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第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第4話、バードマン集落襲撃放火事件 その6

     第4話その6


「はーはっはっはっは!残念だったなドレイク・ルフト!俺は兄上では無い、貴様が殺し損ねた男だ!」

 男―死んだはずのチックチャックと同じ顔をしたその男はそう叫ぶと槍をドレイクに向けて突きつけた。

「お前……イチゴジャム・トーストか!」

「「イチゴジャム・トースト⁉」」

 叫ぶドレイクの言葉を聞いたベルフルフとヒカーツが思わずハモる。フリルフレアも一瞬叫びそうになったが、今はイーブスの治療に専念しなければならない。グッと我慢して魔法に集中していた。

「おい赤蜥蜴。一体何だイチゴジャム・トーストって?」

 ベルフルフが訳が分からないと言いたげにドレイクに問いかける。

「ああ、こいつはイチゴジャム・トーストと言って……」

「チックジャム・セレドだ!貴様…事あるごとに人の名前を愚弄しおって…!」

 ドレイクの言葉を遮りそう叫ぶチックジャム。恐らくドレイクが自分の名前を盛大に間違えているのが我慢ならないのだろう。とにかく怒りをあらわにしながら槍を構えドレイクへとにじり寄って行くチックジャム。

「そいつは悪かったな。ところでお前その槍と鎧は……」

 ドレイクの指摘したとおり、チックジャムの装備している槍と鎧は以前彼が装備していたものではなかった。鎧に関してはどこか見覚えがある様な無い様なそんな曖昧な感じがしたが、槍に関しては全くの別物だった。

「ふん!この鎧は貴様に破壊された俺の刃避け(アンチブレードメイル)と弟たちの対魔法鎧(アンチマジックメイル)、矢避け(アンチアローメイル)のパーツを継ぎ合わせて作り上げた言わばつぎはぎの(パッチワークメイル)!そしてこの槍は我がセレド家に代々伝わってきた、爆発の魔剣エクスプラウドと並ぶ最強の槍、熱線の魔槍ブランデッド!」

 叫び終えた瞬間チックジャムは地面を蹴りドレイクとの間合いを一気に詰めていく。そしてその鋭い鎗捌きでドレイクに向かって何度も魔槍を繰り出していった。

ガキィン!キイン!ガキン!ガァン!

 連続で繰り出されていく魔槍。以前よりも鋭さを増している槍捌きでドレイクを追い詰めようとするチックジャム。しかし、ドレイクも大剣を使いチックジャムの魔槍を確実に防いでいた。そして次の瞬間ドレイクの大剣がチックジャムの魔槍を弾き隙を生み出す。チックジャムは魔槍から手こそ放さなかったものの、弾かれた衝撃で両腕共に上を向いている。腹やわき腹など人間の急所と言えるところががら空きだった。

「チェアリャア―――!」

 ドレイクの大剣がチックジャムの胴を薙ぎ払った。

()った!)

 勝利を確信するドレイク。そして大剣が胴を薙ぎ払おうとした瞬間だった。

グニャ……。

 盛大に手元が狂う。ドレイクの大剣の刃はチックジャムの胴を薙ぎ払う直前にまるで反発する者同士の様に軌道を逸らしていく。そして気が付けばドレイクの大剣はチックジャムに傷一つつけずに振り抜かれていた。

 その瞬間「チッ」と舌打ちするドレイク。

「そう言えばお前の鎧は武器の軌道を逸らすんだったな」

 ドレイクは面倒くさそうにそう言うと大剣を背中に納めた。そしてそのまま両手の拳を握りしめて構えを取る。いわゆるファイティングポーズと言う奴だった。

「くくく……、やはりそう言う結論に達するよなぁ…」

 不敵に笑うチックジャム。しかしドレイクは特に気にせずそのまま一気に駆け寄っていく。そしてそのまま拳を振り上げた。

「また顔面が変形するくらい殴り倒してやるぜ!」

 叫びと共に拳を振り抜くドレイク。十分な速度と体重の乗った強烈な一撃がチックジャムの顔面に叩き込まれた。

 ………否、叩き込まれたはずだった。しかし実際にはドレイクの拳は空を切っていた。ドレイクの振り抜いた拳はチックジャムに当たる直前で軌道を変えて、チックジャムの鼻先をかすめただけだった。

「何⁉」

 思わず驚きの声を上げるドレイク。それはまるで大剣で攻撃した時の様に拳による攻撃も軌道を逸らされていた。

(バカな⁉以前は素手での攻撃ならば効いたはず…⁉)

 驚きを隠せず隙を作ってしまうドレイク。そしてチックジャムはその隙を逃さなかった。後ろに飛び退きながら魔槍を一閃させる。

ザシュッ!

