第34話 王子対王子、競うは国家鎮護の王道相撲
カンカカンカンと拍子木がなって、土俵上でアデ吉が呼び出しを始めた。
「にいいしいいいい、リジー王子ぃ~~~~。ひがあああああしぃ、ジョナス王子ぃ~~~~~」
白扇子を開き東西を向いて力士を呼び出す。
私は砂かぶりで、半透明の親方の隣で観戦だ。
フローチェ部屋の皆も砂かぶりで見ている。
対面には、ヤロミーラとエアハルトが座っている。
二人ともいつもの服装だ。
リジー王子とジョナス王子が土俵に上がってきた。
リジー王子は黄色いマワシをきりりと締めてとてもかっこいい。
もちろん裸足で素手だ。
対するジョナス王子はというと……。
まず、ブーツを履いたまま土俵に上がってきた。
まあ、これは乙女ゲームのキャラだから仕方が無い所もあるだろう。
どうやら、主要キャラは服装が変えられないようだから。
問題はその服装だ、乗馬服の格好で、上着で完全にベルトを隠している。
そして、右手に木剣をさげていた。
「ジョナス王子! 手に持っている物はなんだっ!」
「ふふん、武器を持ち込んでもかまわないのだろう、クリフトン卿」
「それは、そうだがっ、あんた、弟をそれで殴るつもりか?」
「私は負ける訳にはいかないのだよっ! 手段を選んではいられぬ、文句があれば棄権して、私に勝ちを譲ればよいのだっ!」
リジー王子は黙って塩を撒いた。
「クリフトン、かまわない、木剣を使いたいなら使えばいいさ」
「し、しかし王子!」
「僕はかまわない、誰の挑戦でも受ける、それがフローチェ部屋の教えだよ」
そう言ってリジー王子は四股を踏んだ。
偉いわ、リジー王子。
大丈夫、ファラリスをいなせるぐらいの相撲力があるのだから、大丈夫よ。
行司さんは王様ではなくて、半透明の人。
二人とも番付に名前が無いから、序の口格行司ね。
『みあってみあって』
王子二人は土俵の上でにらみ合った。
リジー王子は腰を低く構え、ジョナス王子は普通に立ち、木剣を片手で構えている。
『ジョナス関、武器はかまわないが、片手なりとも、この線の所で土俵に拳を付けなさい。そうしないと相撲が始まらないのです』
「ふん、子供の遊びに大仰な事だな、わかった」
『時間いっぱい』
二人の拳が地面に付いた。
『はっきょいっ!! のこったっ!!』
リジー王子が弾丸のようにジョナス王子の懐に飛び込んでいく。
「え、なっ?」
ドーンと二人が激突する音がした。
ジョナス王子は木剣を使うタイミングを外して、目を見開いていた。
リジー王子ががっちりジョナス王子の上着を掴み、密接して押す。
押す。
押す。
「ぐわああ、は、離せっ! リジーッ!!」
「兄上っ! 目を覚ましてくださいっ!」
ぐいぐいと更に押していく。
重心が高くなっていたジョナス王子はそれを止める事ができない。
手に持った木剣でリジー王子の背中をパシパシ叩くが、手首のスナップだけの振りではなんの効果も無い。
「兄上は僕の憧れだった、ずっとずっと尊敬していたっ! 勉強も出来て、優しい、そんな兄上が僕の誇りだったっ!! どうしてっ! どうしてっ!」
ジョナス王子の顔が歪んだ。
「僕だって、僕だってなあっ!! リジーお前が好きだったっ! 可愛い弟だと思ったっ!! お前が王位に就くなら、僕は、僕は補佐でも良かったんだっ!!」
「じゃあ、なぜっ!! どうしてこんな事をっ!! ヤロミーラに騙されたのですかっ!!」
「ちがうっ!! ヤロミーラのせいじゃ、無いんだっ!! ちがうんだ……」
リジー王子はぐいぐいとジョナス王子の体を押していく。
もうすぐ土俵際だ。
