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きまぐれ★プレートテクトニクス 〜太平洋を横断した陸塊「大東島」〜  作者: 扶桑かつみ
引きこもりルート・戦後編

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409 Cold_War_Age(9)

 ■ドル=ショック


 アメリカは1944年秋以後、膨大な量のゴールドを溜め込んだ上での金本位制により、第二次世界大戦後の世界経済を実質的にドルで染め上げて支配した。

 既にイギリスのポンドの凋落は甚だしく、他の国の通貨はポンド以下。ソ連は社会主義なので、資本主義世界では論外。

 そうした世界の経済情勢の中で、ドルの次の地位を占めたのは日本の「円」だった。


 日本は第二次世界大戦終了時点で、アメリカの3分の1程度にまで国力を拡大させた。大人口を抱えるからだが、国民所得はイギリス本国の二倍に達した。

 それでも当時の国民所得はアメリカと比べると随分少ないが、世界全体で見れば6分の1ほどを占めた。

 経済や産業面でも、重工業はアメリカに次ぐほど発展し、大きな人口を抱える国内市場も所得の向上で大きくなっていた。

 しかもいまだ発展途上で、大きな伸び代があった。


 そしてその後の順調な経済発展に伴い、保有する金の量も徐々に多くなった。しかも日本政府は、近代化して以後の自らの苦労を覚えているので、金保有量には気を遣っていた。

 特に歴史的に貨幣で苦労した経験を持つ大東の日本人たちは、日本帝国の金保有量にこだわった。


 この為、アメリカが世界の6割以上の金を集めたのに対して、1割程度しかない日本の現状を憂いた。

 この頃の日本は世界の基軸通貨を目指す意思は弱かったが、純粋に日本経済、国力を気にしてのことだった。

 日本にとって、アメリカは真の友好国とは言えないと見ていたからだ。


 だから日本は、第二次世界大戦後も地道に、他国からあまり文句を言われないように金の保有量の増加に力を入れた。

 そして長期的に見ると、積極的にドルを金に交換した国の一つに日本の姿があった。

 勿論だが、日本は金本位制は敷かず、円が金に交換される事もなかった。

 

 一方のアメリカは、国力、軍事、経済、産業の全てで圧倒的と言える1950年代が過ぎると、ドルが金に交換される事が徐々に負担になっていった。

 フランスの金を大量交換が直接的な切っ掛けの一つとなったが、1971年8月15日にアメリカドルと金の交換を停止すると発表。


 そして変動相場制に移行すると一気にドル安となり、日本の円も高騰。1944年から1ドル=1円80銭で四半世紀固定されていたのが、一気に20銭も下落した。

 その後も円高は続き、平均して1円40銭を切る程になっていた。

 そして日本は、ドルベースでの国力(国民所得)を一気に拡大させていく。

 

 もっとも、アメリカが金本位制を止めたのは、金の保有量の低下だけが原因ではない。

 ベトナム戦争の戦費、生産業の衰退、社会保障費の増大、財政赤字など、アメリカ自身に原因が多い。

 西欧諸国の復興と躍進、日本経済の拡大という相対的な理由もあるし、過剰なドルの金への交換も理由だが、何事も一つの理由が原因ではない。


 そしてアメリカが金本位制を維持できなくなるほど金が減少したのと対照的に、1970年頃の日本は世界の約2割の金を集めていた。

 加えてドル=ショックによって円の価値は一気に高騰。

 日本は、経済的な野望を強めるようになる。

 しかも日本の行動を促す事件が2つ起きる。



 ◾️オイル・ショックと

  戦後日本の地下天然資源事情


 1973年10月、「オイル・ショック」が発生した。

 原因は「第四次中東戦争」を切っ掛けにアラブ産油国が原油価格を大幅に引き上げたことだが、アラブが欧米資本、欧米諸国からある程度の自立を始めた記念すべき事件でもある。


 単純な数字で見ると、原油価格は水より安いとまで言われた1ドル台から15ドルに高騰した。

(※時期によっては、1バレル3ドル程度が12ドル程度の数字になる。)

