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第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 プロローグ

赤蜥蜴と赤羽根と翼人(バードマン)の里




     プロローグ


「ガツガツ…モグモグモグ…ゴクン……ゴクゴクゴク、プハー!やっぱり炙った牛肉にはエール酒だよな!」

 上機嫌にそう言って再び炙り牛肉にかぶり付いたのは、全身を赤い鱗で覆われたリザードマンの戦士、ドレイク・ルフトだった。彼の目の前のテーブルの上には所狭しとたくさんの料理が並べられている。

「ハフハフ……モグモグモグ…コクン。はあ~、やっぱり出来立て熱々のオムレツは最高だよね~♬」

 ドレイクの隣で幸せそうな顔をしてハフハフ言いながら熱々のオムレツを食べているのは赤茶色でくせッ毛な髪を後ろで1本の三つ編みにしている少女フリルフレア・アーキシャだった。彼女は背中からとても美しい深紅の翼が生えておりバードマンである事が分かる。ちなみに何故か頭のてっぺんからアホみたいな毛が一束一回転して伸びている。

「フリルちゃんフリルちゃん、オムレツも良いけどお姉ちゃんとフライドポテトゲームしない?この細長いフライドポテトを二人して両端から食べていくの」

 隣に座るフリルフレアに対して蜂蜜酒を飲みながら謎のフライドポテトゲームとやらを仕掛けているのはオレンジ色の髪をショートカットにし、同じ色の猫の様な耳と尻尾を持ったケット・シーの踊り子スミーシャ・キャレットだった。ちなみに自分の事をお姉ちゃんなどと呼んでいるが別にフリルフレアと姉妹でもなければ、姉貴分という訳でもない。

「何だよそのフライドポテトゲームって……フリルフレア、バカは無視していいからな?」

 そう言って赤の葡萄酒を飲みながら向かいに座るスミーシャに凄まじく冷たい視線を送るのは肩くらいまでの長さの黒髪を持ったハーフエルフの暗殺者、ローゼリット・ハイマンだった。好物のチーズを口に運びながらもその金色の双眸が哀れなアホを見る目でスミーシャの事を見ている。

「フフフ…フェルの…新装備…カッコイイ…」

 林檎酒を飲みながら上機嫌にそう言って新調した3連装式速射クロスボウを見せびらかしているのは長い藤色の髪をポニーテールにして背中から青い翼を生やしたバードマンの狩人フェルフェル・ゼリアだった。緑の瞳は眠たそうに半分閉じているが、それでいてどこか得意げな雰囲気をかもし出している。クリームシチューを口に運びながらドヤ顔しているフェルフェルだったが、実際のところ誰も話を聞いて無さそうである。

「見て下さいよこの帽子と新しいローブ!ローブはミスリルの鋼線を編み込んだ特別製で防御力に優れた特別製です。帽子の方は魔法抵抗力を高める防御魔法がかかっていまして…………」

 白の葡萄酒片手に新品のとんがり帽子とローブの自慢をしているのは銀髪をしたエルフの魔導士アレイスロー・ストランディスだった。白身魚のカルパッチョをフォークで口に運びながらも延々と何やら自慢話を続けている。ちなみにこちらもフェルフェルの時と同様、誰も話を聞いていない。

 ここはアレストラル王国の南端に位置するラングリアの町にある冒険者の宿の一つ「虎猫亭」。チックチャック・セレドの策略により多くの旅人や冒険者の被害者を出し、巨大大喰い蟲を暴れさせ、バレンシア・ワーグナー、ランビー・フロイツ、オルグと言う3人の犠牲者を出した「魔王ランキラカス復活未遂事件」から約1ヶ月の月日が経っていた。その間、ドレイク達6人はパーティーとして共に行動していた。それほどランクの高くない依頼を幾つか受け、お金を貯めていたのだ。ドレイクとフリルフレアが「魔王ランキラカス復活未遂事件」の最後で荷物を丸ごとなくしてしまった(ドレイクに至っては鎧など、魔剣以外の持ち物全てを失った)ため、お金が必要だったのだ。

 そして無事お金が貯まり、ドレイクとフリルフレアは冒険に必要な荷物を買いそろえ、その他のメンバーは貯まったお金で以前から欲しかったものを思い切って買ったりしていた。

