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第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第8話、後始末 その1

     第8話、後始末


     第8話その1


「フリル…フリル…起きて…」

「う…う~ん……」

 ユサユサと自分を揺さぶる手と声にわずかな呻き声を上げるフリルフレア。うっすらと眼を開けるとそこには少し焦った様子で自分の事を揺さぶっているフェルフェルの姿があった。

「えっと………フェルフェル…さん…?」

「…良かった…生きてた…」

 ゆっくりと体を起こすフリルフレアを見て安堵するフェルフェル。フリルフレアはそんなフェルフェルを呆然と見ていたが、何が起きたのかを思い出し、ハッ!としながら周囲を見回した。

「…………え?」

 思わずそう呟いて言葉を失うフリルフレア。フリルフレアの眼前にはなぎ倒された木々の残骸。そしてさらにその奥には………何も無かった。

 ……………そう、何も無かったのだ。飛んでいた時に眼下に広がっていた林も、その先にあった神殿も、それどころか山の山頂付近の地形さえも消え去っていた。

「な………なん…で…」

 眼を見開き呆然と呟くフリルフレア。今眼前に広がる状況が全く理解できない。

「多分…あの…ドラゴンの…ブレスで…消し飛んだ…と思う…」

 フェルフェルの言葉が頭に入っていかない。ブレスで…………消し飛んだ?あの深紅の竜はそんな山頂の地形を変えてしまうほどのブレスを放ったというのか?

 目の前の光景が信じられなかった。そんな凄まじい破壊のブレスをもし受けていたら………フリルフレアはここに居なかっただろう。そして………ドレイクは……。

「ヤダ……うそ……ドレイク………ドレイクゥ!」

 叫んだ瞬間フリルフレアは翼を羽ばたかせていた。飛翔し、神殿があったであろう場所を目指す。

「………フリル…」

 呟いてフェルフェルが拳を握りしめる。フリルフレアを追いかけようかと思ったが、今は一人で気のすむまでドレイクを探させてあげるべきだと考えた。幸いにもフェルフェルが気が付いた時にはすでに深紅の竜は姿を消していた。どこかへ飛び去ったのかどうかは分からないが、とりあえずこの場にはもう危険は無いだろう。ならばあとはフリルフレアの気のすむ様にさせてあげたかった。

 もうドレイク・ルフトは……フリルフレアの相棒はいないのだ。ドレイクが瓦礫のどこに埋もれていたのかは分からないが、こんな地形の変わるほどの凄まじいブレスを受けて生きているはずが無かった。そしてフリルフレア自身もその事実はちゃんとわかっているはずだ。それでも恐らく感情が、心が納得しないのだろう。ならば彼女の気のすむ様にさせてあげたかった。

「おおーい!ここにおったか!」

 その時フェルフェルの背後から声がかかった。振り向けば、ゴレッドとローゼリット、スミーシャの3人がこちらに駆け寄ってきていた。

「バードマンの嬢ちゃん無事じゃったか!それで……フリルの嬢ちゃんは……って、なんじゃこりゃ⁉」

 驚きの声を上げるゴレッド。木々がなぎ倒され、その奥が地形ごと破壊されクレータ=の様になっているのを見て目を丸くする。同じくローゼリットとスミーシャも目をまん丸くして驚いていた。

「な……なんだこれは……?」

「さ…さあ…」

 何が起きたのか状況が分かっていないローゼリットとスミーシャ。しかしスミーシャはこの場にフリルフレアがいないことを確認するとすぐにキョロキョロと周りを見回した。

「まあいいや、それでフリルちゃんは?」

「…あっち…」

 フェルフェルはフリルフレアが飛び去って行った方向を指差す。

「あ、あっちなのね?サンキュー!」

「おい待てスミーシャ、一人で行くな!」

 フェルフェルが指差した方向にまっしくらなスミーシャと、それを追いかけるローゼリット。そんな二人を見てゴレッドが声を張り上げる。

「こりゃ!待たんかスミーシャ!ローゼリット!………まったくあの二人は…」

 ゴレッドの制止する声など聞きもせず走り去っていく二人の背中を見てゴレッドは深々とため息をついた。

「全く……さっきの大爆発の原因も分かっておらんっちゅうのに…」

「…さっきの…爆発…深紅の…ドラゴンの…ブレス…」

「何⁉深紅のドラゴンじゃと⁉」

 フェルフェルの突然の言葉に驚きを隠せないゴレッド。山道の林の中を通ってきたゴレッド達は先程の深紅の竜の事を見ていないのだ。当然そのブレスが神殿ごと山頂付近の地形を破壊したことなど知りはしない。

「い、一体…何が起きたんじゃ…?」

「…突然…巨大大喰い蟲の…中から…深紅の…ドラゴンが…現れて…」

「巨大大喰い蟲の中からじゃと⁉」

「うん…それで…そのドラゴンが……………」

 フェルフェルはそのままゴレッドに深紅の竜が巨大大喰い蟲を圧倒し、とどめのブレスで神殿もろとも焼き払ったことを語った。



「ドレイク!……ドレイクーーー!」

 フリルフレアの叫び声が響き渡る。巨大なクレーターの様に何も無い地面が眼下に広がっている。何も無い……本当に何も無かった。深紅の竜のブレスで消し炭になった巨大大喰い蟲の残骸も残っていなければ、その深紅の竜自体も姿を消している。神殿も、瓦礫も跡形もなく消し飛んでいた。