 この影響で中東のペルシャ湾岸諸国を中心とした石油輸出国機構(OPEC)諸国は、一気に膨大な収入源、俗に言うオイルダラーを得る。


 逆に石油を輸入に依存してきた国は、価格の高騰によって大きな出費、外貨流出を強いられるようになる。

 当然だが各国の経済を脅かし、多くの国で経済の混乱と大幅な景気後退が見られた。


 他には、価格が大幅に高騰したので、それまで見向きもされなかった採掘コストの高い油田、ガス田の採掘が活発に行われるようになる。

 特に世界各地で海底油田、海底ガス田の開発が活発になり、技術も一気に向上した。


 そして恩恵を受けた国の一つに日本帝国の姿があった。


 近代以後の日本は、実質的には経済植民地だった満州国と合わせるとそれなりの資源国と見られていた。

 石炭は大東島に世界屈指の炭鉱地帯があり、十分に輸出できるほど産出した。

 だが大東島は1億年以上かけて太平洋を横断してきた島なので、地下に石油や天然ガスが生成される地形ではなかった。

 資源で言えば、太平洋の横断前に生成された金鉱が例外なくらいだ。


 プレート境界と造山帯の上にある西日本列島は、非常に多くの種類の天然資源が地下に眠っていたが、その量は殆どが限られていた。近代以後だと銅が例外なくらいだが、それでも完全自給は無理だった。

 石油、天然ガスも例外ではなく、20世紀に入るまでは少量しか採掘されなかった。

 樺太島北端に中規模の油田があったが、産油量は十分ではなく石油の輸入国だった。


 その後、1930年代に満州で大油田が発見され、1950年代に入るまでは石油の自給(厳密には自給ではない)が一応は可能となる。

 北満大油田は、当初から100億バレル級と判定された。同油田の究極埋蔵量は160億バレルで、石油の質は悪いが当時は十分以上の量だと考えられた。

 しかし1950年代になると石油需要が急激に増加し、安価で質の良い中東油田に頼るようになる。

 巨大なタンカーが多数建造された。


 だが中東ペルシャ湾岸の大油田地帯は、アメリカのオイルメジャーが中心となって独占した。第二次世界大戦の主要戦勝国の一角の日本は、戦争の褒賞として利権を求めるもあまり採掘権は得られなかった。

 当然ながら、購入の決済にはドルが必要となる。

 だから日本は、外貨流出の阻止とドル依存の脱却を国家戦略として、日本帝国各地での地下資源調査を非常に熱心に行った。


 1960年代に入ってからの調査の結果、北樺太の沖合で中規模の海底油田、ガス田が発見された。

 既に油田があるのだから、近在にもあると考えた上での調査が当たった形だ。


 主に二つの地区の埋蔵量の合計は、詳細な調査の結果石油が約34億バレル(約5億4000万キロリットル=4億5000万トン)、天然ガスが約1000億立方メートルと推計された。

 それなりの規模だが、日本は産業の発展した大国となっていたので、とても需要には足りなかった。長期的に自給するには、この50倍くらいが必要だった。

 しかも天候が厳しい北の海の底なので、開発および採掘コストが高かった。


 次に1964年に荒州加の北極海に面した古土塀という場所で、巨大油田が発見される。

 発見当初の時点で埋蔵量100億バレル以上の大油田と判定され、最終的な推定原油埋蔵量は約250億バレル(約40億キロリットル=33億トン)に達した。


 満州の油田の約二倍の規模で、採掘、運搬の難しさを差し引いても大いに喜ばれた。

 北荒州加油田は1980年代に入ると本格的に稼働し、最盛時には年産1億トン採掘された。(平均で5000万トン程度。)

 これは欧州の北海油田の埋蔵量が130億バレルなのと比べると、経済効果の大きさがわかるだろう。


 加えて、荒州加の北極海側の北斜、坊保斗、北氷州との間のチュクチ(酎久知)海には、巨大な天然ガス田も発見された。

 発見は少し後のことだが、2010年までに確認された埋蔵量は約2兆8000億立方メートル(LNG換算で約20億トン)にも上る。

 しかし採掘と輸送には高いコストがかかる上に、自然破壊の対策費も嵩むので開発は後回しにされた。


 しかもこの油田が開発される頃には、世界的に環境破壊の防止が叫ばれるようになり、採掘、運搬(パイプライン建設)でさらに大きな出費を強いられた。

 それでも自国内での大油田なので大いに喜ばれた。


 そしてその数年後、それ以上の喜びに日本全土が包まれる。



(神の視点より:この世界はアラスカが昔から日本領(大東領)なので、アメリカはアラスカの資源(石油)が使えない。)

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