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32 選定三回目、のち

「今朝の三回目の聖女選定で合格したのはリズを入れて五人か。最初は三十人くらいいたけど、ずいぶん減ったな」


 第二神殿東部、第九塔門近くの周壁にもたれながら腕組みをしたロイドが言った。


「そうですね。実がなるのが条件だったんで」


 ナタリーを思い出し少し寂しくなってしまったリズは、ごまかすように農作業用の大きなショベルを地面に突き刺した。そのまま周壁沿いの土を熱心に掘っていく。


 今朝行われた第三回目の次期聖女選定で、十一人いた候補者は五人になった。リズとマノン、そして他の三人の候補者たちはまだ実の中身は生まれていない。


「それで? リズの『勘』で、ここには何が埋まってるんだ?」

「詳しくはわかりませんけど重要なものです。そんな気がします」

「ふーん。まさか、またナスビじゃないよな」


 思い出したように噴き出すロイドに、リズは顔をしかめた。現聖女様の好物だという発酵させたナスビがぎっしり詰まった壺を思い出したからだ。


「――見つかった?」

「まだです」

「見つか――」

「まだですって」


(以前の、キーファが小さい頃に持っていた古い指輪を見つけた時と同じ状況だな)


 高みの見物のロイドと土にまみれ必死に地面を掘り返すリズ。差し出されたショベルが一本だけなのも、「あった?」と興味津々で聞いてくるロイドにイライラするのも全く同じである。


(おかしい。あれから、けっこう月日が経ったはずなのに)


「ねえ、見つかった?」

「まだです!」


 その時ショベルの先に何か固いものが当たった。リズは飛びつき、それを一心に土の中から()き出した。


「ロイドさん、ありましたよ! ――あれ?」


 呆然となった。

 両手で抱えられるくらいの壺は、大きさも形も以前に見つけたものと同じだった。


「現聖女様、ナスビ大好き過ぎるだろ……まさか神殿中に埋まってるんじゃないよな……?」


 呆れた顔になるロイドの前で、リズは土のついた壺をぎゅっと強く握りしめた。焦りと困惑が込み上げてくる。


(まさか間違ってた? ――いや、そんな訳ない!)


 壺を地面に置き、何重にもなされた封を開け始める。ふたをグルグル巻きにしてあるヒモや何枚も重ねられ、のり付けされている紙を次々とはがしていく。

「勘」で見えたものはナスビなんかじゃない。現に前の時だってキーファの指輪が出てきたじゃないか。あれでリズは泣きたいくらい救われたのだ。


 迷いのない目で一心に封を開けていくリズを、ロイドが感心するように見つめている。


「開いた! え……? 何これ?」


 ようやく、ふたが開いたのに戸惑うしかない。壺の中身はほとんど空で、底に小指の先くらいの小さな黒いものがポツンと入っているだけだった。

 指でつまんで取り出した瞬間、ロイドが目を見張った。


「それ、聖なる種じゃないか!?」


 楕円形(だえんけい)の黒い小さな種。確かにリズたち聖女候補が神官長に配られたものと同じだ。けれど


「どうして、こんな所にあるんですか?」


 種は一人につき一粒ずつで、その場にあったのもぴたりと人数分のみだった。一回目の選定で芽が出た候補たちは皆、自分の聖なる芽を持って広間にいた。

 という事は一回目の選定に落ちた候補の一人がこの壺の中に種をまいたのだろうか? けれど壺のふたはまるで封印するかのように簡単に開けられないようになっていた――。


(あれ?)


 ふと頭の中をくすぐるように、かすかに記憶がよみがえった。

 種が配られたあの時、最初に芽が出たリズの真似をして壊れた鉢をもらいに行く者や、候補者たちと相談する者や、部屋にこもる者や様々だった。そんな中、この周壁沿いで何やらコソコソと動いていた候補者がいなかったか。


 必死に頭を振りしぼる。あの時ちらっと後ろ姿を見かけたのだ。中肉中背、肩より少し長いくらいの黒髪だった気がする。まあリズ以外は皆、黒髪なのだけれど。


(服装はどんなだったっけ?)