 これでは………こんな状況では…ドレイクの生存は絶望的…。

「う……うう……ドレイクーーーーーーー!」

 フリルフレアは涙を流しながら叫んでいた。正直、分かっていた。例え瓦礫の下に埋もれていたドレイクが生きていたとしても、この破壊をもたらしたブレスの前ではいくらなんでも生きているはずが無い。

 頭ではそんなことは分かっている。でも……やっぱり納得が出来なかった。

(せめて……この辺りを…隅々まで探して……)

 探してどうなるのかは分からない。どうせ見つからないであろうことも分かっている。

(きっとドレイクは……あのブレスで、跡形もなく…………)

 涙が止まらない。正直ドレイクを探しに行くのが怖かった。もういないと分かっている者を探しに行くのが……。探さなければもしかしたらどこかに生きているかもしれないという希望にすがることが出来る。だが、探して見つからなければそこにあるのは「ドレイクはもういない」と言う絶望だけだ。

 そんな想いがあるからだろうか。フリルフレアの飛ぶスピードは既に歩くのと大差ないほどゆっくりとしたものになっていた。さらに背後からは「お~い!フリルちゃーん!」「フリルフレアー!降りてこーい!」と言うスミーシャとローゼリットの叫び声が聞こえていた。

 でも……何となくここで止まってはいけない気がして……フリルフレアはそのままゆっくりと飛び続けた。

 ユラユラと不安定に飛び、瞳にも涙がユラユラと揺れている。視界が涙で歪み、先の方さえ見通すことが出来ない。

(でも……どうせ何もない…)

 どうせこの破壊の跡には何も残ってはいない。眼下に広がるクレーターも、遠くでなぎ倒された木々も、クレーターの中心付近で鈍く輝く赤い光も、全て何も残っていない証拠。

 ………………………そう、赤い光……。

(………………………………………………え?……光?)

 ハッ!として顔を上げるフリルフレア。いまだ涙で視界が歪んでいるので、慌てて乱暴に涙を拭う。そして光のする方、クレーターの中心付近に視線を向けた。

 そこには鈍く赤い光を放つ大剣が地面に突き刺さっている。赤い刀身を持つ片刃の大剣、それはドレイクの愛刀である魔剣だった。

 そしてそのすぐ脇に………………横たわる赤い人影。

「……………」

 思わず呆然としながらも、その赤い人影の横に降り立ったフリルフレア。そこに横たわっていたのは全身が赤い鱗に覆われた……リザードマン、ドレイク・ルフトだった。

「ド……ド…ドレイク……」

 呆然と呟く。声が震える。大きく見開かれた瞳からは自然と涙があふれ出てきた。もう見る事すら叶わないと思っていた相棒の姿。横たわってこそいるものの、その自然な、生まれたままの姿がそこにある。

「……ドレイク……うう…ドレイク………」

 涙をこぼしながら、フリルフレアはドレイクの身体のすぐ横に座り込むと、その頭を抱え上げて優しく抱きしめた。

「ふ……ううう………うわああああああああああん!」

 そのまま声を上げて泣き出すフリルフレア。ドレイクの頭を抱きしめて大声で泣き続けた。

「うわあああぁぁぁぁん!ううう……わあああああああん!…うう…ひっく…ひっく…うわああああああああん!」

 泣きじゃくるフリルフレア。そんな痛ましいフリルフレアをそっと見つめる二つの視線。ローゼリットとスミーシャがフリルフレアに追いついてきたのだった。泣きじゃくるフリルフレアに思わず「フリルちゃん…」と声をかけようとするスミーシャをそっと押し留めるローゼリット。静かに首を横に振る。今は気のすむまで泣かせてあげようというローゼリットなりの思いやりだった。

「ああああぁぁぁぁ…………うう…うっく……でもドレイク……」

「何だ?」

 フリルフレアは震える声で抱きしめたドレイクの頭に語り掛ける。一層強く抱きしめながら、攻めてドレイクの魂に届く様にと………。

「…神様も……優しいね………」

「何でだ?」

「だって……こうして、ドレイクの亡骸だけは残してくれたんだから………………………………ん?」

 震える声で喋っていたフリルフレア。何か違和感を感じる。何か………?

(……………あれ?私今誰と話してたの?)

