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黒い森の悪しき魔女は三度恋をする  作者: 猫葉みよう@『婚約破棄された腹いせに〜』電子書籍配信中
第五章

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24_森の中の出会い(ノア視点)

 古びたベッドの上だった。

 少年はぼんやりとあたりを見回す。質素な小屋の中のようだった。


 壁を覆う木棚にはガラス瓶や保存缶、壺などが所狭しと並び、部屋の中央には使い込まれたテーブルと椅子が見える。

 天井のあちこちから吊るされているのは、乾燥させた草や花の束だろうか。


「あら、目が覚めたのね、気分はどう?」

 ふいに女性の声がした。


「……ここ、は?」

 喉を震わせ、かすれた声で少年は尋ねた。体は動かすのもつらく、熱を帯びていた。


「森の中よ。けがして倒れていたのを見つけて、ここへ運んできたの」


(生きてる──)


 そう思ったのと同時に、少年ははっとして起き上がる。

 とたんに胸に激痛が走った。

 ぐっと言葉に詰まり、胸を押さえて再びベッドに沈み込んでしまう。


「安静にしていなさい。まだ熱もあるわ」


 女性は気遣うように少年の顔をのぞき込み、彼の額に濡れた布巾をそっと押し当てた。熱った額がわずかばかり冷やされ、気持ちがやわらぐ。


 その一方で、女性の様子をじっと目で追う。


(あの黒い髪の男たちの仲間には見えない……。でも油断はできない)


 警戒心を抱いたまま、くぐもったガラス窓の外に険しい視線を向けて確認する。


「……僕のほかに、誰か見ましたか」


(男たちはきっと僕を探している、そうしたらここまで来るかもしれない)


 不安が胸に迫る。


 女性は少年の目線を追ったあとで、首を横に振ってから問いかける。


「いいえ、なぜ?」

「……」


 少年は口をつぐんだ。アイスブルーの澄んだ瞳をわずかに曇らせる。


 胸を押さえる手元にそっと目をやると、あらわになっている手首には生々しい縄の痕があった。少年が捕らわれの身であったことは一目でわかるだろう。


(なにがあったと聞かれるだろうな……)


 しかし女性はふっと息を吐くと柔らかく微笑み、少年の手首にそっと手を置く。


 びくりと少年の体が跳ねる。


「もし誰かいたとしても、ここにはたどり着けないわ」


 少年の心の不安を溶かすかのような言葉だった。


 少年は目を見開き、女性を見つめる。嘘をついているようには見えなかった。

 気づけば肩の力を抜いていた。


 目の前の少年が少し落ち着いたのを見計らって、女性は言った。

「ひとまずちゃんと動けるようになるまでここにいなさい。狭い小屋だから快適とは言えないけど」


「……すみません」

 思ってもみなかった言葉に驚きながらも、少年は何度か目をさまよわせたあとで顔を伏せた。


「それで、あなたのことは何と呼べばいいかしら?」


「ノ──」

 少年はほんの一瞬言葉を区切ったあとで、すぐさま続けて言った。

「ヘンリーです」


「ヘンリーね。私はカミラよ。それでこっちは娘のイーリカ」

 そう言って、後ろを振り返る。


 そこには母親であるカミラのスカートの後ろから、自分よりも少し幼いくらいの少女がおずおずと顔を覗かせていた。

 煙水晶(スモーキークォーツ)のような灰褐色の瞳は伏し目がちで、焦げ茶色のダークブロンドの髪の毛は左右に分けて三つ編みにしている。


 その少女の存在に今までまったく気づかなったことに、ヘンリーと名乗った少年は驚く。


「イーリカ、ごあいさつを」


 そう言われたものの、イーリカという少女はヘンリーをちら見したあと、カミラの後ろにぴゃっと隠れてしまう。その小動物のような動作にヘンリーは思わずふっと笑みをこぼす。


「少し人見知りなの。イーリカ、スープを持ってきてあげて」


 カミラの言葉に、大きく頷いたイーリカはパタパタと急ぎ足で台所へと向かっていった。


 そのあと差し出されたスープを、ヘンリーはカミラに手助けしてもらいながら口へと運んだ。

 母親にもしてもらった覚えのない行為に抵抗を覚えたが、それでもどこかこそばゆいその感覚はいやではなかった。



次の25話は、夕方〜夜くらいに投稿できればと思います!過去エピソード続きます。

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