 アレイスローやフェルフェルの装備はそうして買った物である。

 しかし残念ながらドレイクに関してはまだ鎧までは手に入れていなかった。単純に金銭的な問題である。

「しっかし、鎧が無いとやっぱり落ち着かないな…」

「さっさと新しいの買えばよかったのに」

 ドレイクのぼやきにフリルフレアがツッコミを入れれる。しかしドレイクは、分かってないな~と言いたげに「ヤレヤレ…」とため息をついて肩をすくめた。

「鎧ったって何でもいい訳じゃないんだよ。自分の体型に合ってるやつでかつ装着して違和感のない奴じゃないと…」

「ドレイクの体型に合わせて作ってもらえばいいじゃない」

「お前、オーダーメイドの金属鎧(プレートメイル)がどれだけ高いか分かって言ってるのか?」

 ドレイクの言葉に、顎に人差し指を当てて考え込むフリルフレア。しかし、すぐに考え込むのをやめるとドレイクを見上げた。

「知らないけど……そんなに高額なの?」

「ああ、俺も詳しくは知らないが……」

「オーダーメイドの全身金属鎧(フルプレートメイル)で……100000ジェル以上しますよ。この帽子とローブを買った時に防具屋で見てきましたから」

 詳しく知らないと言って言葉に詰まったドレイクに続く様に答えるアレイスロー。どうやら新品のとんがり帽子とローブの自慢は誰も聞いていないのでやめたらしい。

「じゅ、100000ジェル以上……」

 あまりの高額に言葉を失うフリルフレア。100000ジェルもあれば、虎猫亭でなら年単位で遊んで暮らせる。

「とにかくそんな大金はさすがに持ってないだろ?だから普通に売ってる奴で自分に合う鎧を探さないといけないんだが……」

「てか、あんたそもそも馬鹿みたいに硬い鱗持ってるのに、鎧なんか必要なわけ?」

 フライドポテトゲームにフリルフレアが乗ってくれないので仕方なく話に入ってくるスミーシャ。彼女の言う通り、ドレイクの赤い鱗はミスリル並みの強度があると言われており、生半可な鎧よりも高い強度を誇っていた。それだけに金の無駄だと言いたげにドレイクを睨み付けるスミーシャ。

「確かにな……。それに赤蜥蜴、鎧が無い方が動きやすいんじゃないのか?」

 ローゼリットの疑問に「う~ん」と考え込むドレイク。ローゼリットの言う通り、本来なら鎧の類は動き回るには邪魔でしかないはずであり、防御の事を考えなければ装備しないに越したことは無い。

「いや、でもさっきも言ったけど鎧が無いとなんか落ち着かないんだよな……」

「適当な…革鎧…でも…着けて…いたら?」

 3連装式速射クロスボウの自慢が終わったのか会話に口を挟んでくるフェルフェル。最も、クロスボウの自慢を誰も聞いていなかったので少し不満げな様子だった。

「革鎧じゃ付けてもあんまり意味ないからなぁ……」

「それじゃやっぱりいらないんじゃないの?」

 興味が失せたのか、どうでもよさげにそう言うフリルフレアをジト目で睨み付けるドレイク。

「あのな……一応言っておくが、いくら硬いって言っても鱗を切られれば痛いし殴られれば痛いんだぞ?」

「え?そうなの?」

「お前………俺の鱗を何だと思ってるんだ……」

「お金のかからない天然の鱗鎧(スケイルメイル)

 容赦のないフリルフレアの言葉に、思わず怒りマークを浮かべるドレイク。ムカついたので幸せそうにリンゴジュースを飲んでいるフリルフレアにデコピンを食らわせる。

ピシッ!

「痛ーーー!ミイィィ!何するのよドレイク!」

「いや、なんかムカついたから」

「ムカーー!ムカついたのはこっちなんだから!」

 しょうも無い事で睨み合うドレイクとフリルフレア。そしてその後ろでパーティーのメンバーが真っ二つに分かれて声援を送っている。

「やっちゃえフリルちゃん!そうよ!こんな馬鹿蜥蜴追い出してお姉ちゃんと愛のアバンチュールを……」

「おい赤蜥蜴、お前はいつもフリルフレアを雑に扱い過ぎだ。そもそもお前のバカ力でフリルフレアの顔に痕が残ったらどうするんだ」

「フリル…良かったら…新品の…クロスボウ…馬鹿蜥蜴で…試し撃ち…する?」

 スミーシャはフリルフレアを抱きしめ、ローゼリットがドレイクを睨み、フェルフェルは新品の3連装式速射クロスボウをフリルフレアに握らせる。この3人は完全にフリルフレアの味方だった。

