ひょうたんから米、そして?
吸血鬼との会話は諦めた。
すれ違った犬の魔族に聞いてみたところ、魔王はルーとともに大量発生したコカトリスの征伐に出かけた、とのことだった。
「それで、お帰りはいつ?」
「我々も、はっきりした期日は知らされておりません。ですが遠方の上、被害状況もご確認されるとのことで、相当時間がかかるかと……」
なんだ。別に秘密じゃないんじゃない。
――おのれぇー吸血鬼め。上級魔族で偉いからって偉そうに!!
むしゃくしゃしたので、心の中で悪態をつく。せっかく育てた苗を、みすみす無駄にはしたくない。
「魔王様以外に、光を操れる魔族をご存じですか?」
「いいえ。検討もつきません」
もふ魔にも、一応同じことを聞く。
「きゅー?」
「きゅーー?」
可愛く頭を悩ませているし、料理長も思い当たらないとのことだった。
光を嫌う吸血鬼が太陽代わりの光を作れるはずはなく、頼みたくもない。残る上級魔族は死神とゴルゴンだけだが、二人とも気が向いた時にしか城を訪れないそうだ。
「完っ全に手詰まりね」
無駄だと知りつつ、樽に戻した苗の様子を見に行った。
案の定、日照不足のせいで白っぽく、ぐったりしている。
「やっぱり、光がないとダメなのね」
「きゅーー」
がっかりする私の横で、もふ魔も悲しそうな声を出す。
苗はぐったりしているのに、雑草だけはすくすく育つなんて、憎らしい。
「え? 雑草? 違う。これって――」
信じられない思いで目を丸くする。
――稲だ!
他がぐったりする中、一部は光もないのに青々している。
さらに成長も早く、あっという間に伸びていた。
「ど、どど、どういうこと?」
動揺のあまり、舌がうまく回らない。
だけどこれはまさしく稲で、しかも光が要らないようだ。
「とにかく、最後まで育ててみましょう」
ドキドキしながら成長を見守る。
魔王もルーもなかなか帰ってこないけど、こっちはもう、それどころではない。
ちなみに畑を荒らした二体は、城の地下牢に収監されているそうだ。魔王の裁きを待つため、ずっとそこにいるらしい。絶対魔王に会えるから、良かった……のかな?
希望の光が見えてきた。
私は稲の成長に合わせて、『タピオカドリンク』作りをしようと考える。
タピオカと果汁の他に必要なのは、透明なグラスとストローだ。
そのため、ドワーフのお爺さんにグラス作りを依頼に行く。鍛冶場には、ガラス職人もいるから。
「なんじゃ? コップならすでにあるじゃろ」
「中身が見えた方がいいので、ガラスでお願いします」
「贅沢な。わしだけじゃなく、弟子達もこき使うつもりか?」
「鍛冶場の方々のおかげで、きっとみんなが幸せになりますわ」
「またそれか。どうせ今回も、図と仕様書を持ってきておるんじゃろ?」
「ええ。ここに広げておきますね。それと、ストローになりそうなものはないですか?」
「まだあるのか? 一応聞いておこう。すとろー、とはなんじゃ?」
――そこからか。
「ええっと、飲みものを吸って口に含むための道具です。長くて中が空洞で、枝のような太さで……」
「はあ? そんなの、『吸血樹』だけで十分じゃろ。あいつら、勝手にわしの血を吸うんじゃぞ」
「それだわ!」
ドワーフのくれたヒントのおかげで、ストローの材料がわかった。
地下牢にあった吸血樹の枝は、血を吸いやすいように中が空洞だと聞いている。適度な太さもあるから、枝を切り取ればそのままストローとして使えるだろう。
早速、庭師に相談してみよう!
「ありがとうございます。じゃあ、よろしくお願いしますね」
「待て。まだ、引き受けると決まったわけじゃ……。わしは、『こしょうの効いたきっしゅ』が好きじゃぞ!!」
「わかりました!」
笑顔で叫び、鍛冶場を後にした。
なんだかんだ言ってドワーフは親切で、もの作りを楽しんでいるようだ。
「甘いものが好きじゃなくても、タピオカドリンクが完成したら、試飲してもらいましょう」
透明なグラスが手に入り、吸血樹の枝から作った木のストローも完成した。
またお米作りも順調で、収穫の時を迎える。光の要らない稲の成長は早く、発見してから約一ヶ月ほどで収穫できたのだ。
「すごい! この稲だと光も不要だし、どこでも育てられるわね」
粒は濃い紫色だが、味はお米で毒もない。
種から収穫までが二ヶ月程度とは、驚異的な早さだ。
「それにしても、なんで?」
「きゅいー--」
「ぎゅいーーー」
可愛い声に振り向けば、もふ魔達が追いかけっこをしている。
畑も庭もお構いなしで、柔らかいもふもふの毛に魔界特有の花をくっつけていた。
私はハッとする。
「樽稲の側にあるのは、トルナマトの畑よね。まさか、この子達が? 前回作った稲に、受粉させちゃったとか?」
人間界の稲と魔界の植物をかけ合わせれば、魔界でも育つ品種ができるのかもしれない。
偶然によるものだとしても、びっくりだ。
だったらこのお米は、彼らが作ったようなもの。
「紫色だけど、『もふ米』と名付けるのはどうかしら?」
呟きながら調理場に入ると、コカトリスが部屋の中央にデン、と置かれていた。
「うわああああ~っ。……って、死んでいるのね」
「なんだ、ヴィーか」
「料理長、これってなんですか?」
「お戻りになられた魔王様が、討伐したコカトリスをお持ちになられた。外にもまだあるから、冷蔵庫にも入りきらない。食事に出すつもりだが、焼くだけだと飽きるな」
「まあ……」
コカトリスは、鶏の身体と蛇の尻尾を持つため、味はまんま鶏肉だ。
そしてここにはタピオカ粉に似た黒芋の粉と、脱穀すれば米粉ができる。
塩やこしょうは元々あるし、潰すとからし風味の香草もあった。油は食材調査の折に、ジンにもらったものを使えばいい。
ジンはジーニーとも言われ、壺やランプに潜む魔人のこと。「ランプの中の油が邪魔だけど、捨てるのももったいないので今までずっと蓄えていた」と言う。植物性の油なので、もちろん食べても大丈夫。
だったら、あれができる!
「料理長、からあげも作りましょう」
「からあげ? なんだそりゃ」
「鶏肉に下味をつけて、粉をまぶして揚げたものです。美味しく食べてもらえるかと……」
「なんだかよくわからんが、調理は任せる。俺らは捌くので精一杯だ」
「ですよね~。そうだ! 魔王様がお戻りなら、タピオカも召し上がっていただきましょう」
役に立てると証明して、処刑を撤回してもらうのだ。




