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46 草をかきわける

 リズは地面に膝をつき、生い茂る草を両手でかきわけていた。奥庭の北側、小神殿の壁際に群生する茂みの中である。


「扉」探しのためだ。

 今朝、リズを含めた候補者四人は祝祭殿に集められた。そして神官長から扉の進展について聞かれた。


「今日は最終選定の途中経過を報告してもらうために、集まってもらった。それぞれの『扉』の、進み具合いはどうかな? ヒントか何かは見つかったかね?」


 リズは言葉に詰まった。何も見つかっていないからだ。

 シーナの事に気を取られていたのもあるが、リズの扉まで導いてくれるという聖竜は、未だに何も示してくれない。ゆえに聖竜がよく飛んでいる場所など、手当たり次第に探っているが、何も見つかっていないのが現状である。


 そっと、他の三人の様子をうかがう。最初に答えたのはマノンだった。


「そうですね、黒ヒョウがいますから。もう少しで見つけられると思います」


(え?)


 リズは驚いた。すると、他の二人の候補者も顔を見合わせて――。


「はい。私も、扉のあるだいたいの場所は、わかったと思います。詳しい事はまだですけど」

「あ、私も同じです」


(ええ!?)


 マノンはまだしも、二人の候補者の聖なる実が割れたのは、同じ候補者だったアナが実家へ帰ってからだ。つまり、リズよりずっと後の事で。


(それなのに、もう見つかりそうなの?)


 愕然とした。心をこがすような焦りが、足元からわきあがってくる。

 リズは唇を噛みしめた。全て中途半端じゃないか。シーナの事も、選定の事も。


「黒ヒョウが導いてくれているもの。お利口ね」


 マノンが腕に抱く黒ヒョウの背中をなでると、黒ヒョウが応えるように金色の目を細めた。両者の間に、確かな信頼関係が見てとれる。

 対して――。


 リズは、あくびをしている聖竜の両脇をガシッとつかんだ。


「聖竜、私の扉は!?」

「キュ?」


 さあ? というように首をかしげる。そして、つかまれたまま翼の下に顔をうずめ、のんきに毛づくろいを始めた。まるで他人事だ。

 焦りもあり、イラっとしたリズは、聖竜の両脇をつかんでいた手に思いきり力をこめた。


「ギュ!?」


 丸々とした体を締め上げられ、聖竜が鳴き声をあげる。必死でばたつき、リズの手から逃れた。


「扉はどこだ――!?」

「ギュ――!!」


 噛みつこうとする聖竜と、それをよけるリズ。候補者たちが顔をひきつらせて、距離をとる。

 マノンが皮肉げに笑った。


「楽しそうね。リズだけ何も見つかっていないんでしょ? そのわりには余裕じゃない」


 イラっとしたが、その通りなので言い返す事ができない。


 ――そしてリズは、こうして茂みの中で這いつくばっているのである。


 草の汁で、着ているワンピースが汚れたが、気にせず草をかきわけていく。

 奥庭の畑周辺や目立つ場所などは、侍女たちがこまめに伸びた枝を切ったり、草むしりしたりしている。だが選定中で仕事が増えた事もあり、こういった建物のかげに隠れた部分までは手が回らないようだ。好き放題、草が茂っていた。


 奥庭へ来ると、散歩代わりか、聖竜はこの茂み周辺をよく飛んでいるように思う。

 それで今回はここに当たりをつけたのだが、探しても探しても、あるのは地面と草、たまに虫くらいだ。

 それでも必死で探した。


「痛い!」


 鋭い葉先で、手の甲を切ってしまった。


(……大丈夫なのかな)


 不意に、不安感が首をもたげた。頑張ろうという気持ちはあるのに、どうすればいいのか、その方法がわからない。わからないのに、焦りと不安ばかりが募っていく。


(あの時のクレアも、こんな気持ちだったんだろうか)


 候補者で、ユージンの子孫のクレアを思い出した。一回目の選定前、聖なる芽が出なくてリズに方法を聞きにきた。

 クレア自身も余裕がなかっただろうに、リズの事をほめてくれた。気遣ってくれた。あんなふうに自分もなれるだろうか――。


 小神殿の開いた窓の中から、神官たちの苛立ったような声が聞こえてきた。


「おい、そっちはどうだ!?」

「だめだ、何もない!」


 数日前から、神殿内が騒がしい。真剣な表情の神官たちが忙しそうに行き来している。

 ロイドが言っていた、「何か見つけたり、気づいたりしたら、すぐに神官長に報告するように言われた」事と関係があるのだろうか。ロイドがつかまらないため、詳しく聞く事ができない。


 そして侍女たちのウワサ話によると、王宮内も同様に慌ただしくなっているようだ。そのせいかシーナの事を聞いて以来、キーファの姿も見ていない。


(――やめよう。今はこっちに集中しないと)


 リズは雑念を振り払うように、首を左右に振った。


 突然、かきわけた草の間から虫が飛び出してきた。前に室内に出た、黒光りするグロテスクな虫だ。

 素早く片手で叩き落とす。そして空中を飛び回っている聖竜に向かって、放り投げた。聖竜がうまくキャッチし、おいしそうに飲み込んだ。


(……ん?)


