第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第7話、赤き竜の咆哮 その3
第7話その3
「それでは手はず通り、宝珠はフリルフレアさんが持っていてください」
「分かりました」
アレイスローの言葉に、ゴレッドから宝珠の入った箱を受け取るフリルフレア。話し合った結果、皆がやられてしまった時にせめて魔王の復活だけでも阻止するために宝珠はいつでも逃げられるバードマンのフリルフレアに持っていてもらう事になった。フェルフェルでもよかったのだが、彼女は箱が狙撃の邪魔になるからと断ったのだ。
「良いかフリルの嬢ちゃん、もしわしらが全滅したら嬢ちゃんはわしらに構うことなく宝珠を持って逃げるんじゃ。魔王の復活だけは絶対に阻止セにゃならんからのう」
「ええっと……分かりました。でも私、絶対そうならないって信じてますから」
フリルフレアの言葉に顔を見合わせる一同。そして、誰ともなしにニヤリと笑みを浮かべる。
「そりゃそうじゃな、わしだって死にたくはないわい」
「大丈夫、安心して。フリルちゃんのことはあたしが守ってあげるから!」
「お前のその自信は一体どこから出てくるんだ?」
スミーシャの言葉に肩をすくめるローゼリット。だが、その瞳には絶対に生き延びるという決意の色があった。
「頼もしい限りですね」
「大丈夫…フェルも…アレイも…みんなで…生き延びる…」
アレイスローとフェルフェルも互いに頷き合った。
「それじゃ、行くぞい!」
ゴレッドの掛け声で全員が行動を開始する。フリルフレアとフェルフェルは飛翔し空中方魔法と狙撃弩弓で攻撃。アレイスローとゴレッドは地上から魔法攻撃を開始した。
「まだ行けます!『フェザーファイア!』」
「狙い…撃つ…そこ!」
フリルフレアが魔法で炎の羽根を撃ち出し、フェルフェルは超長距離射程狙撃弩弓で巨大大喰い蟲を撃ち抜く。しかし、やはり表面の分厚い岩のような皮膚を削っただけで有効打にはなっていなかった。
「偉大なる鋼神アルバネメセクト神よ!御身に宿りし悪を憎む聖なる怒りを持って邪悪を打ち滅ぼしたまえ…『セイントストライク!』」
「ヴァル・リィズ・イド・ヴェルド・エクス・ヴレア…『オーバーエクスプロージョン!』」
ゴレッドの掌から放たれた光の奔流が巨大大喰い蟲に直撃する。それと同時にアレイスローの魔法が巨大大喰い蟲に爆発を引き起こす。
邪悪を滅する光を放つ神聖魔法『セイントストライク』と巨大な爆発を引き起こす呪文魔法『オーバーエクスプロージョン』。どちらも冒険者ランク10の者が放つだけあって相当強力な攻撃魔法である。しかし、それをもってしても巨大大喰い蟲には有効な一打とはならない。フリルフレアやフェルフェルの攻撃よりは効いているが、それでも表皮を削り外側の肉を少し焼いただけでその巨体の内部までは達していなかった。
「あいや~、しかしあんだけデカイの相手にあたしたちはどうしようか?」
「遠距離からの攻撃魔法なんて使えないからな」
4人が攻撃する中、顔を見合わせるスミーシャとローゼリット。遠距離攻撃の手段に乏しい彼女たちではこの状況で戦うのは難しい。かといって接近して攻撃しようにも、暴れまわる巨大大喰い蟲の巨体相手では近づいただけで踏み潰されてしまいそうだ。
「仕方がない、あれを使ってみるか」
ローゼリットはそう言うと腰の後ろのポーチの蓋を開けた。そこには1cmを超える太さの長大な針が何本も入っていた。これはかつてローゼリットの母親だった暗殺者ロッテーシャ・イベラが好んで使っていたシューティングニードルという投擲武器だった。ロッテーシャ自体はとても母親と呼べるような人物では無かったので、ローゼリットは単にそれを有用な武器だと考えて独学で学んだのである。決して母親の武器を受け継いだわけではない。そのままシューティングニードルを数本ずつ両手に持つ。
「スミーシャ、サポート頼む。二重で」
「りょーかい。それじゃ行くよローゼ!二重魔円舞!戦意高揚の舞×神速の舞!」
スミーシャが魔円舞を踊り始める。クルクルと踊り舞うスミーシャ。その踊りは時に猛々しく、同時に流れるように美しい。たとえ魅了の舞でなくともその舞踊は見る者を魅了することだろう。
そしてスミーシャが踊るにつれて周囲の魔力が輝きだし、その輝きがローゼリットの身体を包み込む。
「行くぞ、解析眼発動」
さらにローゼリットの金色の双眸が輝きだす。その輝きと同時にローゼリットの脳内に巨大大喰い蟲に関するデータが流れ込んできた。
「チッ……頭部が弱点かと思ったが……弱点は無いか」
思わず舌打ちしながらも駆け出すローゼリット。そして素早い動きで巨大大喰い蟲に接近すると、ある程度の距離を保ちながらシューティングニードルを撃ち出した。
ガスッ!ドスッ!
