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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@『婚約破棄された腹いせに〜』電子書籍配信中
番外編SS

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【番外編SS】ラブラドライトの婚約指輪

 年代物の鍵がいくつもついた鍵束を片手に、ノアはタウフェンベルク伯爵邸の長い廊下を進んでいた。


 ここは普段生活している棟とは別の棟で、用事がない限りめったに足を踏み入れない場所だった。


 廊下の先、一際奥まったところにある一室の前で、ノアは足を止める。


 鍵束の中から該当する一本の鍵を選び出し、扉の鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。


 カチャリッと、解錠の音がし、扉の取手を引いて室内へと足を踏み入れる。


 ガラス窓には日焼けを防ぐための分厚いカーテンが引かれ、室内は昼間にもかかわらず薄暗い。


 ここはタウフェンベルク伯爵家の宝物庫。


 歴代の当主たちが収集した調度品や芸術品、美術品が所狭しと保管されている。


 精巧な彫りが施された家具や繊細な柄が描かれた花瓶やガラス細工、思わず手を伸ばしそうになるほど色鮮やかな絵画、果ては何に使うのかわからない工芸品など種々様々だ。


 ノアは部屋の奥へ行くと、窓にかかるカーテンに手を伸ばし、半分ほど開けて部屋の中へ明かりを取り入れる。


 そのあとで、昔の記憶を頼りに室内をきょろきょろと見回し始める。


 しばらくして、壁際のある一角に目を留める。


 そこにはノアの腰くらいの高さになる木製の戸棚があった。


 戸棚の前に立つと、何段かある引き出しの一番上の段を開ける。


 引き出しの中、黒いビロードが敷かれた上には、眩いばかりのいくつもの宝石が並んでいた。


 首飾りや耳飾り、指輪、さらには男性向けのネクタイや袖口に付ける装飾品などが衰えることのない輝きを放っている。


 ノアはその中をざっと見渡したあと、目当てのものがないことを確認し、ついで二段目、三段目と開けていく。


 そして四段目を開けたとき、ある一点を見つめ、ひとりつぶやく。


「あった……」


 手を伸ばそうとした瞬間。


「あら、それもしかして」


 突然聞こえた声に、ノアは驚きのあまりとっさに身構える。


 しかし振り返って目にした人物、いや動物に、すぐさま警戒を解く。


 そこにいたのは、黒い犬だった。


「ラブラか」


 ノアはいつの間にか部屋に入ってきていた彼女の名前を呼ぶ。


 ラブラは、ノアの婚約者になるイーリカの犬だ。


 犬の姿は仮の姿で、本質はラブラドライトという鉱石の魔石らしいのだが、本来の石の姿はノアはまだ見たことがない。魔石だからこそ、こうして人の言葉を話せるということだった。


 ノアとイーリカとの正式な婚約の取り交わしはこれからだが、その先も含めてノアの中ではすべて確定済みだ。


 今頃、屋敷内にいるイーリカはアマンダの淑女教育を受けているはずだった。


 彼女の家族であるラブラ、そしてもう一匹のライトは、イーリカと同じく、屋敷を自由に出入りしていいと言っている。屋敷の者にもそう伝えてあるのだが──。


「どうしてここに?」


 屋敷の出入りは自由だが、別棟のここはうっかり迷い込むような場所ではない。見られて困るものはないが、なぜラブラがここにいるのか気になった。


 ラブラは先ほどまでノアが見ていた引き出しの中を覗き込みながら、鼻先をふんふんと寄せている。


「ええ、ちょっと気配を感じたものだから」

「気配?」


 ノアは怪訝な顔でラブラを見下ろす。


「ちょっとそれ、わたしに見せてくれない?」


 ラブラがノアを見上げ、鼻先であるひとつの宝石を指し示す。


 それは年代を感じさせる古い指輪だった。


 ノアはいささか驚きながら、ラブラが示した指輪をつまみ上げる。


「へえ、奇遇だね。僕もこれ目当てにこの部屋に来たんだ」


 手のひらにのせると、彼女の前に差し出す。


 ラブラは食い入るように、その指輪をじっと見つめる。


 指輪はすでに持ち主を失って久しい。指輪の土台部分は鈍い金色に変色してしまっているが、台座に鎮座している宝石は何年経っても変わらず不思議な七色の光を帯びている。


「ええ、間違いないわ。これは(ぬし)さまの欠片ね。こんなところでお目にかかるなんて」

 確信を得たようにラブラが大きく頷く。

「この指輪についている石、私達と同じラブラドライトでしょう?」


 指輪についている宝石は、暗闇の中で淡青色(たんせいしょく)にも青緑色(あおみどりいろ)にも黄色にも、幾重にも変化する不思議な虹彩を放っている。


 それは今目の前にいる、ラブラの瞳の色とよく似ていた。


 それもそのはず、ラブラドライトの魔石であるラブラは、その瞳にラブラドライトの本質である七色の光を宿している。


「ああ、そうだよ。この指輪の宝石は、ラブラドライトだ」


 するとラブラは目を細める。


「とても大事にされていたのね」


「僕の祖父が、祖母に贈った指輪で、祖母は亡くなるまで大事にしてた」


 ノアは口元をゆるめてそう答えながら、昔を思い出す。


 かつて祖父は、祖母へ贈る指輪の宝石を手に入れるため、タウフェンベルク北部にある鉱山に自ら入り、このラブラドライトの鉱石を見つけ、指輪に仕立てと聞いている。そしてこの指輪とともに、祖母への永遠の愛を誓ったということだった。