 凄まじく疑問だった。一瞬ドレイクの死の悲しみを忘れるほど。思わずキョトンとしながら自分が抱きしめているドレイクの頭に視線を向ける。

「ん?どうしたフリルフレア?」

 そう言うとドレイクは腹筋の要領で上体を起こした。そして腕の甲で顔を拭う。

「どうでも良いけどお前、人の顔を抱えたまんま大泣きするなよ。お前の涙が顔にかかりまくって冷たくてかなわんのだが……」

 そう言って立ち上がるドレイク。そのドレイクを呆然と見上げるフリルフレア。フリルフレアの後ろではローゼリットとスミーシャが眼をまん丸くして立ち尽くしている。

「えっと……あれ……ドレイク…生きて………」

 半ば呆然と呟くフリルフレア。だが、次第にドレイクを見上げるその大きな紅い瞳に光が宿ってくる。そして再び涙があふれ出した。

「おいおい、相変わらずよく泣くやつだな。どうしたんだよ急に…」

「ドレイクゥ!」

 しゃがんでフリルフレアの頭を撫でようとしたドレイクに、フリルフレアは抱き付いていた。涙をボロボロとこぼしながら、ドレイクの体温を確かめる。

「ドレイク!良かった!生きてたのね!ホントに……良かった!」

 泣きながらそう言ってドレイクを抱きしめ続けるフリルフレア。一方のドレイクの方はなんだか状況が分かっていないらしく頭をポリポリと掻いている。

「まったく、本当にあんたってしぶといよね……」

「まったくだな。しかし、あんな状況で良く生きていたな」

 フリルフレアとドレイクのじゃれ合いを見ていたスミーシャとローゼリットが声をかけてくる。

「あんな状況って?………てか、金目ハーフと踊り猫⁉何でこんな所に?」

「あんたが瓦礫に埋もれている間にいろいろあったのよ」

「何だそりゃ?」

 スミーシャの言葉の意味が分からず、頭の上に大量の?マークを浮かべるドレイク。とりあえず現状が分からないことだらけだった。

(あの何か巨大なミミズみたいな魔物の口の中に飛び込んだところまでは覚えてるんだがな………)

 その後の事はサッパリ思い出せないドレイク。先程フリルフレアの泣き声で目を覚ますまで自分が何をしていたのか全く分からなかった。

 そう、フリルフレア達が巨大大喰い蟲に立ち向かい一時撤退した辺りで瓦礫から脱出していたドレイクだったが、その後巨大大喰い蟲の口に飛び込んでからの記憶が無い。その間ずっと意識を失っていたのだろうか?巨大大喰い蟲の口の中に入り全く無事だったことも気になる。実際怪我らしい怪我はなかった。

(どういうことだ?全く分からん…)

 とりあえず考えても答えが出そうも無いので、考えるのをやめるドレイク。そしていまだに抱き付いたまま泣いているフリルフレアをぶら下げたままとりあえず立ち上がった。

「「………げ…」」

 スミーシャとローゼリットの呻き声がハモる。その声は何かとてつもなく嫌なものを見たようなそんな声だった。そしてローゼリットとスミーシャが嫌そうな顔をしてドレイクから視線を逸らす。そしてスミーシャが嫌そうな顔で視線を逸らしながらドレイクに近づいてきた。そのままフリルフレアを後ろから抱きしめると強引にドレイクから引きはがす。

「ス、スミーシャさん⁉何するんですか⁉」

「フリルちゃんも、いつまでもあんなバッチィのにくっついてちゃダメだよ」

「え?バッチィの?」

 スミーシャの言おうとすることが理解できず。頭の上に?マークを浮かべるフリルフレア。そしてスミーシャに引き剥がされながらもドレイクに視線を戻す。

 ドレイクから離れていったために、ドレイクの全身が視界に入った。

 ドレイクは…………………………………………………全裸だった。

 鎧どころか、服も身に着けていない。全身丸裸で仁王立ちするドレイク。大きい股間の一物が風でわずかに揺れている。フリルフレアの視線が思わずそこでくぎ付けになっていた。

「んぎゃああああああああああああああああ!何⁉何で⁉何で何で何で何で何で⁉何でドレイク裸なの⁉信じらんない!ドレイクのエッチ!スケベ!変態!ヤダもう!あんなの見ちゃったら私もうお嫁にいけないよ……」

「ハァハァ……大丈夫だよフリルちゃん。ちゃんとお姉ちゃんがフリルちゃんをお嫁さんにしてあげるからね~」

 悲鳴を上げるフリルフレアと、そのフリルフレアを抱えてハァハァしているスミーシャ。そんな二人にジト目を送ってから、ドレイクは全身を確認した。確かに全裸だ。

「随分いい趣味をしているな赤蜥蜴」

「いや、別に趣味じゃねえし……」

 ローゼリットの皮肉にぼやくドレイク。自分の周囲を見回しても鎧はおろか服も見当たらない。あるのは魔剣だけである。

「でも参ったな……どうするか…」

 そう呟くドレイクの横ではスミーシャがフリルフレアを抱えていまだにハァハァしていた。

「フリルちゃん、赤蜥蜴なんかとのコンビは解消して、お姉ちゃんのお嫁さんになろうね~」

「ミイィィ!スミーシャさん別にそう言う話じゃないです!」

「どうでも良いがスミーシャ。お前もお嫁になる側の性別だって自覚、あるか?」

 全裸のまま悩むドレイクのすぐ横でフリルフレア、ローゼリット、スミーシャの3人が寸劇をしている。それは何ともシュールな光景だった。


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