 リズは眉根を寄せた。茂みの奥、壁ぎわに黒い石が落ちていた。

 大きさはリズの手のひらほど。加工されたように、表面がつるつるになっている。


 一見、ただの石だが、なぜか目が離せない。脳裏に訴えかけてくるものがある。

 もしかして「扉」に関するものか? と期待を込めて聖竜を見上げたが、聖竜は全く反応しない。


(違うのか。じゃあ、これは何?)


 草の間で、鈍く光っている。全体が真っ黒だ。リズの顔が映るほど磨きこまれた石なのに、よく見ようとすると、一枚膜をへだてたようにぼんやりしていく。変な石だ。


(ロイドさんが言ってた、神官長からのお達しと関係ある?)


 見かけは普通のきれいな石だが、何か違和感がある。ピリピリと肌を突き刺すような。


 小神殿の中にいる神官たちに、一応伝えておこうと立ち上がると、


「キュ」


 足元で聖竜の声がした。見下ろすと、口に、細いひものようなものをくわえている。くすんだオレンジ色の、それの両端がうねうねと動いた。ミミズだ。


「捕まえたの?」

「キュ」


 得意げな顔でうなずく。故郷の村で、共有で飼っていた犬を思い出した。エサを捕まえたら、こうして自慢げに見せにきたっけ。


 聖竜が嬉しそうに顔を上に向けて、まる飲みしようとした瞬間、


「待って! 聖竜ちゃん、リズ、待って!」


 と、候補者の一人、レベッカが向こうから走ってきた。血相を変えて、息も切らしている。


「お願い、そのミミズを返して! 私の聖なる実から出てきたミミズなのよ!」

「え……」


 慌てて聖竜に視線をやると――ちょうど、びっくりした顔の聖竜の、のどがゴクリと鳴ったところだった。レベッカの大声に驚き、反射的にくわえていたミミズを飲み込んでしまったようだ。つまり――。


「食べちゃったの……?」


 重い沈黙が流れた後、


「いや――!!」


 レベッカの絶叫が響いた。




「――なるほど。聖竜が、レベッカのミミズをまる飲みしてしまったと。ほう……」


 リズとレベッカは、神官長と向かい合っていた。


 あの後、急いで聖竜を宙づりにしたり、背中を思いきり叩いたりして、何とかミミズを吐き出させようと頑張った。

 しかし聖竜が目を白黒させただけで、ミミズは出てこなかった。早くしないと、ミミズは聖竜のさらなる肉になってしまう。近くにいた神官に事情を話し、急いで聖竜を抱えて神官長のところへ走ったのである。


「それは、あれかね。聖なる実から出てきたもの同士、共食いという事になるのかな。ほう」


 何が、共食いだ。「ほうほう」言いながら、白いあごひげをなでる神官長に、リズはあきれた。

 レベッカが青ざめた顔で、身を乗り出した。


「どうすればいいんでしょう!?」

「うーむ。残念ながら、私にもわからん。厳しい事を言うようだが、自分たちでどうにかするのも選定の一環だしのう。しかしまあ、聖竜もミミズも、そこらにいる普通のものとは違う。ひょっこりと、どこからか出てきたりしないかな?」


 逆に聞かれた。


 レベッカが泣きそうな顔で言った。


「もし出てこなかったら、私は失格という事ですか? 扉の詳しい場所までは、まだわかっていないんです」


 神官長が何とも言えない顔になった。必死に涙をこらえているレベッカに、リズはたまらなく胸が痛んだ。

 神官長が聞く。


「そもそも、なぜこんな事態になったのだね?」

「いつもは大事に箱の中に入れて、部屋に置いていたんです。リズやマノンと違って、私のミミズは見た目も本当に普通の、そこらにいるミミズと一緒ですし。わからなくなったらいけないと思って――」


 しかし最近、元気がない。そこで本物のミミズ同様、土に触れさせたら元気が出るかもと思い、ミミズの入った箱を持って奥庭に行った。そこで畑の土を箱に入れようとした時、運悪くつまずき、箱を落としてしまった。


 箱のふたが開き、ミミズが逃げ出す。急いで捕まえようとしたが、さらに運悪く、そこは耕したばかりのふかふかの畑だった。あっという間に、ミミズは土の中にもぐってしまった。


 泣きたい気持ちで、手当たり次第、土を掘り返して探した。すると「キュ」と声がした。振り向くと、ちょうど聖竜が、レベッカのミミズを口にくわえて、飛んでいくところだった。

 慌てて聖竜を探し、やっと見つけるも、遅かったと――。


 青ざめながら話し終えたレベッカに、リズは頭を下げた。


「ごめん。聖竜が口にくわえてきた時、気づけば良かった」

「違うのよ。私が外に連れ出したから。そして、つまずいたから。さらに、箱を落としたから……」


 レベッカが落ち込んでいる。リズの隣に座る聖竜も、責任を感じているのか「キュウ」と肩を落とした。


 リズは双方を交互に見た。

 この状況を打開するために、やる事はたった一つだ。

 リズは聖竜に向き合い、その小さな肩を両手でつかんだ。


「聖竜、出そう」


 腹の中から。どんな手を使ってでも。

 目を光らせるリズに、「キュ……」と聖竜が不安そうな声で鳴いた。

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