 そのことをとてもうれしそうに、幼い自分に語って聞かせてくれた祖母の顔がまぶたの裏に浮かぶ。


 祖父を先に見送ってからも、祖母はこの指輪をとりわけ大事にし、常に指にはめていた。


 ノアは自身が大切にしたい女性のイーリカと出会い、ようやく思いを通わせ、婚約を控えた今、その証に指輪を贈りたいと思っていた。


 タウフェンベルク領内だけでなく、王都にある有名な宝飾店をいくつも回ってみたが、なかなかぴんとくるものがなかった。


 そんなとき、ふいにこの指輪のことを思い出したのだ。


 イーリカが家族と慕うライトやラブラの瞳と同じ色彩をもつ宝石は、彼女にぴったりだと思えた。


 そうして宝物庫の鍵をヘンリーから借り、今日こうして確認しに来たのだったが、先ほどラブラが口にした言葉が気になった。


「ラブラ、『主さま』というのは?」


 ノアが訊ねると、ラブラは彼と指輪に目を向ける。


「あなたが以前倒れた北部の鉱山、黒い森があるあの辺りは鉱石が沢山採れるでしょう?」


「ああ、カーネリアンやアゲート、アメジストなんかが採れると聞いている」


「その鉱石の鉱脈が、主さまよ」


 ラブラの言葉が呑み込めず、ノアは眉をしかめる。

 その様子にラブラは、ふっと柔らかく息を吐き出す。


「主さまは形あるものではないわ。地下に流れる鉱脈そのものを、私たちは主さまと呼んでいるの。その中でもとくに主さまの力を強く受け継いだ鉱石が『主さまの欠片』と言われているわ」


 ノアは手のひらにのせている指輪をじっと見つめる。

 しばらくして、顔を上げると問いかけた。


「ではきみたちも? 主さまとやらの欠片なのか?」


 ラブラは首を横に振る。


「いいえ。確かに私たちも主さまの鉱脈から生まれた鉱石だれど、主さまの欠片とは比べものにならないわ」


「そういうものなのか」


 ノアは未知なる知識に目を丸くしながらも、興味を惹かれる。


「だからその欠片が地表に出ること自体がまれで、それをあなたたち人間がこうして手にしているのも稀有(けう)なことなのよ」


「へえ」


 ノアは指輪をつまみあげ、ガラス窓から差し込む光に透かして見る。

 陽の光を受けたラブラドライトは、漆黒がわずかに和らぎ、雨上がりの柔らかな虹を連想させる。


 そういえば、とノアはあることを思い出す。


「ラブラ、僕が幼い頃に誘拐されたことは知っているだろう?」


 ラブラが視線で頷いて見せる。ノアは続ける。


「あのとき、僕は捕らわれていた洞窟から逃げ出す際に、きみたちの瞳のような光を見た。それだけじゃない、ロウソクの光のような濃い赤色や橙色、かと思えば、空にかかる雲のような白色、そして野に咲くスミレ(ファイルヒェン)のような紫色、深い森のような緑色……、幾重にも変化する光を見た。それはまるで洞窟の外へと導くように、点々と僕の足元を照らしてくれた。そのおかげで、僕は洞窟から逃げ出せたんだ」


 誘拐されたときの記憶が戻ってから、ノアの中であの光の正体がずっと気になっていた。

 今となっては夢だったのだろうかとさえ思い初めていた。


 ラブラは一瞬考え込んだあとですぐに答える。


「それはきっと主さまね」


「人間の子どもを助けてくれることってあるのか?」


「さあ、気まぐれですもの。そもそも助けたという概念はないんじゃないかしら。でももしかしたら、その欠片の気配でも感じて、姿を見せてくれたのかしらね」


 ノアはにわかには信じられない面持ちで指輪を見つめる。


 誘拐されたとき、さすがにこの指輪を手に持っていたわけではなかったが、あの頃は祖母が亡くなったばかりだった。祖母と別れがたかったノアは自身の部屋でこの指輪をずっと預かっていた。


(まさかそのおかげで……?)


 でもそうなら、このラブラドライトの宝石は自分の命の恩人であり、イーリカとの縁をつないでくれたかけがえのないものだと言える。


 イーリカに贈る指輪の宝石は、これ以上のものはないように思えた。


「ねえ、ラブラ」


 ノアは指輪を視線よりも上に掲げる。

 陽の光を受け、きらりとラブラドライトが瞬く。


「イーリカに婚約指輪を贈ろうと思ってるんだ。指輪の土台は新しく作らせるとして、指輪につける宝石はこのラブラドライトを使おうと思うんだけど、きみはどう思う?」


 ノアは、足元のラブラを見下ろす。


 ラブラは、ノアと指輪を交互に見つめ、目を細めて微笑んだ。


「ええ、とても素敵ね。イーリカもきっと気に入ると思うわ」 



【番外編SS】をお読みいただき、ありがとうございます!

本編に続き、ここまで閲覧・ブクマ・評価・いいねくださった方、本当にありがとうございます……!


前回、番外編の投稿はちょっと迷っていたのですが、勇気を出して投稿してよかったです(*ˊᵕˋ*)

引き続き楽しんでいただけたらと思って、もう1話投稿いたしました!


こちらのエピソードも、本編ではカットしたうちのひとつになります。

本編完結後、「幼いノアが誘拐されたときに洞窟で見た光は何だったのか?」について、もやっと感じていた方には、これでスッキリしていただけるとうれしいです。

(内容的には、婚約指輪の予定はなかったのですが、番外編にした際、脳内でそっちに話が転がりました)


楽しんでいただけますように……(*ˊᵕˋ*)

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