48_下される判断(2)(ノア視点)
「──では」
国王は息を吸い込み、重く吐き出すと言った。
「ヴェロルト正教会は、以後、王家の管理下に置くこととする。教会が所有していた薬草園である大庭園は縮小し、事件の重要な証拠、ソムヌスなる植物は、王立薬草園で厳重に管理するとし、管理者にはそこにいるヘルゲンを任命する。また、事件に深く関与していたヴィルリート伯爵家には、領地を王家に返還することを命じた。異論がある者はいるか」
睥睨するように、一同を見回す。
威圧する空気が広い室内を覆う。
誰ひとり、首を上げる者はいなかった。
* * *
揺れる馬車の中、ノアは向かいに腰かける伯爵に目を向ける。
昨日、国王より直々に王家の最終的な判断が下され、一連の事件はようやく解決に至った。
そのことを受け、ノアと伯爵は一度タウフェンベルク領に戻ることになり、今朝早く王都を出発していた。道中急ぐよう伝えてあるから、早ければ明日の夕暮れどきまでには戻れるだろう。
「……本当によかったのですか?」
ノアは確認するように、伯爵に問いかける。
王家の判断が下されたあとから、ずっと気になっていたことだった。
過去の歴史的背景から長い間不可侵だった教会が、王家の管理下に置かれることになった。そして国の東部に位置する重要なヴィルリート領を管理するヴィルリート伯爵家が王家に返還されるなど、王家の判断はかつてないほど重いものとなった。
国王のお言葉のあと、教皇と大司教、ヘルゲンは退室したが、伯爵とノアはその場に残された。
そして国王から、ある申し出を受けたのだった。
顔を上げた伯爵はノアが問いかけていることを察知したものの、その申し出がさも煩わしいものであるように手を軽く振る。
「ああ、ヴィルリート領は、今後しかるべき人物が治めればいい。タウフェンベルク領に取り入れる必要はない。そんなことをすれば、タウフェンベルクはヴィルリートを手に入れるために陥れたと、よけいな憶測をも生みかねんからな」
「そうですね」
ノアは頷いて同意を示す。
「で、お前はどう思う?」
伯爵がククッと喉を鳴らして訊ねる。
「事件解決の報酬に、王家が我が伯爵家の望みを叶えてくれるそうだが?」
王家からの申し出はこうだった。
『こたびの事件解決の功績に、タウフェンベルク伯爵家の望みをひとつ叶える』
それは一見、純粋なる報酬とも思えるが、国王の思惑は別にある。
タウフェンベルク伯爵家は、王国建国から続く歴史的にも由緒ある家系で、国内でも有数の権力を持つ。
それだけに、王家としては味方としては頼もしいが、ひとたび牙を剥けば脅威となりかねない。
これ以上伯爵家に強大な力をつけさせないためにも、今回の事件を恒久的に表には出さないよう約束させ、さらには事件を盾に、王家に歯向かうことがないよう釘を刺しているのだ。
確かにここまでの重大な秘密は、ひとたび人々の噂にのぼれば王家存続さえ危ぶまれるほどの威力がある。君主の首を狙う者なら絶好の機会と言えるだろう。
しかしタウフェンベルク伯爵家当主は野心家ではあるが、国を動かしたいと望むほど傲慢ではない。
そして今回のことは、伯爵自身己の管理の甘さが引き起こしたことだという認識があり、自責の念にかられる気持ちのほうが強かった。
それを察しているノアは、少し考え込んだあとでぽつりとつぶやく。
「望むとすれば、タウフェンベルク領にとって有益なこと……、でしょうか」
伯爵がふっと口元をゆるめる。
「そうだな。まあ、すぐに答えは出さずともよいとのことだ、我が領地にとって一番よい望みを考えてみよう」
そう言って書類に目を落としかけたが、ふと視線を上げ、面白そうにノアを見やる。
「それはそうと、祭りとは、よく思いついたものだな」
一か月前にノアが発案し、伯爵の許可をもらって以降、急ぎ進行中の件だった。
ノアは揺るぎない視線を伯爵に向ける。
「祭りとして祝えば、すぐには無理でも領民たちの気持ちも変わっていくはずです。いずれそれが国全体に広がればと思っています」
絶対とは言い切れないが、どれだけかかっても、ノアはそれを実現するつもりでいる。
「そうか」
伯爵はそう一言だけ口にすると、再び紙面に目を落とした。
カサッと紙をめくる乾いた音がし始め、ノアはつと馬車の外に目を向ける。
タウフェンベルク伯爵家が指示した祭りは、あと五日にまで迫っていた。
残り3話で完結です……!
王家の判断が下され、事件は解決しましたが、悪しき魔女の噂は残り、イーリカとノアはまだすれ違ったまま……。
イーリカ視点に戻る次話の49話は、夜に投稿できればと思います。覗いていただけるとうれしいです(*ˊᵕˋ*)






