05_気に入られた薬草茶(1)
アマンダのミュンスター子爵邸をあとにしたイーリカは、重たい足取りのまま帰路についた。
薬草茶店の近くまで来ると、ふと店の前に誰か立っているのが見えた。
慌てて駆け寄ると、見覚えのある顔だった。
「先日の──」
(たしか、ヘンリーさん)
一週間ほど前に、暴走馬車の際に手当てした老紳士のヘンリーだった。
イーリカの足音に気づいたヘンリーが顔を上げる。
「ああ、イーリカさん、よかった。てっきり今日はもう店じまいされたのだと思って、出直そうとしていたところだったのです」
「それは、お待たせしてしまって申し訳ありません」
イーリカは扉にかかっている木製のプレートを裏返し、開店にすると、すぐさま店の扉を開けた。ヘンリーを中へ促しながら、
「この曜日の午後はいつも配達に伺うお宅があって、その間はお店を閉めているんです」
「そうでしたか、配達もされていらっしゃるんですね」
帽子を脱いでから、ヘンリーが頷く。
「ええ、お客さまがご希望の場合はですが。あとは実際に症状やお困り事をうかがって、調合する場合もありますので……。あの……、もしかして先日お渡した薬草茶がお体に合わなかったでしょうか?」
イーリカはヘンリーに椅子を勧めながらも、先ほどから気になっていたことを訊ねる。
じつのところ、ヘンリーの主人が少しでも不眠症を改善できたかどうか気になっていたのだ。しかしどこの誰かまでは訊いていなかったので確認できるわけもなく、あれからずっと胸に引っかかっていた。
ヘンリーは、まさか、と言って手を大きく横に振る。
「とんでもない、その節は大変お世話になりました。とてもよく効く薬草茶だったので、またいただきたいのです」
「本当ですか? お役に立ててよかったです」
その言葉を聞いて、イーリカはぱっと目を輝かせる。
「私の主人も、数年ぶりに短時間ではありますが熟睡できたようで、感謝しておりました。私からも心よりお礼を申し上げます」
ヘンリーは感に堪えない様子で、イーリカに礼を述べる。
「いいえ、本当によかったです。睡眠がとれないと、体だけでなく、心も疲弊してしまいますから。……でも短時間しか、眠れていないというのは……?」
イーリカはほっと胸を撫で下ろしたが、ヘンリーの言葉に引っかかりを覚え訊ねる。
「ええ、元々症状も重うございましたから、まだ完治とまでは……」
「そうですか……」イーリカはしばし考え込んだあとで、「少々お時間いただいてもよろしいでしょうか? 効果が上がるように、前回から少し調合を変えてみたいと思います」
ヘンリーはパッと顔を上げる。「いくらでもお待ちします、ぜひお願いいたします」
イーリカは微笑むと、カウンターの中に身を翻した。
薬草がしまっている小分けの引き出しの前に立ち、頭の中で前回の調合を洗い直す。
(効果は出ているから方向性は合ってるはず。なら、不安定な心に作用するものをもうひと種類、追加してみるのはどうかしら?)
前回調合しなかった薬草『マジョラム』の引き出しを開け、適量手に取り、一瞬水にさらしてからすり鉢の中に入れる。そのあとは前回と同じ薬草でそれぞれの量を増やした。
すりおろしの時間も、前回よりも時間をかけて細かくしてみる。そのほうが茶葉にしたとき、作用する成分が抽出されやすいからだ。
そうやって時間をかけてできた茶葉を薄紫色の缶に入れる。
「大変お待たせいたしました。前回と同じ薬草を調合していますが、量を増やして、そこに今回は心の安定を促す薬草をもうひと種類追加しました。これでもっと安らかな眠りを得られればいいのですが……」
「ありがとうございます、イーリカさん。さっそく今晩から飲んでいただくことにいたします」
ヘンリーは薄紫色の缶を大事そうに両手で包み込みながら、頭を下げた。
店の扉の前でヘンリーを見送ったあとで、イーリカは振り返ると満足げに自身の店の外観を見上げる。
通りに並ぶほかの店と比べずいぶんこじんまりして、ぱっと見も古ぼけた印象がある店構えだが、今日はことさら誇らしかった。
イーリカは軽く伸びをする。夕陽を背に受けながら、扉にかかる木製のプレートを裏返し、閉店に変える。
店に戻る前まで抱えていた重苦しい気持ちは、すっかりどこかへいっていた。
次回、ヒーロー登場です!楽しんでいただければうれしいです。
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