「ドレイクさん、女性の顔にデコピンはだめですよ」

 アレイスローはそう言って白の葡萄酒に口を付けている。どうやらどちらかと言えばフリルフレアの味方らしい。

…………………確かにパーティーは真っ二つに分かれたが、その比率は5対1だった……。

「ケッ、どうせ俺が悪者になるんじゃねえか……」

 やってられないと言いたげに視線を逸らすと目の前の皿を掴んで料理を口に放り込むドレイク。何だか確認しないで食べたが、口の中に広がる卵の風味からそれがオムレツだった事が分かる。

(………あれ?俺オムレツなんか頼んだっけ?)

「ミイイイイィィィィィィ!ドレイク!それ私のオムレツ!」

「え?…………あ、すまん」

 泣きながら掴み掛ってくるフリルフレアに、思わず素で謝るドレイク。悪気は無かったのだが、泣いて悲しむフリルフレアを見ていると非常に胸が痛む。

「ミ、ミイイィィィィ……わ、私のオムレチュ……」

 悲しみのあまり思わず噛んでしまったフリルフレアだが、誰もその事に突っ込めない状態だった。それどころか周りの人間たちがオロオロしだす。

「お、おいフリルフレア……オムレツは無いが……このチーズはどうだ…?」

 そう言って若干無理に笑みを浮かべながら自分の皿からフリルフレアの皿にチーズを乗せるローゼリット。

「そ、そうだフリルちゃん!お姉ちゃんのフライドポテトあげるからね!」

 無理矢理明るい声でそう言い自分の皿のフライドポテトをフリルフレアの口元に差し出すスミーシャ。

「フ、フリル…シチュー…食べる…?」

 少しぎこちない笑みを浮かべて自分のシチューをスプーンですくい、それをフリルフレアの口元に差し出すフェルフェル。

 しかし3人の努力も空しく、未だピーピーと泣き続けるフリルフレア。どうやらオムレツを食べられたのがよほどショックだったらしい。

「ドレイクさん、どうするんですかこれ?」

 アレイスローのジト目が痛いほどドレイクに突き刺さる。彼の視線はドレイクの責任だと言いたげだった。

「いや……悪かったよフリルフレア。新しいオムレツ頼んで良いからさ……」

「ホント⁉やった!じゃあこれはドレイクの奢りね!え~っと……それじゃ虎猫マスター!ベーコンとチーズのオムレツ追加してください!」

「あいよー!」

 カウンターでグラスを磨いていた虎猫マスターがそう答えると厨房に消えていく。その様子をニコニコと笑顔で見ていたフリルフレア。確かに目の周りに涙の跡はあるのだが………。

「おい……フリルフレア…」

「ん?何ドレイク?」

 眼前に差し出されたフライドポテトやシチューをパクつきながら笑顔で聞き返すフリルフレア。そして皿の上のチーズも口に放り込む。ドレイクのどこか搾り出すような声もまったく気にしていなかった。

「お前………何処から嘘泣きだった?」

「嘘泣き?……ずっと本気で泣いてたけど?」

 その割にはケロッとしているフリルフレアにどこか釈然としないものを感じながら、とりあえず再びフリルフレアのおでこにデコピンを食らわせておく。

ピシッ!

「ミイイィィィィ!またやった!何するのよドレイク!」

「いや……何となく…」

「何となく⁉私何となくでデコピンされたの⁉」

 半ベソかきながら睨み付けてくるフリルフレア。そんな様子もどこか子犬じみていて可愛いと感じながらも「あ~、そうそう、何となく」と適当に答えておくドレイク。

「ちょっと馬鹿蜥蜴!フリルちゃんに謝りなさいよ!」

「何度も言うが、女子の顔に気安く手を上げるな!痕が残ったらどうするんだ!」

「フリル…かわいそう…赤蜥蜴…謝れ…」

「ドレイクさん、女性に手を上げるのはあまり感心できませんよ」

 スミーシャ、ローゼリット、フェルフェル、さらにアレイスローまでドレイクを責めてくる。どうやら全員フリルフレアの味方らしい。

「お前ら全員、フリルフレアのこと甘やかしすぎじゃねえの?」

 聞かれると後が面倒なのでボソッと呟くだけにしておくドレイク。そしてため息をつきながらフリルフレアに視線を送ると、半ベソかいたフリルフレアがドレイクに向かってベーと舌を出していた。


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