「くっ!」

 思わず苦痛に声を上げるドレイク。チックジャムの魔槍の一閃はドレイクの胸に一文字の斬り傷を作っていた。そしてさらに、飛び退いたことで槍にちょうどいい間合いを取ったチックジャムは連続で魔槍による突きを繰り出していく。

「ふふははははははは!どうしたドレイク・ルフト!貴様の力はそんなものか⁉」

 繰り出される魔槍の刃を何とか掻い潜ろうとするドレイクだが、チックジャムの鋭い突きはそれを許さない。致命傷にはならずとも、いくつもの斬り傷刺し傷がドレイクに刻まれていった。

「くくく…。刃は効かず、頼りの拳も通じない。一方的だな」

 勝利を確信しているのか余裕の態度を崩さないチックジャム。そんなチックジャムをドレイクは歯ぎしりをしながら睨み付ける。

「どういうことだ?拳も効かないってのはまた何か魔法道具(マジックアイテム)の力か?」

 若干忌々しそうにそう言うドレイクに対し、チックジャムは少し得意げに「クックック」と笑い声を洩らした。

「その通りだ。我がセレド家に伝わる魔法の首飾り、格闘封じの首飾り(アンチファイティングペンダント)。これがある限り俺に拳は通用しない!」

「チィッ!」

 思わず舌打ちするドレイク。そんなドレイクを見てニヤリと笑みを浮かべたチックジャムはそのまま魔槍をドレイクへと向けた。その魔槍の先端に光が集中していく。

「あれはさっきの……!」

「そうだ!上級攻撃魔法ブラスト・レイ!これこそがこの魔槍の真の能力!」

「クソ!」

 思わず頭の前で両腕をクロスさせて防御姿勢を取るドレイク。それとほぼ同時にチックジャムの魔槍の先端に光が充填される。

「死ね!ドレイク・ルフト!」

 叫びと共に突き出された魔槍から高熱を帯びた白い光の奔流が撃ち出される。

ズドガアーーーン!

 轟音と共にそれはドレイクを直撃すると、そのまま後ろの木々もなぎ倒していった。

「ドレイク!」

 フリルフレアの悲鳴が響き渡る。そして光が消え去った後には防御姿勢のまま立ち尽くすドレイクの姿があった。その様子を見るに、かなりのダメージではあったが、致命傷という訳では無い様に見えた。

