32_ソムヌスの眠り(2)(ライト・ラブラ視点)
イーリカが攫われ意識を失っていた頃、薬草茶店では、犬のライトとラブラが、帰りの遅いイーリカを心配して部屋の中を行ったり来たりしていた。
暗いから一緒に行くと言ったのに、イーリカは犬が苦手な人だったら困るもの、と言って二匹を同行させなかった。
「なんでだ! なんでイーリカの気配がどこにもないんだ⁉︎」
ライトが叫ぶ。ぐるぐると回りながら、何かを探知するように鼻先を宙に向ける。
ラブラも心配をにじませる。
「私も感じないわ。イーリカは意識を失っているのかも、そうじゃなきゃ──」
「冗談じゃない!」
最悪の場合を口にしようとするラブラを、ライトはキッとにらみつけ声を荒げる。
油断がなかったと言えば嘘になる。
なぜなら、魔石の化身であるライトとラブラは、契約している魔女のイーリカの気配をたどることができるからだ。
それに、街で薬草茶店の娘として暮らすイーリカにいじわるをする者がいても、まさか害をなす者などいるはずがないと油断していたのも事実だった。
せめてあとをつけていくべきだったか、ライトはギリリと牙を食い込ませる。
「もう待っていられない! ちょっと見てくる!」
ライトはたまらず、駆け出す。
「あ、待ちなさいよ!」
ラブラもそのあとを追う。
イーリカの気配がなくても、せめてにおいであとをたどれないか。
二匹はクンクンと地面に鼻先をこすりつけ、薬草が混じるイーリカのにおいを頼りに石畳を進む。
しばらく行くと、脇道にそれ、舗装されていない道をひたすら小走りする。
焦る気持ちを抑えながら、ライトはイーリカが自分に犬の姿を与えてくれてよかったと感じていた。これがウサギとかリスではにおいをかぎとれないばかりか、ラブラと一緒にあとを追えたかわからない。
しばらくして、一軒の家の前でイーリカのにおいが止まっていた。
明かりもなく、見るからに寂れた家だった。
家の周りをぐるぐると回り、イーリカのにおいがこの家の中で途切れているのを確認する。
扉を押すが、鍵が閉まっているのか開かない。
どうするか、と考えはじめたところで、
「あんた、元に戻りなさいよ」
ラブラが言う。
「は⁉︎ 何だって⁉︎」
元の姿、本来の魔石の姿に戻れ、とラブラは命令している。
「今小さい石っころの姿に戻っても、何もできないぞ!」
ライトは意味がわからず吠える。
しかしラブラはすごみを帯びて、ライトを上からにらみつける。
「い・い・か・ら! 早くしなさい‼︎」
正直なところ、ライトは普段ラブラに軽い口を叩いているが、力の差でいえば本来ラブラのほうが上だった。鉱石として生きてきた歳月が圧倒的に違うのだ。
それをわかっているだけに、ライトはしぶしぶ従う。
シュルッと闇世に輝く虹のような色彩の光を発した次の瞬間、ころん、と小さな鉱石が地面に転がる。
漆黒の中に不思議な虹彩を帯びる石だが、地面に転がってしまえばほかの石ころと混じって人の足に蹴飛ばされてしまってもおかしくなかった。
「戻ったぞ、これでどうするんだ」
その鉱石からライトの声がする。
「ええ、これでね──」
そう言って、ラブラは大きく口を開け、鉱石のライトにかぶりつく。
「ちょ、ちょっと! 待て!」
食べられると思ったライトは、コロコロと体を揺すって慌てる。
しかし、ラブラはお構いなしにライトを咥えたまま、
「こうするの、よっっ──‼︎」
空き家めがけ、勢いよく投げつけた。
直後、──パリーンッ! と窓ガラスが盛大に割れる音がする。
飛び散るガラス破片に混ざって、鉱石のライトも宙を舞う。
そのあとで、ゴツンッ、と床にぶち当たる音がする。
すぐさまシュルッと色彩の光に包まれると、黒い犬の姿が現れる。
「お、お、お前なあ‼︎ 欠けたらどうしてくれるんだよ‼︎」
ライトは逆毛を立てて、ぶるぶると怒りをあらわにするようにキャンキャン吠える。
「そう簡単に欠けたりしないわよ。まあ、たとえ欠けてもイーリカのためなら本望でしょ」
しれっとラブラは言う。
「それよりも、そこ見て!」
割れた窓から覗き込みながら、鼻先で向こう側を指す。
家の出入り口の扉の付近に、イーリカの手提げのかごと薬草茶の缶、そして出かけるときに羽織っていたワイン色のストールが落ちていた。
ライトは急いでそれに駆け寄り、鼻先を近づけた。
「男だな。それになんだかすごくいやなにおいもする」
ライトは眉間にしわを寄せて唸り、瞬時に考えをめぐらす。
(かごの周りに血の跡はないから、イーリカは傷を負ってはいないはず──)
わずかばかり胸を撫で下ろすが、それでもイーリカが何者かに攫われたのは一目瞭然だった。
ライトは振り返り、割れた窓から家の中に入ってきたラブラに向かって言う。
「やっぱりイーリカは気を失ってるのかもしれない」
「ええ、その可能性が高いでしょうね。イーリカが目覚めてくれれば、気配を追えるけど……」
ただし相手が馬車で進んでいれば、犬の足では到底追いつけない。
(──仕方ないわ)
ラブラは腹をくくった。
「行くわよ!」
そう言うと、ライトを引き連れてある場所へと急ぎ駆け出した。
ライトとラブラが向かった先とは……!次話の33話に続きます!