「ちがうんだ、彼女のせいじゃないんだ。僕はリジーが、うらやましかったっ、明るく朗らかに笑うお前が妬ましかった。母親が違うだけで何もかも手に入れられるお前が、僕のように頑張って勉強しなくても、行政の仕事を覚えてあくせく働かなくても良いお前がっ! うらやましかったんだっ!!」
「兄上っ! 兄上っ! どうして、どうして、言ってくれなかったんですかっ!! 僕は兄上と笑い合える日常の為なら、王位なんかっ!! いらなかったのにっ!!」
ジョナス王子の目に涙が光る。
リジー王子の目にも涙が浮かぶ。
どうして、こんな仲の良い二人が引き裂かれなければならないのか。
どうして。
「そんな事は言えない、王族として、僕は、そんな事を考えてはいけない身分だった。だから、余計、リジーが憎くて、でも苦しくてっ!!」
「馬鹿だっ!! 兄上は大馬鹿野郎だっ!!」
ジョナス王子の足が徳俵に掛かった。
瞬間、上着を掴んでいたリジー王子の手が緩んだ。
ジョナス王子は木剣を手放し、重心を下げた。
じわり、と、リジー王子は押し返される。
「苦しんでいたときに現れたのが彼女だっ、彼女は僕に言った、自分の思うがまま、ありのままの自分で良いんだと、汚くて醜い僕も僕の内だって、言ってくれたっ!!」
「あの女の戯言ではないですかっ!!」
ジョナス王子が上手にマワシを取った、じわじわとリジー王子は押されていく。
「野望を叶えていいんだって、そう、思った。その時邪魔だったのは、リジーお前だ。だから僕は、僕であるために、自分の人生の為に、弟を、愛する弟を生け贄に捧げ、王位を取る決意をしたっ!!」
「そんな決意はまがい物ですっ!! 目を覚ましてっ!!」
「王位の為だっ! 僕とヤロミーラの人生の為だっ!! 僕は間違っていないっ!!」
リジー王子が憤然と顔を上げた。
「間違っているっ!! 兄上っ!! あなたは間違っているっ!!」
パアン。
リジー王子の張り手が飛んだ。
「誰かを犠牲にした人生に何の価値があるんですかっ!! 罪もないフローチェを犠牲にして、僕を犠牲にして、あなたは幸せなのかっ!! 目を覚ましなさいっ!! 兄上!!」
パンパンパンパーン。
素早い張り手が、ジョナス王子の頬に、胸板に、顔面に飛んだ。
「ぐはっ!! お前に僕の何がわかるのかーっ!!」
「解りませんっ!! 卑劣な行動の上に築いた幸せなぞ!! わかりたくもないっ!!」
私はたまらなくなって立ち上がった。
「リジー王子っ!! がんばれーっ!!」
その瞬間。
私には見えた。
リジー王子の胸の奥に輝く、相撲魂が。
小さい、だが、確かにある。
「僕は、兄上を叱責するっ!! あなたの卑怯! あなたの蒙昧!! あなたの姑息を憎み!! 僕のスモウで叩き潰すっ!! そしてやさしくて明るい兄上を取り戻すっ!!!」
「ぐわあああっ!」
涙を流すジョナス王子の脇に手をくぐらせ、リジー王子は掬い投げで彼を投げ飛ばした。
轟と、たしかに一陣の風が吹き、ジョナス王子は土俵に叩きつけられた。
ズダーーン!!
素晴らしい掬い投げよ。
リジー王子!
油断のない立ち姿も凜々しいわ。
はぁどすこいどすこい。
土俵に転がったジョナス王子は泣いていた。
「僕は負けたのか……」
「兄上の負けです」
彼は手で顔を覆った。
「いつのまにか……、こんなに強くなって、いたのだな……」
「フローチェのおかげです……」
「すまなかった、リジー……」
そして、ジョナス王子は肩を振るわせて、泣いた。
『リジー王子ぃ~~~~~ッ』
軍配が東方に上がった。
観客席が爆発したように歓声が上がる。
まずは一番。




