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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@『婚約破棄された腹いせに〜』電子書籍配信中
第七章

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50_願い(ノア視点)

 夜空にかかる月が、広大な敷地を有するタウフェンベルク伯爵家の邸宅を淡く照らしていた。


 しんと静まり返る夜更けにもかかわらず、ある一室の窓からはロウソクの明かりが漏れている。


 その日の夕暮れ時。ノアは伯爵とともにようやく王都から領地に戻ってきていた。


 自身の執務室で余計な装飾が省かれた実務的な執務机に向かい、事件の後処理を行なう。やらなければいけないことは山ほどある。


 すると、コンコンと扉を叩く音がした。


 入室を促す返事をすると、入ってきたのは執事のヘンリーだった。


「ご指示のとおり、確認が必要な書類をお持ちしましたが……」


 そう言って、束になった書類をいくつも執務机の端にのせるが、その表情には王都から戻ってきたばかりにもかかわらず、まだ体を休めようとしないノアを心配している様子がにじんでいる。


「ああ、すまない」と言って、ノアはちらりと手元から視線を上げる。


「あまりご無理は……」

 ヘンリーはそう口にしたあとで、少し躊躇(ちゅうちょ)するように、

「もしよろしければ、明日使いをやってお茶のご用意を……」


 ノアはパッと顔を上げ、すぐさま首を振ってそれを止める。


 イーリカのアシュ薬草茶店(クロイターティー)へ使いをやって、疲労回復などに効果のある薬草茶を買ってこさせると提案していたからだ。


 ヘンリーがすぐさま腰を折って無礼を詫びる。


「出過ぎたまねをいたしました……」


 ノアはふっと息を吐くと、眉尻を下げる。


「いや、気を遣わせてすまない。もう少し時間をくれないか」


 ヘンリーにはイーリカとのことは伝えていない。


 しかし、今まで忙しい合間を縫ってでも薬草茶店を訪れていたのに、あの誘拐事件後、イーリカに会いに行くと一度外出したきり、それ以降は話題にもしていないことから何かあったのではと勘づいているだろう。


 それでも立場をわきまえているヘンリーは、あえてノアに尋ねたりせず、すべて心得たことを示すように深く頷いた。



 王家の最終的な判断は下った。


 誘拐事件に巻き込まれ、その後の調査にも大いに役立つ情報をくれたイーリカは事の顛末(てんまつ)を知る権利がある。


(会ってもらえないかもしれないけど、そのことはきちんと伝えたい。──いや、それよりも、もう一度きちんと会って話しがしたい)


 ノアは息を吐き出し、ペンを置く。


 そして思い出されるのは、イーリカと最後に黒い森で会った日のことだった。


 別れ間際、どうしてあんなことをしたのか、自分でもわからなかった。


 激しい後悔に苛まれるが、イーリカのやわらかな唇の感触を思い出すと、強い渇望に襲われる。


 そのとき、忙しなく扉を叩く音がした。


 すかさずヘンリーが扉の向こうに顔を出すが、慌てたように後ろを振り返り、戸惑いの色を浮かべる。


「ノアさま、イーリカさんの犬が──」

「まさか、またイーリカが攫われたのか⁉︎」


 言葉を聞くなり、ノアは勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出す。


 事件は解決したはずだがまだ残党でもいたのか、と血の気が引く思いで玄関ホールへ向かう。階段を駆け降りると、真下にある開け放たれたホールには、イーリカの二匹の黒い犬、ライトとラブラが腰を下ろして行儀よく並んでいた。


 ノアは息を切らしながら、二匹を見下ろす。


「イーリカが攫われたわけじゃないな?」


 声を張って確認する。

 わずかに品のよさが漂うほう、ラブラだろう、ノアを見上げると瞬きをした。


 ノアはほっと息をつく。


(では、なぜここに……?)


 疑問がわくが、ノアはまず背後のヘンリーを指先で呼び寄せる。


「屋敷にあるありったけのりんごを持って来てくれ」

 

 顔を寄せたヘンリーに耳打ちする。

 ヘンリーはわけを尋ねることなく頷き、廊下の奥へと素早く消えた。




 そのあとノアは、ライトとラブラを自身の執務室へ通すと、後ろ手に扉を閉めた。


 二匹に視線を向けると、あえて軽い口調で尋ねる。


「きみたちが来てくれたってことは、少しはまだイーリカとのつながりは残っていると思っていいのかな」


 同時に、ノアの中では不安が頭をもたげていた。


 もし万が一にでも、イーリカからもっと決定的に拒否を示すような伝言を預かっていたら、と思うと気が気ではない。


 ライトとラブラはお互いの顔を見ている。


「それは、わからないわ」


 首を振って先に答えたのは、ラブラだった。


「……じゃあ、なぜここに?」


 ノアは自嘲気味に言った。


「だって……」


 ラブラが口ごもる。

 その様子から、彼らはイーリカから頼まれてここに来たわけではなさそうに思えた。


 ノアはためらったあとで口にする。


「……イーリカは、どうしてる」

 

 それだけがずっと気になっている。すると、


「どうもこうもない! 泣いてばっかりさ!」


 地団駄を踏みながら答えたのは、ライトだった。


 ノアは目を見開き、ぎゅっと拳を握り締める。


 その涙を自分が今すぐぬぐってやれればどんなにいいだろう。

 けれど──。


「イーリカが泣いていても、僕にはその涙をぬぐう権利すらないんだろうね。近寄ることも許されないんだから」


 思わず皮肉が混じったような言葉が漏れる。


「きみたちは、初めから僕に気づいていたんだろう?」


 あの日、初めてノアが街にある薬草茶店(クロイターティー)を訪れたとき、イーリカと彼女の母カミラが七年前に助けた少年ヘンリーが、自分であると気づいていたのか、そうアは訊ねていた。