「ふう……。危なかったぜ…」

 思わずつぶやくドレイク。凄まじい光の奔流を受けた割にはそこまでのダメージは受けていない様にも見える。

「チッ!貴様…抵抗(レジスト)したのか!」

「ああ、生憎だが魔法抵抗力にはそれなりに自信があってな」

 そう言ってニヤリと笑うドレイク。だが、それでもダメージが小さかった訳ではないうえに、未だチックジャムに攻撃する手段が無い。ドレイクの不利に違いは無かった。

「ドレイク!待ってて、今加勢するから!」

「いい!俺のことは心配するな!お前は治療に専念しろ!」

 ドレイクが押されている事で思わず叫ぶフリルフレア。心配いらないというドレイクの言葉に「でも……」と不安そうな表情をしている。

 その時、それまでドレイクとチックジャムの戦いに静観を決め込んでいたベルフルフが「はあ~……」と盛大にため息をつきながら歩み寄ってきた。

「おい赤蜥蜴。いつまでそのザコと遊んでるんだ?」

「あ?ふざけんな、今すぐ倒してやるよ」

「強がんなよ、苦戦してるくせに」

 ベルフルフはそう言うとドレイクとチックジャムの間に立ち入った。

「何だ貴様は?俺が用があるのはそこのドレイク・ルフトとその仲間だけだ。それとも貴様もそいつの仲間か?」

 チックジャムの言葉に思わずキョトンとした顔になるベルフルフ。だが、すぐに顔を押さえて大声で笑い始める。

「ギャーハッハッハッハッハッハ!この俺様が赤蜥蜴の仲間?バカも休み休み言えや」

「ならば関係のない奴は引っ込んでいろ!」

 そう言って、去れ!とばかりに魔槍を振るチックジャム。しかしベルフルフは引くどころかチックジャムに向かって歩み寄っていく。

「関係ねえと言いてえところなんだけどよ、テメエ……警備隊のラースを殺しやがったな?」

「ラース?……さっき巻き添えになったバードマンの事か?」

「そうだよ。生憎と俺様は今この集落の用心棒でな……。集落の奴らに危害を加える奴を見逃すわけにはいかねえんだよ」

 そう言って手に持った魔法の片手半剣を構えるベルフルフ。しかしそれを見たチックジャムはさもつまらなそうに吐き捨てた。

「だから何だというんだ。俺の邪魔をするというんならお前から殺してやろうか、この犬っころ風情が!」

 声を荒げるチックジャム。それを聞いたベルフルフは魔剣を構えたままチックジャムに駆け寄っていく。

「という訳だ赤蜥蜴!悪いがこいつは俺がもらう!」

「え⁉あ、ちょ……おい!」

 叫ぶドレイクを無視してチックジャムに接近するベルフルフ。そしてそのまま駆け抜けざまに目にも止まらぬ剣閃を一瞬で幾度も繰り出していた。しかしその攻撃は当然のようにチックジャムには届いていない。

「バカめ!我が鎧の前にそんな鈍らが通用するものか!」

 得意げに言い放つチックジャム。しかしベルフルフはどこか不機嫌そうにチックジャムを睨み付けていた。

「この俺様の愛刀ウォークライブレードを鈍ら呼ばわりとは……いい度胸だ!」

 ベルフルフの右目が細められる。そして次の瞬間ベルフルフは一気にチックジャムに飛び掛かると凄まじい速度で魔剣を何度も振り下ろしていった。魔剣は振り下ろされるたびに鎧によって軌道を逸らされるか、魔槍によって防がれていた。しかし、それでもベルフルフの猛攻は止まらない。凄まじい斬撃の嵐がチックジャムに襲い掛かった。

 そして次の瞬間、バキイィィン!と甲高い音を立てて魔槍の柄が半ばで断ち切られる。ベルフルフの繰り出した魔剣の斬撃によって魔槍の柄が破壊されたのだ。

「何ぃ⁉」

 驚愕の声を上げながら飛び退くチックジャム。刃には問題が無いため使い続けることは出来るが、槍としての機能は失われてしまったようなものだ。

 そしてさらにベルフルフは魔剣を天に掲げると、雄叫びを上げていた。

「ウォウウォオオォォォーーーーン!」

 まるでオオカミの遠吠えの様な雄叫びを上げるベルフルフ。次の瞬間手に持った魔剣の刀身が輝く魔力に包まれる。

「おのれ、貴様――!」

 チックジャムが叫びながら魔槍の先に光を集中させていく。しかし、それよりも早くベルフルフはチックジャムに接近、そして魔剣ウォークライブレードを振り上げた。

「牙狼剣・流星連牙!」

 次の瞬間ベルフルフから凄まじい速度の連撃が繰り出される。ズドドドドドドド!と凄まじい轟音を上げて刃の嵐がチックジャムを斬り裂いていた。

「がは!バ、バカな………!」

 全身から血が吹き出すチックジャム。ベルフルフの斬撃は刃を防ぐはずのチックジャムの鎧を斬り裂き、チックジャム本人に致命傷を与えていた。

「な、何故……?」

 倒れ込みながらそう呟くチックジャム。ベルフルフはそれを見ながら魔剣を鞘に納めた。

「生憎だが、俺様の魔剣にはいくつか特殊な魔法がかかっていてな…。この魔剣には魔法による防御を斬り裂く力もあるのさ」

 得意げにそう言ったベルフルフ。しかし、すでにこと切れたチックジャムの耳にその言葉は届いていなかった。


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