24_森の中の出会い(ノア視点)
古びたベッドの上だった。
少年はぼんやりとあたりを見回す。質素な小屋の中のようだった。
壁を覆う木棚にはガラス瓶や保存缶、壺などが所狭しと並び、部屋の中央には使い込まれたテーブルと椅子が見える。
天井のあちこちから吊るされているのは、乾燥させた草や花の束だろうか。
「あら、目が覚めたのね、気分はどう?」
ふいに女性の声がした。
「……ここ、は?」
喉を震わせ、かすれた声で少年は尋ねた。体は動かすのもつらく、熱を帯びていた。
「森の中よ。けがして倒れていたのを見つけて、ここへ運んできたの」
(生きてる──)
そう思ったのと同時に、少年ははっとして起き上がる。
とたんに胸に激痛が走った。
ぐっと言葉に詰まり、胸を押さえて再びベッドに沈み込んでしまう。
「安静にしていなさい。まだ熱もあるわ」
女性は気遣うように少年の顔をのぞき込み、彼の額に濡れた布巾をそっと押し当てた。熱った額がわずかばかり冷やされ、気持ちがやわらぐ。
その一方で、女性の様子をじっと目で追う。
(あの黒い髪の男たちの仲間には見えない……。でも油断はできない)
警戒心を抱いたまま、くぐもったガラス窓の外に険しい視線を向けて確認する。
「……僕のほかに、誰か見ましたか」
(男たちはきっと僕を探している、そうしたらここまで来るかもしれない)
不安が胸に迫る。
女性は少年の目線を追ったあとで、首を横に振ってから問いかける。
「いいえ、なぜ?」
「……」
少年は口をつぐんだ。アイスブルーの澄んだ瞳をわずかに曇らせる。
胸を押さえる手元にそっと目をやると、あらわになっている手首には生々しい縄の痕があった。少年が捕らわれの身であったことは一目でわかるだろう。
(なにがあったと聞かれるだろうな……)
しかし女性はふっと息を吐くと柔らかく微笑み、少年の手首にそっと手を置く。
びくりと少年の体が跳ねる。
「もし誰かいたとしても、ここにはたどり着けないわ」
少年の心の不安を溶かすかのような言葉だった。
少年は目を見開き、女性を見つめる。嘘をついているようには見えなかった。
気づけば肩の力を抜いていた。
目の前の少年が少し落ち着いたのを見計らって、女性は言った。
「ひとまずちゃんと動けるようになるまでここにいなさい。狭い小屋だから快適とは言えないけど」
「……すみません」
思ってもみなかった言葉に驚きながらも、少年は何度か目をさまよわせたあとで顔を伏せた。
「それで、あなたのことは何と呼べばいいかしら?」
「ノ──」
少年はほんの一瞬言葉を区切ったあとで、すぐさま続けて言った。
「ヘンリーです」
「ヘンリーね。私はカミラよ。それでこっちは娘のイーリカ」
そう言って、後ろを振り返る。
そこには母親であるカミラのスカートの後ろから、自分よりも少し幼いくらいの少女がおずおずと顔を覗かせていた。
煙水晶のような灰褐色の瞳は伏し目がちで、焦げ茶色のダークブロンドの髪の毛は左右に分けて三つ編みにしている。
その少女の存在に今までまったく気づかなったことに、ヘンリーと名乗った少年は驚く。
「イーリカ、ごあいさつを」
そう言われたものの、イーリカという少女はヘンリーをちら見したあと、カミラの後ろにぴゃっと隠れてしまう。その小動物のような動作にヘンリーは思わずふっと笑みをこぼす。
「少し人見知りなの。イーリカ、スープを持ってきてあげて」
カミラの言葉に、大きく頷いたイーリカはパタパタと急ぎ足で台所へと向かっていった。
そのあと差し出されたスープを、ヘンリーはカミラに手助けしてもらいながら口へと運んだ。
母親にもしてもらった覚えのない行為に抵抗を覚えたが、それでもどこかこそばゆいその感覚はいやではなかった。
次の25話は、夕方〜夜くらいに投稿できればと思います!過去エピソード続きます。