 二匹は顔を見せてはいないが、おそらく店の奥でノアのことを目にしたに違いないと思った。


 ライトとラブラは問われている意味を察したように、お互いに視線をかわすとそれぞれ答える。


「ああ」

「そうよ」


 苦々しげにノアは唇を歪める。


「なんで教えてくれなかった?」


 無理だとわかっていても、吐き出さずにはいられなかった。


「イーリカのためだ」


 ライトが痛みを堪えるようにつぶやく。

 ラブラも同様に険しい表情を見せる。


「七年前、あなたがいなくなったあと、あの子がどんなに泣いたか知ってる? もう会えないだけじゃない、一緒に過ごした記憶さえなくなってしまった、それがどんなにつらかったか……」


 ノアはぎりっと唇を噛み締める。


「僕だって忘れたくて忘れたわけじゃない。それを知っていたら、あのときイーリカの母上、カミラから差し出されたお茶を飲んだりしなかった」


 八つ当たりだとわかっていても、言わずにはいられない。

 ラブラが悲しげに瞳を伏せる。


「仕方ないわ、それが決まりだもの。魔女のことは知られちゃいけないのよ」


「あんたもつらかったのはわかる。でもイーリカもきれいに忘れてる。あんたも覚えちゃいない。今さら思い出させる必要がどこにあった?」


 ライトがもっともらしい言葉を吐く。

 ノアはぶつけようのない憤りを抑えるのに精いっぱいだった。


 しかしライトは頭を掻きむしり始める。


「ああ、そうさ、そう思ってたさ! でもだめだったんだ!」


 (せき)を切ったように叫んだ。

 続いて、まるで母親が娘を思うようにラブラが言った。


「忘れているのに、気づくとあの子はまたあなたに近づいている。そしてまた傷ついて、泣いているわ」


 ライトが大きく足を踏み鳴らす。


「結局、忘れることはイーリカのためにならない。それどころかあんたに会うたびに何度でも傷つく! 俺達はもう見ていられない! だってもうイーリカは、記憶をすべて取り戻してしまったんだから‼︎」


 ライトの言葉に、ノアは大きく目を見開く。


(イーリカは、記憶をすべて取り戻している──?)


「そんな、まさか──」


 混乱しながら、ノアはつぶやく。


(じゃあ、なぜ、覚えていないなんて、嘘を──?)


 ノアの混乱をよそに、ライトは苛立たしげにしっぽをブンブンと振る。


「この間、あんたに飲ませようとした忘却の薬を、イーリカが自分で飲んでしまったからさ! 秘薬は二度目までしか効果がない。三度目を飲んだ反動ですべて記憶が戻ってしまったんだ! 俺達だってそうと知っていれば、こんなことには──!」


「──本当、なんだな?」


 ノアは鋭い視線をライトとラブラに向ける。


「ええ、そうよ」


 ラブラが頷く。

 ライトはなおもしっぽを振り回している。


「でもわかるだろ⁉︎ イーリカは魔女だ。これ以上あいつから、あんたに近づけるわけがないんだ!」


 わかるだろと問われて、ノアはかっとなり、声を荒げる。


「わからない! 魔女だから人間に近づいちゃいけないのか⁉︎ それとも人間が魔女に近づくのはいけないことなのか⁉︎」


 するとラブラがすっと前に進み出る。息を吸い込むと言った。


「まどろっこしいわね! いい? ただ好きだっていう気持ちだけをぶつけられてもね、あなたの場合、立場があるでしょ! あの子はね、あなたの肩にのっているその大層なもののことを心配してるのよ。自分はただの薬草茶店の娘で、悪しき魔女だという汚名までついている。あなたの隣にふさわしい人は別にいるって、そう思ってるのよ!」


「イーリカ以上にいるわけないだろう!」


 ノアはすぐさま反論する。


 昔も今も、こんなに欲したのはイーリカだけだ。ほかの誰もイーリカの代わりになんてなれやしない、絶対に。


 ラブラは意を得たように、耳をピンと立てた。


「それよ! それを証明してみせなさい!」



 そのとき、コンコン、と扉を叩く音がした。


 扉を開くとヘンリーが立っていた。かたわらには、あふれんばかりのりんごが盛られた木箱をのせたワゴンが見える。


 ノアは頷き、ヘンリーから受け取ったワゴンをガラガラと押して、室内に入れる。


「りんごじゃないか!」


 めざとく反応したのはライトだった。 


 ノアは手近のひとつをライトのほうへ放り投げる。


 ライトは空中に飛び上がり、器用にりんごを口で受け止めた。


「もうりんごの時期は終わりだから、寂しかったんだ!」


 すぐさまひと口かぶりつき、はちきれんばかりにしっぽを振る。


 ラブラは信じられないといったふうに隣のライトをにらみ、叱責を飛ばす。


「まだ話しの途中でしょ!」


 ふと、ノアは何かを思いついたように口の端を上げと言った。


「じつは今、北部にある農園でりんごを試験的に旬以外にも収穫できるよう品種改良をしている最中なんだ」


 だから何だ? とライトとラブラがノアを見上げる。


「そうだな、もし僕の言うとおりにしてくれたら、一年中好きなだけりんごを提供すると約束するよ」



次の51話で、いよいよ完結です……!

すれ違っていたイーリカとノアが、ついに……!


毎日投稿もラスト1日、夜に投稿させていただければと思います。


ここまで読んでくださった方、ブクマ・評価・いいねくださった方、本当にありがとうございます!すごく励みにさせていただいています(*ˊᵕˋ*)


完結まで、どうぞよろしくお願いいたします!

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