まさかの……
魔王はタピオカとからあげを、いたく気に入ったようだ。翌日調理場に現れて、見学したいと言い出した。
当然現場は大混乱。
「ま、魔王様がいらっしゃるところではありません」
「お呼びくだされば、私どもから伺いましたのに」
慌てて出しっぱなしの鍋を片付けたり、別の場所に移したり。
塩漬けにするはずのコカトリスの肉を布で隠すが、なんの解決にもなっていない。
「我の相手は要らん。いつも通り業務に励め」
そう言われても、みんな恐縮しているから無理だ。
料理長までもが棒立ちになり、一つ目をパチパチさせている。
「魔王様、伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
「ここへは、なんのご用向きで?」
「『こめこ』とやらを見に来た。あれがあると、なんでも美味しくなるのであろう?」
なんでもは言いすぎだけど、少なくとも料理の幅は広がる。そうのんびり考えていたところ、料理長に手招きされた。
「ヴィー、説明してさしあげなさい」
口角を上げる魔王を見たせいか、今はそれほど緊張しない。私の作った料理を受け入れただけでなく、わざわざ訪ねてくるところにも好感が持てた。
私は魔王に、米作りからタピオカ作りまで丁寧に説明する。
「こちらが種籾と呼ばれるもので、育てばお米になります」
「消えた光の球は、もう必要ないのか?」
「ええ。その節はありがとうございました。消えたのは、ここを訪れた魔族のせいで……」
「話は聞いておる。近く、我のものに手を出した責任を取らせよう」
――我のもの?
いやいや、赤くなっている場合じゃない。
私じゃなくて、畑のことだってば。
気を取り直して話を続けよう。
「このお米は、こちらの気候で育ちます。広まれば、どこでも美味しく食べられるでしょう。魔界の食糧事情を改善できるはずです」
「ふむ。頑張ったな」
「いいえ。わたくしではなく、もふ魔――小悪魔達のおかげです。それから、鍛冶場のドワーフや調理場のみんなも協力してくれました」
「自分一人の力ではないと?」
「ええ」
しまった。
手柄を独り占めすれば、処刑は即刻中止になったかな?
それでも、嘘はつきたくない。
「私一人の力では、できませんでした」
「だが、料理を考案したのはそなただ」
「……そうですね」
本当は前世の知識を応用したに過ぎないが、言っても信じてもらえないだろう。
「お米は単体でも美味しいです。また、粉にしたものを同じく粉にした黒芋と合わせれば、いろんな料理が楽しめます」
「昨日の不思議な飲みものも、その二つを使ったのだな」
「はい」
「して、それはどこでも育つと?」
「恐らくは」
首を縦に振った途端、思いつく。
「魔王様。種籾を無償で配ってみてはどうでしょう? これまでは黒芋頼みでしたが、お米があれば食生活が潤います。魔界の各地でお米の元となる稲を育てれば、魔力の枯渇も防げるでしょう」
「なるほど、我の望みとも一致する。ならば、然るべく準備せよ」
もしかして私、自分で仕事を増やしちゃった?
だけどこれが成功すれば、処刑は撤回されるだろう。
新種のお米作りに精を出した結果、二ヶ月後には早くも収穫できた。
その直後、新たな問題が浮上する。
なんと「魔王様がタピオカとからあげを好む」という噂が出回ったらしく、連日魔族が城に押し寄せたのだ。
「外に漏らしたのは誰?」
「さあな。ここに、口の軽い者はいないはずだ」
料理長と言い合っていても仕方がない。
収穫期の稲といい、会合のない時期といい、タイミングが良すぎて気になる。
「それで? 魔王様が褒めたという一品はどこ?」
「美味しい卵が食べられるって聞いたぞ」
一部間違った情報があるものの、魔界の情報網はあなどれない。
早速米を粉にして、黒芋の粉と合わせた。
調理場のみんなで、タピオカを作りまくる。
氷の山に冷凍保存されていた大量のコカトリスもどんどん運ばれ、からあげの材料となった。
「確かに美味ね。今まで味わったことがないわ!」
「さすがは城だな。いつもこんなにいいものを食べているのか」
それは違うと言いたくても、調理場一同働き過ぎで、否定する気力もない。
普段の食事に加え、タピオカとからあげ作り。
その二つはもう、当分見たくない。
中でも熱心なのはゴルゴンで、理由をつけては毎日通う。
「ほら、早く飲ませなさいよ! 魔王様のお好みに寄り添うのが、未来の妻としての務めですからね」
待ち時間にチーズケーキやクッキーを出したら、そちらもペロリと平らげた。
魔王に会いに来たのではなく、ただのスイーツ好き!?
「腕のいい料理担当を雇ったようね。また来てあげてもいいわ」
雇ったのではなく私だけれど、勘弁してほしい。
目が回るほどの忙しさは、前世なら確実にブラック企業リスト入りだ。
――いったい誰が、こんな噂を流したの?
後日、あっさり判明した。
「だいたい行き渡ったようだな。あやつらが噂を広めれば良さが伝わり、米とやらの栽培を拒否するものはいなくなる」
――まさかの魔王ご本人様。
それにしても私達を限界まで働かせるなんて、鬼、悪魔!!
……いや、魔王だった。
飛ぶように時が過ぎ、さらに二ヶ月が経過した。
もふ魔のおかげで品種改良された稲は、樽で作る必要がなく、専用の田んぼで育てている。
今日は楽しい収穫日和。
ドワーフ製の鎌は切れ味抜群で、刈り取りやすい。
「さて、と。だいたいこれでいいかしら?」
立ち上がり、曲げっぱなしだった腰をトントン叩く。
「ぎー、きゅっき?」
「ぎぃー、きゅっき?」
「ええ。こっちで合っているわ。運んでくれてありがとう」
「きゅい♪」
もふ魔のお手伝いも慣れたもので、頭にわらをつけながら、せっせと運んでくれる。魔王の命で派遣された兵士も協力してくれたため、綺麗に刈り取られた稲が、脱穀に向かう。
もふ魔のお気に入りはすり鉢で、籾殻を外したり米の粒を砕いてみたり。
ただし今回は、種籾を多めに残さなくてはならない。
「ぎぃー、きゅーきゅい」
「ちょうだいって言われても、これはあげられないの。魔王様のお言葉にもあったでしょう? 各地に配って育ててもらうのよ」
「きゅーー」
「ぎゅーー」
「可愛くうなだれたって、ダメだから」
私は苦笑しつつ、確保した種籾を小さな袋に入れていく。
先日城に押し寄せた魔族らは、「魔王様のお好きなものを食した」と、あらゆる場所で自慢しているらしい。彼らの口コミにより、米は魔界の各地で切望されているそうだ。
私は「レシピも付けてはどうか」と提案し、制作に関わった。
鍋を使ったごはんの炊き方はもちろん、米粉や黒芋の粉の作り方。その二つを用いたパンやパスタ、パンケーキ、タピオカやからあげの調理法など。
一生懸命書いたので、魔界の食生活が豊かになれば嬉しい。




