第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第3話、牙狼剣ベルフルフ その1
第3話、牙狼剣ベルフルフ
第3話その1
フードの男から放たれた明確な殺気を受け、ドレイクは構えた大剣を握りしめた。フードの男はまだ抜刀していない。しかし剣を抜かずともその殺気はひしひしと感じられた。あまりの殺気に、ドレイク以外のメンバーも馬車から降りて武器を構えた。
「何なの、こいつ?」
「分からん」
スミーシャの問いに首を横に振るローゼリット。その額からは冷たい汗が流れ落ちていた。そしてそれはスミーシャも同様で、先ほどから冷や汗が止まらない。フードの男から感じる殺気と言う名のプレッシャーはそれほどまでにすさまじい物であった。さらにローゼリットが他のメンバーに視線を送ると、フェルフェルもつらそうに冷や汗を流しており、アレイスローも顔をしかめながらそのプレッシャーに耐えている。そしてフリルフレアはフードの男を直視できずに俯きながら辛そうに汗を流し、震える膝を必死に押さえ込もうとしていた。最後にドレイクに視線を向けると、驚いたことにドレイクさえも顔を歪めていた。こめかみを伝う冷たい汗を拭っている。
そして次の瞬間、フードの男は腰の片手半剣を抜き放つと静かに言い放った。
「まずは一人」
フードの男がそう言った瞬間、フリルフレアの手から短剣が滑り落ち、次いで膝がガクッと崩れ落ちた。そしてそのまま両手で自分の身体を抱きしめる。
「…ひっ……あ……あ………うあ………」
何かを言おうとしているのだがまともに喋ることが出来ず、ヒューヒューと呼吸する音だけが響く。そして全身がガクガクと震え、溢れる涙と鼻水で顔がグチャグチャになっている。膝から崩れ落ち、女の子座りの形でへたり込んでしまっており、その股の間には水溜りができてしまっていた。粗相をしてしまったのである。
「フリルちゃん!」
「フリルフレア!」
突然のことに驚きスミーシャとローゼリットがフリルフレアに駆け寄る。突然ガタガタと震えだし涙を流し始めたフリルフレアの身体を抱きしめ、庇うように前に立つ。
そしてそれを見たドレイクがフードの男を睨み付けた。
「キサマ……フリルフレアに何をした⁉」
「別に……、一人明らかに弱そうなのがいたんでな。周りに向けていた殺気をその小娘一人に集中してぶつけてみただけだ」
こともなげに言うフードの男。それを聞いたドレイクは歯をギリッと食いしばった。そしてフードの男を睨み付けながら静かに言い放った。
「こいつの相手は俺がやる。みんなはフリルフレアを頼む」
「…赤蜥蜴…一人…で…大丈夫?」
フェルフェルの問いに頷くドレイク。しかし、それに続くようにアレイスローも前に出た。
「ドレイクさん、私も加勢しますよ。フェルはフリルフレアさんを見ていてあげてください」
「…アレイ…分かった」
フェルフェルは頷くとスミーシャとローゼリットと共にフリルフレアの傍に行く。
「さて、殺気をぶつけるとは妙な真似をしてくれますね。ならまずは動きを封じて………ガハッ!」
アレイスローが言い終わる前だった。フードの男が一瞬で10mほどあった距離を詰めるとアレイスローの鳩尾に剣の柄を叩き込んだのだ。そのまま声もなく倒れ込むアレイスロー。
「…アレイ!」
フェルフェルが慌てたようにアレイスローに駆け寄っていく。そしてそのまま助け起こすが、アレイスローは完全に意識を失っていた。
「…アレイ…アレイ!」
「安心しろ、別に殺しちゃいない」
珍しく焦ったように呼び掛けるフェルフェルにそう告げたフードの男はそのままドレイクの方へと向き直った。
「次は……お前か?」
「チェアリャアアア!」
ガキイイイン!
気迫と共に振り下ろされたドレイクの剣をあっさりと剣で受け止めるフードの男。あっさりと受け止められた事実に、ドレイクは焦りを感じながら剣を弾くとそのまま距離を取った。
たったこれだけだが目の前の男が驚異的な凄腕の剣士だと分かる。特に異常なのはそのスピードだ。先程アレイスローを気絶させた一撃にドレイクはまともに反応することが出来なかったのだ。その事実がさらにドレイクに焦りを生んでいく。
(落ち着け……こいつは……間違いない、こいつは…あいつだ!)
いまだ額の冷汗は止まらない。目の前の男がそれほどまでの実力だと言う事が分かる………いや、知っている。確証はないが目の前のフードの男が自分の知る人物ならば、剣を交えるほかない。
ドレイクはフードの男のわずかな隙を探る、だが男からはそれさえも感じられなかった。
「どうした?来ないならこっちから行くぜ?」
「ほざけっ!」
フードの男の挑発にあえて乗るドレイク。先手必勝とばかりに大剣で一気に斬りかかった。大上段から大剣を一気に振り下ろす。しかしフードの男はその攻撃を、剣を使って華麗に受け流す。そしてそのまま返す刃でドレイクに斬りかかる。ドレイクはそれを剣で受け止めると、剣を弾きそのまま剣撃を繰り出す。フードの男はその一撃を剣で受け流す。そして更に剣が何度も閃いた。ドレイクはその攻撃を大剣で受け止めるが、受けきれなかった刃がドレイクの鱗を断ち、その下の皮膚をも斬り裂いていく。
「チィッ!」
舌打ちしながら一旦距離を取るドレイク。フードの男は特に追ってくることなく剣を肩に担いでいる。
「コノヤロウ……余裕じゃねえか」
ドレイクが苛立ちの声を上げる。ドレイクを追撃してこなかったと言う事はすなわち、いつでも倒すことが出来る、少なくともフードの男がそう思っている証拠だった。そしてフードのせいで顔の見えない男だが、雰囲気からニヤリと笑っていることが伺える。
「舐めやがって……!」
吐き捨てる様にそう言い放ったドレイク。そのまま両手で大剣を握りしめると、静かに集中し『氣』を全身に巡らせる。これはドレイクの切り札である『豪鎚の太刀』の前段階と同じであり、全身に『氣』を巡らせることで身体能力を底上げし、スピードやパワーを増加させる手段だった。そしてドレイクは今、特に下半身を中心に『氣』を巡らせていく。先程数回剣を交えただけだが、力に関してはドレイクに分がありそうだった。だがスピードが全く追いついていない。そしてスピードを補うための手段がこの『氣』だった。
「ほう……スピードの底上げか…」
ドレイクの様子を見ていたフードの男はそうポツリと呟く。剣を肩に担ぎ余裕の態度を見せていたが、ドレイクの『氣』を感じ取ったのか再び全身から殺気をみなぎらせた。そしておもむろに剣を天に掲げる。
「そちらがその気なら……俺はこいつを使わせてもらう!」
フードの男がそう言うと、男の剣から魔力が発せられる。そしてその魔力は男の全身を包み込んでいき、そのまま燃える炎のように白い魔力がみなぎっていく。
「ウォウウォウウォオオオーーーーーーーン!」
次の瞬間男から雄叫びが発せられる。その雄叫びはまるで一匹の狼の遠吠えの様だった。