シューティングニードルが巨大大喰い蟲に突き刺さる。深々と突き刺さってはいるが、巨大大喰い蟲の巨体に対してはあまりに小さい、恐らく棘が刺さったくらいにしか感じていないだろう。それでも、これだけ刺さったのはスミーシャの魔円舞で身体能力を強化しているからだった。それが無かったら恐らく鏡面の固い皮膚に弾かれていただろう。
そう考えると今さらながらとんでもない化け物を相手にしているのだと実感できる。しかし、だからと言ってここで引く訳にもいかなかった。
「まだです、まだ、負けません!」
上空のフリルフレアがそう叫びながら炎の羽根を撃ち出している。フェルフェルも矢を放ち、ゴレッドは光の魔法、アレイスローは爆発の魔法を放つ。スミーシャは魔円舞を踊り続け、ローゼリットもニードルを撃ち出し続ける。
しばらく6人がかりの総攻撃が続く。武器が持つまで、あるいは魔力が尽きるまでその攻撃は続いた。
普通の魔物ならばこれだけの総攻撃を受ければ生き延びる術は無いだろう。だがこの巨大大喰い蟲は普通の魔物では無かった。それらの攻撃をものともせずに暴れまわっている。
「こりゃ敵わんわい!全く効いてる気配がないのう!」
「ええ、さっきからずっとこんな感じでして……」
魔法の連発で魔力を使い果たしたゴレッドとアレイスローがその場に座り込む。そしてその場に上空からフェルフェルが舞い降りてきた。
「フェル、大丈夫ですか?」
「あいつ…岩とか…瓦礫…食べてるだけで…攻撃…してこないから…大丈夫」
「そうですか、それは良かった」
フェルフェルの言葉にほっと息をつくアレイスロー。
「しかしそれならどうしたんじゃバードマンの嬢ちゃん。流石に飛び続けて疲れたかの?」
ゴレッドの言葉にフルフルと首を横に振るフェルフェル。
「確かに…疲れては…いるけど…そうじゃない………矢が…無くなった…」
「「あ」」
ゴレッドとアレイスローの声がハモる。確かによく見ればフェルフェルの矢筒にはもう一本の矢も残されていなかった。
そうしていると、ローゼリットとスミーシャも戻ってくる。
「ダメだ、もう投げる物が無い……」
「ローゼ……何もあたしのショートソードまで投げなくても……」
「悪かったよ。私ももうニードルもダガーも投げ切ってしまったんだ」
「鋼線は?」
「あれを括れって言うのか?無茶言うなよ…」
ローゼリットとスミーシャはそろってため息をついた。正直もう戦う術がない。
「ふは~……も、もう限界……」
最後にフリルフレアがヘロヘロしながら降りてきた。魔力の使い過ぎで正直足元すらおぼつかない。そのまま座り込んだフリルフレアを見てスミーシャが抱き付いてくる。
「フリルちゃんお疲れ様!頑張ったね!よしよし、お姉ちゃんがスリスリしてあげるからね~♪」
そう言いながらフリルフレアのほっぺたにスリスリするスミーシャ。フリルフレアは疲れすぎて抵抗する気力も残っていない様だったが、その表情は若干鬱陶しそうにスミーシャを見ていた。
「それで…後は…どうする…の?」
フェルフェルの言葉に、アレイスローがカバンから最後のマジックポーションを取り出すとそれを一気に呷った。ちなみにもう一本は先程までの上級攻撃魔法の連発時に途中で飲んでいる。
「最後の仕上げです。後はこのスリープの魔法が効くのを……祈るしかありません」
そして全員が見守る中、アレイスローは巨大大喰い蟲の近づいて行く。
「行きますよ。『マジックブースト!』」
魔法の威力増強の魔法を発動させるアレイスロー。この後魔法が使えるギリギリのところまで魔力を使い魔法を増幅させる。
「これで眠れ!『スリープ!』」
アレイスローの眠りの魔法が発動し魔力が巨大大喰い蟲を覆っていく。そしてその巨体の動きが段々遅く、緩やかになっていった。
「よし!やったか!」
思わず拳を握りしめるゴレッド。だが、次の瞬間アレイスローの膝がガクッと崩れ落ちる。
「…アレイ!」
フェルフェルがアレイスローに駆け寄る。そしてそのまま肩を貸してアレイスローを立たせた。
「ダメです。皆さん、ここはもう逃げるしかありません!」
悔しそうにそう言ったアレイスロー。そして次の瞬間巨大大喰い蟲が再び動き出した。
「キシャアアアアアアアア!」
巨大大喰い蟲の鳴き声が響き渡る。その咆哮の様な鳴き声を背に聞きながらアレイスローはフェルフェルの手を掴んで走り出す。
「皆さん早く!もう私達にはあれを止める術はありません!」
「く……仕方ないのう、ここは戦略的撤退じゃ!」
「やむを得ないか……」
アレイスローに続くゴレッドとローゼリット。スミーシャもそれに続こうとして、フリルフレアが足を止めている事に気が付いた。
「どうしたのフリルちゃん!早く逃げなきゃ!」
「だ、だって……まだあそこにはドレイクが……」
そう言ってスミーシャを見上げるフリルフレア。その顔は今にも泣きだしそうだった。
「今は赤蜥蜴の心配をしてる場合じゃ……」
「だってドレイク、あの瓦礫の中に埋もれてるんですよ⁉このままじゃあの巨大大喰い蟲に潰されちゃう!」
「…………」
今にも飛び出しそうな勢いのフリルフレアに、スミーシャはかける言葉が見つからない。
フリルフレアとドレイクの絆を知っているだけに、彼女の気持ちも察することが出来た。だが……。
「フリルちゃんゴメン!」
スミーシャはそう言うとフリルフレアの身体を強引に抱え上げた。そして「スミーシャ、こっちだ!」と手を振っているローゼリットの後を追って駆け出す。
「は、離してくださいスミーシャさん!ドレイクが!ドレイクがぁ!」
「………」
フリルフレアの言葉に答えずにただ唇を嚙みしめて走るスミーシャ。小柄なせいか驚くほど軽いフリルフレアを抱えながらスミーシャはただ走り続けた。
「ヤダ!放してぇ!……ドレイクーーー!」
フリルフレアの悲痛な叫びがあたりに響き渡った。




