最も有効だと聞いたが? 金なら我が国に、腐るほどあるわ」


「初耳です」


「教えておらぬからな。我のことは魔王ではなく、レオンと呼べ」


「それはちょっと、恥ずかしいのですが……」


「なぜだ? 我だと知られれば、楽しめないではないか」


「……善処します」


 魔王はこの状況を、明らかに面白がっている。

 隣の私は密着されて、それどころではないというのに。


 こそこそ(ささや)く私達に、城の兵士が目を向ける。

 ぴったりくっついても不審がられていないのは、夫婦という設定のせい? まさか、いちゃついていると勘違いされているのでは……。


「大変お待たせいたしました。陛下のところにご案内いたします」


「ああ、頼む」


 小走りで現れた侍従長に、魔王――レオンが(うなず)く。


 幾度も顔を合わせたはずなのに、侍従長は私に気づかない。顔の前にあるベールのせいか、はたまた痩せたせいなのか。

 ともかく私達は、王がいるという玉座の間に通された。


 中に足を踏み入れた途端、言い争う声が聞こえる。

 

「こんなはずじゃなかったわ。どうして私のせいにするのよ!」


「せいも何も、お前が言い出したんだろう! 僕はそこまで欲しくないっ」


「そんな! 私の幸せがあなたの幸せっていう言葉は、嘘だったの?」


「ものには限度がある。たかが食材のために、命なんて()けられない。そんなに欲しいなら、自分で取りに行けよ」


「ひどいっ! よくそんなことが言えるわね」


「ひどい? 僕の方こそお前に問いたい。これを見ても、よく平気でいられるな」


 玉座の前で怒鳴り合っていたのは、ヒロインのピピとエミリオ王子だ!


 王子は白いシャツの(そで)をめくり、ピピに自分の腕を見せている。うっすら見える赤い色は、先日負った火傷(やけど)の跡?

 ヒロインのピピは、濃いピンクに赤いリボンの付いた華やかな衣装だ。宝飾品をたっぷり付けて、以前より派手になっている。


 肘掛けにもたれた国王は、二人を見ながら呆れ顔。

 侍従長に耳打ちされて私達に気づいたらしく、ようやく姿勢を正した。


「やめんか、二人とも! 客人の前だぞ」


「なっ……」


「あら♡」


 不機嫌な王子とは対照的に、ヒロインはたちまち笑みを浮かべた。そして、魔王――レオンに好意的な目を向ける。


 その気持ち、ちょっとわかるかも。

 人の姿であっても、魔王は誰より麗しい。


 ヒロインは私を完全に無視し、青年貴族に(ふん)した魔王にしずしず近づく。

 

「ようこそお越しくださいました。どうぞ、ゆっくりお過ごしくださいね」


「お前の城でもないくせに」


 ボソッと(つぶや)くエミリオ王子の声が、ここまで聞こえた。


 もしや二人は不仲なの?

 それともただの痴話(ちわ)喧嘩(げんか)

 

 どっちでもいいし興味もないが、ハッピーエンドの続きがこれではがっかりだ。悪役令嬢の私は、いったいなんだったんだろう?


「ありがとうございます。妻も喜びます」


 魔王、レオンはそう言うと、私の腰を引き寄せた。

 顔が熱いし照れるけど、ベールで隠れているのでセーフだ。


「妻? ……まあ、ご結婚されていらしたのね。お顔を隠しているなんて、奥様は何かのご病気かしら?」


 口に手を当て、可愛く首を(かし)げるピピ。

 無邪気を装いつつも、声には優越感が滲み出る。


 たとえ本当に病気だとしても、初対面の相手に聞くことではないでしょう?


 確かに彼女は可愛くて、人気があった。

 でもそれは、ゲームの上での話だ。


「わたし~、ピペーレと申します。気軽にピピと呼んでくださいね。相手が必要なら、後から(うかが)いますわ」


 相手ってなんの相手よ!

 婚約者の王子がいるのに、ピピは甘えた声を出し、魔王にすり寄っている。


 いくら喧嘩中でも、この態度はいただけない。

 王子を嫉妬(しっと)させるにしても、もうちょっとやり方ってものがあるでしょう?


 ……って私ったら、彼女の心配をしてどうするつもり?


「レオン……」


 愛称を口にし、わざと魔王の(そで)を引く。

 けれどピピはお構いなしで、彼の(そば)を離れない。

 それどころかクラバットを直すフリをして、魔王の胸に指を(すべ)らせた。


 ――なんだろう? このヒロイン、積極的で気持ち悪いんだけど。


 乙女ゲームの『カルロマ』に出てきたピピは、こんな性格じゃなかった。

 ゲームの彼女と違うからこそ、平気で私を(おとしい)れたのだ。


 ベール越しに(にら)みつけるが、彼女は私に目もくれない。大きな青い瞳で、魔王の化けた青年を一心に見つめている。

 

 ――ああ、そうですか。魔王レオンザーグの方が、第一王子のエミリオよりもイケメンですもんね。


 そう皮肉っぽく考えたのは、魔王が私の腰を離して笑みを浮かべたせい?

 彼は、自分の胸元にあったピピの手を握り、口元付近に持って行く。


 その瞬間、床が大きな口を開けて、私ごと()み込むような気がした。


 ヒロインの魅力には、誰も逆らえない!?

 ふいに、ある言葉が頭に浮かぶ。



 魔王、お前もか――。 

『転生したら武闘派令嬢!?』

コミック3巻は、本日10/15発売です。


嬉しいので、ご報告(//∇//)。

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