 黒っぽい服だった気がする。グレースのように豪華なドレスでもなく、かといってリズのような質素な服でもなく、あれは――。


「リズ」


 ロイドに呼ばれ我に返った。つかもうとしていたものがスルリと手の中から逃げて行ったような感覚がして焦りを覚える。


「これは神官長様に届けるよ。何だろう、リズの勘じゃないけど嫌な感じがする」


 種を戻した壺を片手に抱えたロイドが真剣な顔で言った。



 釈然としない気持ちで部屋に戻ったリズだが、一息つく間もなく祝祭殿へと呼ばれた。

 マノンを入れて他四人の候補者たち、そして神官長の姿もすでにあった。神官長がおだやかな笑みを浮かべて告げた。


「三回目の選定も終え、これから次期聖女の最終選定を行う。皆、鍵を覚えているかね?」


 リズは思わず候補者たちと顔を見合わせた。


「ひょっとして一番初めに、それぞれの住んでいたところで聖女の素質があるかどうかを神官様に試された鍵の事ですか?」

「現聖女様の力が込められていて、聖なる力を持つ者にしか見えないという」

「その通り」


 故郷の村で、ロイドから渡された黄色いヒモがついた銀色の小さな鍵の事だ。あの時カーフェン家の令嬢エミリアにひどい目に合わされたっけ。

 けれど全てはあの時から始まった。もちろんあの鍵は一緒に持ってきて、部屋の机の引き出しに大切にしまってある。


「最終選定は、それぞれの鍵に見合った『扉』を見つける事だ。いや『扉』と言っては語弊があるかもしれん。扉の形をしているとは言えないし、鍵穴があるとも限らないからのう」


 なぞなぞか。意味がわからない。再び候補者たちと顔を見合わせるが、どの顔にもはっきりと困惑の色が浮かんでいる。 


「ゆえに『扉』はどこかの部屋のドアかもしれないし戸棚の引き戸かもしれない。本の表紙かもしれないし床かもしれないしコップの持ち手かも、池で泳ぐ魚かもしれない」


 一番年上の二十代後半くらいの候補者が顔をゆがめた。


「そんなの、どうやって見つけろと言うんですか!? 不可能です!」


「ヒントならあるよ。それぞれの聖なる実から生まれたもの――リズなら聖竜だしマノンなら黒ヒョウだ――それが道筋を示してくれる。耳を澄ませ心を落ち着けてみれば、必ずやそれぞれの『扉』を教えてくれるはずだよ。

 それと何やら誰が次期聖女に一番近いかというウワサが飛びかっているようだが真実ではない。実から生まれたものが聖竜や聖獣であろうとそうでなかろうと、最終選定に必要な事はあくまで自分の『扉』を見つけられるかどうかだからな」



 祝祭殿を出た途端、他の三人の候補者たちが声高に話し始めた。


「ねえ、どうすればいいの? 今までの聖なる木の育て方についても戸惑ったけど、今回はさらに意味がわからない。それに私なんて実がついただけで、まだ中身が生まれてもいないのよ」

「私もそう。早く中身が出てくる事を祈るしかないわね」

「私は今朝、実にひびが入ったわ。もうすぐ生まれそう」


 さえぎるように「リズ」と呼び止められた。聞き覚えのある声だ。でもまさか他の人たちがいる前で堂々と呼び止めはしない人なのに。

 恐る恐る振り向き、やっぱりと絶句した。


「「キーファ殿下!」」


 候補たちの驚いたような嬌声が立ち込める。しかしキーファが構う事なくリズだけを見て近付いてくるので、候補たちは「興味津々」と「見られなくて残念」という二つの表情を顔に貼り付けて、こちらを何度も振り返りつつ名残惜しそうに去っていく。

 最後に残ったのはマノンだが、他の候補たちと違い厳しい顔つきをしていた。それでも王太子への礼儀を考慮したのか、しばらくして一礼すると足早に立ち去って行った。


 リズはキーファと向かい合った。キーファはいつもの優しい雰囲気ではなく何か決意を秘めたような、そんな表情をしている。

 何事か。


「頼まれていたアイグナー公爵についてだが、君の言う通りハワード家に関する事を彼も調べていた。詳しい事はまだ調査中だ。そしてここからが問題なんだが、公爵はリズの事も調べていたんだ。故郷の村での暮らしから家族関係、交友関係についても。

 娘であるグレースのライバルだからかと思ったが、グレースが罪を犯し囚われてからも変わらず続いている。公爵の詳しい考えはわからないがリズに何か仕掛けようとしているのは明白だ。危険だと思う」


 燃えるような目で見つめてくる。異様な迫力に、リズは思わず一歩下がった。


「今までリズの立場上、俺がおおっぴらに近づいてはまずいと思い近付く事をなるべく避けていたけれど、これからは我慢しない。必ず君のそばにいる。王太子と近しいとなれば公爵も手を出しにくいだろうから」


 言い切るキーファの端正な顔に迷いは全く感じられない。


(そうだった)


 圧倒され、思い出した。キーファの事をそれほど知っているわけではないけれど、それでもわかる事はある。


(いつも穏やかで優しいけれど、こうと決めたらけっこう強引なんだった)

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