第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第2話、バードマンの集落を求めて その7
第2話その7
水浴びを終えたフリルフラたちを乗せて馬車を走らせたドレイク達。それから4日ほどが過ぎていた。
すでに地図の上ではレンドリオン高地に入っているはずであり、周囲の標高が高くなってきている事からもその事が伺えた。また、標高が高くなってきているせいで気温も下がってきており、各々厚手のマントなど防寒具を身に着けている。
「少し冷えるな」
馬車を走らせながら御者台のローゼリットがポツリと呟いた。隣に座っているスミーシャはマントにくるまりながら手だけを出して地図を見ている。そして「う~、寒い」などと言いながら時折くしゃみをしていた。
「情報にあったバードマンの集落と言うのはまだ見えてきませんか?」
「ああ、まだそれらしいものは見当たらないな」
荷台から声をかけてきたアレイスローにそう答えたローゼリットはそのまま馬車を走らせた。走らせると言っても、集落を見落としたら大変なのでその速度は比較的ゆっくりしたものだった。
「ねえドレイク、バードマンの集落ってどんなところなのかな?」
荷台の中で揺られながらフリルフレアが隣に座るドレイクに問いかける。彼女はバードマンではあるが、孤児でありヒューマンの孤児院で育てられたためバードマンの集落という物を見た事が無かった。同時にバードマンの文化についても噂話で聞いた程度の事しか知らない。だから、仲間であるバードマンのフェルフェル以外のバードマンというものに興味があったのだ。だが、少し不安もある。同族の集落を訪ねることでもしかしたら自分の過去に関することが何か分かるかもしれない、記憶の手掛かりが見つかるかもしれない。そのことはフリルフレアにとって期待半分であると同時に不安半分でもあったのだ。何か分かるかもしれないと思う反面、結局何も分からないかもしれないという不安もあるが、むしろ自分の過去に関する何かが分かり、それにより自分の正体や自分の本当の両親の事が分かるかもしれないことに不安を覚えた。もしかしたら知らない方が幸せだった様な事実を知ってしまうかもしれないという不安があったのだ。それにもしかしたら集落の掟で何も教えてもらえないかもしれないという可能性もある。事実、フェルフェルの出身の集落は掟で里の事を外部の者に話してはいけないという決まりがあるのだと言っていた。だからこれから向かう集落にもそう言った掟がある可能性は十分にあった。
だからそんな不安を吹き飛ばしたくてドレイクに語り掛けたのだが、当のドレイクは欠伸をしながら頬をポリポリと掻いているだけだった。
「さあな、普通の集落なんじゃねえの?」
特に興味無さげにそう言うドレイクに対し、不満そうに頬を膨らませるフリルフレア。
「もう!もうちょっと真面目に答えてくれても良いじゃない!」
「そんなこと言っても、行った事無いからわからねえんだよ」
ドレイクのその言葉にさらに不満そうにするフリルフレアだったが、確かに行った事が無いのなら語り様が無いのも事実だった。
「バードマンは人間種の中でも閉鎖的な種族ですからね。バードマンの集落の事なんて知らない人の方が多いんじゃないですかね?」
「そうなんですか……」
アレイスローの説明に納得するフリルフレア。まあ、実際知らないものはどうしようもない。
「実際に行ってみれば嫌でも分かるさ。あまり気負うなよフリルフレア」
「は、はい…」
御者台のローゼリットも声をかけて来た。どうやらフリルフレアが緊張して落ち着かない様子なのに気が付いたらしい。しかし、こんな時に真っ先に声をかけてきそうなスミーシャは黙っている。フリルフレアが御者台の方を見ると、地図とにらめっこしながら「うーーーん」と唸っていた。
「どうしたスミーシャ、さっきから唸って……腹でも痛いのか?」
「いや~……そうじゃなくって…………ゴメンローゼ」
そう言うと地図を持ったまま器用に両手を合わせてくるスミーシャ。そんな彼女を見てローゼリットは嫌な予感がしつつも先を促した。
「何だよ一体」
「さっきの道、やっぱ右だったみたい」
「やっぱりそうだったか!この方向音痴!」
スミーシャが言っているのは少し前に通った分かれ道であり、ローゼリットは右ではないかと言ったのだが、スミーシャが絶対左だと主張して結局左の道を通ってきたのだ。
「まったく……お前に地図を任せた私が馬鹿だった」
「ごめ~ん、ローゼ♡」
ごめんと言いつつまったく悪びれた様子もなく頭を下げた後に投げキッスをしてくるスミーシャ。その投げられたキッスを手刀で叩き落としながらローゼリットはスミーシャをジト目で睨み付けた。そしてついでに手刀をスミーシャのおでこに叩き込んでおく。ちなみに手刀を叩き込まれたスミーシャは「いっけな~い、テヘペロ」とか言いながらペロッと舌を出していた。
「まったく……」
ブツブツと文句を言いながら馬車をUターンさせたローゼリットは元の分かれ道に戻ると、そのまま本来進むべき道の方へと馬車を走らせた。
そしてそのまましばらく無言で馬車を走らせる。荷台のドレイク達も特に話をするでも無く揺られていた。
そしてしばらく馬車を走らせていたその時だった。
ガサガサ!
突然前方の茂みが動いたと思うと、その中から一つの人影が飛び出してきた。人影は馬車の前方10m程の場所で止まる。
「うわ!」
突然現れた人影に驚きローゼリットが馬車を止める。馬がヒヒーンと鳴き声を上げながら止まると、荷台の中に軽い衝撃が走った。
「キャッ!」
衝撃に悲鳴を上げたフリルフレアがドレイクの方に倒れ込む。そしてそれを見たフェルフェルがまねする様に「キャー」とか感情のこもらない声で悲鳴を上げながらアレイスローに倒れ込んでいた。
「危ないな、何の用だ!」
ローゼリットが前方に立ちふさがった人影に声をかける。
人影はかなり大柄であり、そのガタイの良さから男であることは分かる。だが、フードを目深にかぶり、顔が全く見えないため何者かは分からなかった。そしてその男は……腰に大振りの片手半剣を下げていた。
そしてその男は何も答えずに静かに剣の柄に手をかける。そして次の瞬間男から何かが発せられる。その何かとは………殺気!
そして次の瞬間馬車の荷台から飛び出したドレイクは大剣を抜き放つと、男に向かって大剣を構えたのだった。




