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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@『婚約破棄された腹いせに〜』電子書籍配信中
第五章

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25_ハナハッカの花冠(1)(ノア視点)

 熱が完全に治るまで三日ほどかかったが、ヘンリーはその後、自力でベッドから起き上がれるまで回復した。


 小屋には母娘以外に、二匹の黒い犬がいた。

 『ライト』と『ラブラ』という名前だと紹介された。

 犬の瞳は、最初は真っ黒に見えたのに、光があたると淡い青色にも青緑色にも反射して見え、まるで虹のような不思議な色合いをしていた。

 ヘンリーはその虹彩に似たものをどこかで見た気がしたが、すぐには思い出せなかった。

 

 犬はあまり人馴れしていないようでヘンリーに近寄ることはなかったが、カミラとイーリカにはよく懐いているようだった。


 母娘はこの小屋に住んでいるというわけではなく、仮の住まいとして使っているようだった。おそらく小屋の天井のあちこちにぶら下がっている乾燥した薬草や花を集めに、この森の中に入って来ているのだろう。


 けがした胸はまだ痛むが、カミラが作ってくれた体の動きを固定させるためのお手製の補強布を胸に巻いてからは、少しだけ痛みも軽くなった気がする。


 それから数日、ヘンリーはベッドの上でなるべく安静に過ごした。





  * * *





 ある日の午後。徐々に体を動かす必要もあるからと、カミラはヘンリーの体を端から支え、小屋の外へと連れ出した。


 外へ出ることをひどく警戒しいやがったヘンリーだったが、その不安を消すようにカミラは柔らかく微笑むと言った。


「誰かいたとしても、ここにはたどり着けないわ。家の中でじっとしているより、少しでも陽の光を浴びたほうがいいわ」


 事情を知らないはずなのにと、ヘンリーは訝しんだが、どこか説得力のあるカミラの言葉に素直に従った。


 小屋の外、少し離れたところにあるやや朽ちかけた木製のベンチまで来ると、カミラは彼をゆっくりと座らせた。


 まだ寒さを感じる時期だが、降り注ぐ日差しのおかげであたたかく、時折通り抜ける風は爽やかだった。


 ヘンリーは数日ぶりに全身で感じる陽光と風に心地よさを覚える。


 その様子にカミラは目を細めたあとで、後ろを振り返る。

「イーリカ、一緒にいてあげて」

 あとをついて来ていたイーリカに言った。


「頃合いをみて迎えにくるわ。それまでここでゆっくりしていなさい」

 カミラはヘンリーに向かってそう言うと、来た道を引き返して行った。


 風が幾度もさあーと通り抜け、木の葉の擦れる音をあたりに響き渡らせる。


 しばらくして、ヘンリーはそっと息を吐き、ちらりと向こうに目を向ける。


 そこには両手でスカートを握り締めながら、所在なさげに立ち尽くすイーリカの姿があった。


「……座ったら?」

 ヘンリーは手のひらを見せて、自分が座る隣を指し示して言った。


 イーリカがぱっと顔をあげる。

「……いいの?」


 その反応に、ヘンリーは訝しむ。

「なぜ? ここはきみの家だろ? 僕の許可なんかいらない」


「家じゃないけど……」

「ああ、家は別にあるのか」


 変なやりとりに若干の面倒さを感じながらも、顔には出さないようヘンリーは続ける。


「まあ、いいや、とにかく座ったら?」

「うん!」


 途端にイーリカが弾けるような笑顔で頷いた。


 初めて見るイーリカの笑みに、ヘンリーは思わず目を瞠る。


 イーリカはクリーム色のスカートを翻しながらベンチに駆け寄ると、ヘンリーの隣にとんっと腰を下ろす。

 そして足をぶらつかせ始め、無邪気に言う。


「いいお天気だね!」

「……そうだね」





  * * *





 その日から、天気の良い日は外のベンチでイーリカと過ごすのがヘンリーの日課になった。


 人見知りだったイーリカも、だんだんとヘンリーと会話するのにも慣れ、ふたりで色々なことを話した。


 イーリカのそばには、ライトというオスの黒犬が大抵控えている。


 もう一匹の犬、メスのラブラは、基本的にはカミラにくっついているようだった。


 二匹はどちらもイーリカとカミラ母娘の犬かと思っていたが、イーリカにはライト、カミラにはラブラという切り分けのようなものがあるらしい。


 こうしてイーリカとたわいもない話をしていると、誘拐され洞窟に捕らわれていたのがまるで嘘のような穏やかさだった。しかし自分の身に起こったことは紛れもない事実だと、けがした胸の痛みとうっすらと残る手首の縄の痕が物語っていた。


「ちょっと曇ってきたね」


 イーリカが空を見上げて言った。

 ヘンリーも頭上を仰ぐ。急に灰色の雲が空を覆い始めていた。ヘンリーは立ち上がる。


「イーリカ、帰ろう」


 数日前からカミラに支えてもらわなくても、なんとかひとりで歩けるまでになっていた。しかしまだ体力が戻っていない体は容易にふらついてしまう。


「ヘンリー、大丈夫⁉︎」


 イーリカが手を伸ばし、ヘンリーの体を支える。


「ありがとう」

 とヘンリーがお礼を言うと、イーリカがうれしそうに顔をほころばせる。

 それを見て、ヘンリーは胸が満たされる思いがするのだった。


 イーリカはほんのささいなことでも、とてもうれしそうにする。


 母親のカミラが言うには人見知りもあって、年の近い子どもたちとなかなか仲良くなれないらしい。そう話すときのカミラの表情がどことなく悲しげにも見えたが。


(きっとその子たちはイーリカの笑顔を見たことがないからだ。笑顔のイーリカを見れば、すぐに友達になりたがるに違いないのに)


 しかし同時に、かすかにツキンと胸が痛んだ気がしたが、けがのせいだろうと思った。



続きの26話も、あとで投稿できればと思います!ご覧いただけるとうれしいです!

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