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行列のまったくできない店

 (さかのぼ)ること少し前、王都にある元魔界カフェでは怒声が飛び交っていた。


「なんだこれは! こんなマズいものを頼んだ覚えはないぞ」


「ですが、王城のシェフが作成してまして……」


「はあ? 値段が上がったのはそのせいか。見栄えだけ良くても、味が悪けりゃ意味がない」


「本当よ。素敵な店員さんはどこ?」


「オーナーが変わったそうだけど、中の人まで変えることはないじゃない!!」


「そうよ、そうよ! ルー君やウルフさんに会えないなら、時間の無駄だわ」


 なんと連日苦情が殺到し、憤慨して帰るお客が後を絶たない。

 

「ちょっと、このベチャベチャの『もふ丸ドリンク』は何? もふ丸玉の食感が違うし、そもそも丸くないじゃない!!」


「すみません」


「パンケーキももっちりしてないわ。クレープだってそう。穴の開いた部分をクリームでごまかさないでよ!」


「申し訳ありません」


 新たに雇われた店員は、わけもわからず頭を下げている。

 人気店から笑顔は消え、客足はどんどん遠のいた。




 そして今、カフェは見る影もなく閑散(かんさん)としている。

 暇そうな店員達は、のんびり話していた。


「……はあ。別の店に行こうかな。売り上げが悪いのは、俺らのせいじゃないっての」


「しっ。ピピ様のお耳に入れば大変だ。めったなことを口にするもんじゃないぞ」


「ピピ様? 頻繁(ひんぱん)に来ては、食べるだけ食べて文句を言う人だろ? いくら顔が可愛くても、性格があれじゃあな」


 ため息をつく若い店員は、初めは大層乗り気だった。

 第一王子の婚約者が直々に企画運営するというカフェは、提示された給金もいい。


 ところが実際は、来店したお客の苦情に頭を下げる日々。さらに売り上げが見込めず給金を減らされたのでは、たまったものではない。


「はあ……」


 二度目のため息をつくと、奥の調理場から言い合う声が聞こえてきた。


「大変だ! どうしてもっと早く、言ってくれなかった?」


「とっくに言った。耳を貸さなかったのは、そっちだろう?」


 店長とシェフの声に、店員達は思わず顔を見合わせた。


「今度はなんだ?」


「さあ?」


 店長もシェフも、ピピの言いなりだった。

 王子の婚約者であるピピが、王城の侍従とシェフを引き抜いたとのことだが、二人とも使えない。


「俺、ちよっと見てくる」


「おお」


 若い店員は調理場に行こうとしたところで、大きな声に気づく。


「ちょっと、どうして誰も出て来ないのよ! それでも一流店なの!!」


「一流店?」


 彼は首をかしげつつ、方向転換。

 店の入り口に向かうと、そこにはつばの広い帽子を被り、ピンクのドレスを着た女性が立っていた。


「いらっしゃいませ。ご案内いたしま……」


「結構よ、自分の店だもの。勝手はわかるわ」


「オーナー!」


 慌てて頭を下げた青年を、ピピが一瞥(いちべつ)。彼女は怒ったように顔を上げると、店の中へ足を進めた。


 店長が聞きつけて、慌てて飛んでくる。


「ピピ様! 本日はいらっしゃるご予定でしたか?」


「あら。私のカフェなのに、好きな時に来てはいけないの?」


「いえ。ですが……」


「言い訳は結構よ。タピオカドリンクをお願い」


「タピオカドリンク? 『もふ丸ドリンク』のことですよね」


「その、わけのわからない呼び名はやめて。それはタピオカだって、何度言えばわかるの?」


 どうやら機嫌が悪そうだ。

 若い店員はそそくさと店の奥へ引っ込み、注文を通す。


「ええっと、タピオカっていう『もふ丸ドリンク』をお願いします」


「……ああ」


 調理を担当するシェフの顔は暗い。

 店長と言い合ったせいだろうか?


 その店長は現在、ピピに怒られている。


「店が、暇そうだって言われたのよ! 私がどれだけ恥ずかしかったと思う?」


「申し訳ありません。ですが、以前のレシピが残っていないのでは、人気の味を再現するのは難しく……」


「はあ? そのために、王城のシェフを派遣したんでしょう?」


「それでも、以前の味とは異なるようです。何か秘訣があるようで……」


「言い訳はいいって言っているでしょう? 他人のせいにしないで。私の店がこんなにガラガラなのは、あなたの責任よ!!」


「ここに置いておきますね」


 若い店員はこそっと(つぶや)き、注文された品をテーブルに置く。

 そのまま退場するはずが――。


「何よこれ、味も食感も違う! こんなもの、タピオカとは言えないわ。売れるわけがないじゃない!!」


 口にするなりピピが叫ぶ。


 さっきは店長のせいで、今度はシェフのせい? 言っていることが逆で、若い店員は眉根を寄せた。


「いったいどういうこと? シェフを呼んできなさ……いえ、私が直接行くわ」


「お待ちください、ピピ様! お待ちください」


 ズカズカ踏み込むピピを、店長が急いで追いかける。

 店の奥では、王城から派遣されたシェフが帽子を握って立っていた。


「ピピ様、ようこそ。では、食材調達の目処(めど)が立ったのですね?」


「食材? なんのこと?」


「城へ伺った際にお願いしましたよね? 黒い粒は、私の知る食材ではありません。『タピオカ』という名をご存じのピピ様なら心当たりがあるはずだから、原料の入手にお力を貸してほしいと」


「ええっと、そうだったかしら?」


 とぼけるピピの目は泳いでいる。

 この分では、食材の心当たりはないらしい。


「そんなことよりこの味よ! こんなもの、よく出せたわね」


「ですから、タピオカのせいです。元々あった黒い粉が少なくなったので、小麦粉を足して使っていました。それももう、ありません。在庫切れです」


「在庫切れ? それじゃあ、店を奪い取っ……権利を譲ってもらった意味がないじゃない」


「そんなことを私に言われても……。材料がないのでは、どうすることもできません。せめて、以前の料理人に会えませんか?」


「それは……。ちょっと、あなた店長でしょ。なんとかしなさいよっ」


「えっ!? 私が店長になったのは、ピピ様がオーナーになられた後ですよ?」


「まったくもう! 気が効かない店長のせいで店の売り上げは落ちるし、バカなシェフのせいで味は落ちるし、態度の悪い店員のせいで評判は落ちるし。いい加減にしてよ!」


「それって八つ当たり……」


「なんですって!」


 激怒したピピは、手当たり次第にものを投げつける。グラスが割れてボウルも飛び、生クリームがそこら中に飛び散った。


「はあ、はあ、はあ……」


 肩で息をつくピピの様子に、全員が言葉もなく固まっている。


「わかったわ。それなら殿下に言って、役人を派遣してもらいましょう。みんなで協力して、材料を探し出しなさい!」


「はあ……」


「せっかくタピオカが食べ放題だと思ったのに、叶わないんじゃあがっかりよ」


 ――こっちこそ、あんたにがっかりだ。




 本音を呑み込んだ若い店員が、後日手がかりを掴む。

 以前のカフェを襲ったごろつきによると、そこの店長らしき人物が、ある場所の名を口にしたという。


 それは――――『魔界』だ!

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