鬼人の里①
俺達は今新幹線で博多を目指している。
何故新幹線で向かっているかと言うと、ただ単にシルフィーが新幹線に乗って見たかったからで、帰りは飛行機で帰る予定だ。
「シルフィーちょっと落ち着いて、声のボリューム落としてね。周りに迷惑掛かるから」
「ごめんなさい、でもすっごく速いし色んな物が見えて……」と小声で返してきた。
「そうだね小声で話そうね。今日は晴れてるから富士山も見えるよ」
「朝の分のお弁当食べないの?」
「食べようか。俺新幹線の中で食べるカツサンド大好きなんだ」
以前から出張で新幹線乗る時は良く食べてるまい泉のカツサンド、高校生のバイトの時差し入れで貰って初めて食べた時うまさに感激したな~。でも高校生の小遣いじゃちょっと高くて、就職するまで自分で買った事無かったな。
「このカツサンド美味しいね」
「そうだろ、ヒレとロース食べ比べて見てどっちが美味しいか教えて」
俺はロース派だけどシルフィーはどっちも美味しくて決められないらしい。けど俺がロースを二切れ食べちゃったから一切れしか食べて無いからなんだろうな。
すれ違う新幹線の迫力に最初はビビっていたが、それも直ぐに慣れてすごく楽しそうにしてる。
結構朝早い時間帯なのにグリーン車いっぱいだ。ほとんどは仕事で乗っている人ばかりだと思うが、ちょうど隣に老夫婦が乗っていてご婦人がシルフィーの事が気に成る様で、博多までは長いし旅の出会いって一期一会の人の出会いって感じでちょっと良いよね。
本当の事言うと勤めていた時に一人で出張ばかりで話し相手が欲しかったんだよね。
「すみません、朝早い新幹線なのに五月蠅くしてしまって」
「あら、ご丁寧に。五月蠅いなんて思って無いわよ。可愛らしい彼女さんね」
「でもご主人がお休み中なのに」
「良いのよ、不貞腐れて狸寝入りだから」
「狸寝入りなんかじゃない、考え事をしてるんじゃ」
「ごめんなさいね~この人嫌な事が有ると直ぐに頭に血が上るから相手にしなくて良いわよ」
「失礼ですが樫谷会長では無いですか?」
「ああ、そうだがどこかで有った事が有ったか?」
「いえ、以前勤めていた時御社の創業記念パーティーでお見かけしたものですから」
「俺にすり寄っても何もないぞ、名前だけの会長だからな」
「別に仕事関係での繋がりは意識してません」
「生意気な小僧だな」
「貴方失礼よ、私は貴方の隣に居るのが嫌に成りました。もし良かったら彼女さんとお話ししたいから席代わって頂けないかしら?」
「ええ構いませんよ、でもシルフィーって言うんですけど彼女じゃなくて妻です」
「あら可愛いお嫁さんだ事、悪いわね偏屈爺の隣の席と代わって貰って」
「こちらこそシルフィーは新幹線初めてではしゃいじゃって、日本語は話せますので良かったらお話してあげて下さい」
「誰が偏屈爺じゃ」
この爺じゃなくてご老人は一代で世界的企業を起こした起業家で、今は息子に会社を譲り一線を退いて表舞台から離れているが、未だに多くの経営者達からはカリスマとして崇められている。
「失礼します、男鹿怜志です」
「すまんな婆さんの我儘に付き合ってくれて」
「いえ、シルフィーはまだ日本に成れて無いのでお話して頂けるだけで助かります」
「あんなババアと話したってカビ臭いだけだぞ」
この言葉が聞こえたのかご婦人が振り向きざまに睨みを効かせた。
「爺さん後でゆっくりお話ししましょうね」
「いや違うんじゃ、ちょっと格好付けただけで……」
「だからお話しましょうって言ってるだけでしょ、なんでそんなに取り乱しているの」
ご婦人はまたシルフィーの方に向き直りまた楽しそうに話し始めた。
「嫌だ嫌だ、あ奴の話はながいんじゃ、膝の悪い老人には正座はきついのじゃ」
あれ?この人カリスマ経営者だよね?しかもいつも威厳が有って厳しいって聞いてたんだけど。
「大丈夫ですか?」
「……気のせいじゃ……すまん忘れてくれ」
「後で謝りましょう。きっと許してくれますよ」
「わしは経営者として努力してきた、でも何時ももうダメだと思った時に小百合に助けられて来たダメな経営者なんじゃ」
「そんな事無いですよ、社員を大事にしてあれだけ大きな会社を創ったんですから」
「そうかすまん、取り乱してしまって」
「大丈夫です、家の父も最近母に頭が上がりませんから」
「そうじゃ、お主仕事は何してる?」
「今はまだ新しく会社を興す準備をしているところです」
「名刺は持っているかい?」
「すみませんまだ名刺を作って無いので」
「そうか、じゃわしの名刺を渡すから起業したら会いに来なさい」
「良いのですか、私の様などこの馬の骨とも分からぬ小僧にこの様な事をして」
「わしはこれでも人の見る目は有ると思ってる」
「分かりました、会社を立ち上げて落ち着いたら伺わせて頂きます。でも8月に結婚式と新婚旅行が有るので9月くらいに成ってしまいますが宜しいですか?」
「分かった。おい小百合!」
「なんですか?」
「こちらの方、男鹿さんじゃったか、8月に結婚式を挙げられるそうだぞ」
「あら、シルフィーちゃん8月に挙式なのね」
「はい、ハワイで式を挙げます」
「あらハワイなの良いわね」
「はい、楽しみです」
そのままシルフィーと小百合さんは二人できゃっきゃ言いながら話し始めたので、無視されている樫谷会長が可愛そうになり俺は会長の方に向き直した。
それから樫谷夫妻は大阪で降りるまでそれぞれと話していたが、俺は経営者の心得を散々聞かされ勉強には成ったがあまり楽しい時間ではなかった。
一方シルフィーは小百合さんに気に入られ、東京に帰ったら一緒にランチに行く約束をして連絡先まで交換してた。
「小百合さんに結婚生活の心得を教えて貰ったんだ」
「それは良かったな。どんな事教えて貰ったんだ?」
「旦那様を立てていっぱい褒めて、悪い事したら二度と悪い事出来ない様に徹底的に怒るところとか、いっぱい甘えなさいって」
「そ、そうか」
「他にもいっぱい教えて貰った」
頼むから純真なシルフィーに余計な事教え無いでくれ。
「レイジさんは浮気なんかしないもんね」
「当たり前だろ、この国は一夫一婦制なんだから」
「良かった、レイジさんは私だけの物だから他の女の人に心奪わせないんだから。お父様みたいに侍女に手を出したらお母様たちみたいにレイジさんを懲らしめちゃうからね」
「は、はい、そんな事は致しませんから俺はシルフィーだけですから」
「うん、信じてる」
何故かやさしい口調なのに凄みを感じる。俺はちゃんとシルフィーだけを愛していくつもりなのに冷や汗が止まらない。
それからシルフィーと車窓から見える景色を説明していると感覚的に思ってたより早く博多に到着した。
イブが予約しておいてくれたレンタカーを借り、一路鬼人が居る場所に向かった。
いつも誤字修正ありがとう御座います。




