隠蔽
翌日警視庁の取調室で高見明日奈の取り調べが行われた。
「なぜ遠藤アリスさんを撃ったのでしょう」
「あの女は大切な写真を目撃した。あの写真があれば真相が覆される。悪魔の女は私だけでいいと思ったのよ」
大野は解釈を伝える。
「それは進んで悪役になるということでしょうか。捜査撹乱はたいした罪にはならないでしょう。しかしあなたは遠藤アリスさんを殺そうとした。これは立派な殺人未遂です。あなたたちの選んだ方法は間違っているでしょうね。犯罪をして手に入れた金で心臓病を患った子供たちを救っても彼らは喜びませんよ」
その様子をスモーク硝子越しに浅野公安調査庁長官は見ていた。その後ろにいた木原たちに彼女は話した。
「これで悲劇のヒロインとなったわね」
木原たちは首を傾げる。
「だってそうでしょう。幼馴染の平山小五郎君は殺されてその妹は今この取調室にいる。そして私の秘書は彼女に殺人未遂の被害を受けた。呪いとしか言えないのよ」
「それだけで悲劇のヒロインと名乗ってはいけません。いずれいいことがあるでしょう」
木原のポジティブな発言に浅野は微笑んだ。
十月十日木原と神津は浅野公安調査庁長官に呼ばれて公安調査庁を訪れた。浅野は二人に手紙を見せる。
「あらためて感謝を伝えようと思ったのよ。あの事件を解決できたのもあなたたちのおかげ。島根県警も感謝しているの」
また事件の依頼かと思った木原たちは肩を落とした。木原はあることを聞く。
「マスコミに真実を公表しなかったのはなぜでしょう。今回の集団自殺事件が保険金を寄付するための物だったという真実を公表しなかったのはなぜですか」
「分からないの。あの真実を公にすれば全国の心臓病患者が抗議を起こす。そんなことを公表すれば高見家はバッシングを受けることになる。さらにこの真実を七海ちゃんが知ったら、生きる気力を失うわ。自分の命は三人の命と引き換えに成り立っていることを彼女は知る必要がない」
「彼女を守る為か」
「誘拐事件は高見七海ちゃんが新庄治の家に遊びに行っただけという真実に書き換えれば誘拐事件も成立しません」
木原は質問をする。
「それは浅野公安調査庁長官の指示ですか」
「はい。島根県警に提案したのよ。あの手紙は真実を隠蔽してくれという高見明日奈のメッセージだったのかもしれない。でも新庄治は責任を感じて警察を辞めたそうよ」
木原たちは浅野の考えが間違っていると思った。しかし彼女の権力の前ではそれを発言することが出来ない。その時合田警部も公安調査庁長官室に入室した。
「役者も揃った所で本題を話しましょうか。実は近日中に退屈な天使たちが動き出そうとしているそうなの」
浅野長官の言葉に周囲は緊迫する。それは公安調査庁が掴んだ新たなる事件の始まりだった。
to be continued
原作者山本正純です。初の中編小説思惑。いかがだったでしょうか。
今回の事件の舞台は島根県の日御碕灯台周辺。本当は島根県全体を使った壮大な社会派推理小説をやりたかったのですが、東京での事件を同時進行でやりたかったので断念しました。
事件の背景にあるのは要介護認定と心臓病。当初は事件の背景を高齢者虐待と児童虐待にしたかったのですが、ある矛盾が発生してしまい結果動機を変更しました。その矛盾とは虐待は動機として成立しない。地域包括支援センターや行政に相談すればこんな事件を起こす必要がないということです。さらに虐待は厳重注意だけで法では裁かれない。
三か月前まではこのことを知らなかった。結果サブ要素として用意した要介護認定と心臓病を動機に訂正して一部部分を書き直しました。
今回初登場した遠藤アリス。浅野公安調査庁長官の新しい秘書で先月逮捕された遠藤昴の妹。彼女は第一章の主人公として活躍してもらいました。しかし第二章に入ったら一気に出番が減ってしまいました。第二章でも活躍したら、警視庁サイドの出番が減ってしまうため入院させました。
出番といえば退屈な天使たちの出番はありませんでした。脱退屈な天使たちという裏テーマで執筆しました。毎回退屈な天使たちが絡んでいるので、彼らが全く出てこない話を書いてみたくなりました。それが今回実現。ラストで浅野公安調査庁長官が彼らの名前を口にしたので完全ではありませんが。
さまざまな人物の思惑が交錯した今作。心臓病の子供を救おうとした高見明日菜たち。この真相を隠蔽しようとする公安調査庁。さらに都道府県警察との調和を図ろうとした千間刑事部長。
この三つの思惑が交錯したので適切なタイトルだったと思います。
次回は退屈な天使たちとの対決。今作のラストシーンから物語は始まります。
ここまで読んでくださった読者様に感謝しつつ新作を執筆します。では混沌とした世界の中でシリーズ第十弾警察不信をご期待ください。
浅野公安調査庁長官が絡むと後味が悪くなる。




