第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第7話、赤き竜の咆哮 その2
第7話その2
「な、なるほど……そんな一大事になっていたのか…」
フリルフレアの説明を聞いたローゼリットは深刻な表情でそう呟いた。
事態を全く分かっていないであろうゴレッド達3人に状況を説明したフリルフレア。黒幕のチックチャックや、犠牲になったバレンシアとランビー、オルグ、眼前に迫りくる巨大大喰い蟲等、説明することは多かったがそれらをかいつまんで説明する。その途中で当然ロックスローの双子の弟であるアレイスローの事も説明していた。
「しかし……まさかロックスローに双子の弟がおったとはのう…」
「ははは、皆さんも兄の知り合いだったんですね」
「正確に言えば、わしらが知っとるのはロックスローの偽物じゃがな」
「ええ、その話もドレイクさんから伺ってますよ」
そう言って微笑むアレイスロー。どうやらロックスローの事は吹っ切れたようだったが、今はその事で話し込んでいる場合では無かった。
「とにかく、フリルちゃんが魔王復活を阻止したって言う大活躍を見せたのは分かったよ!」
「いえ、別に阻止できてはいないんですが……」
スミーシャの言葉に一応ツッコミを入れて置くフリルフレア。実際暴れまわる巨大大喰い蟲がランキラカスそのものなのか、はたまた器だけなのかは分からなかったが、それでも一応3人の理解は得られたようだった。
しかしゴレッド達は難しい顔をしている。
「それでその巨大大喰い蟲を弱らせるために今3人で戦っとるちゅうことじゃが……あの巨大大喰い蟲、全然弱ってる様に見えないんじゃが……」
「う………」
ゴレッドの言い様に言葉に詰まるフリルフレア。確かに、散々魔法や狙撃弩弓で攻撃したが全く効いている様に見えない。アレイスローの広域爆破魔法がかろうじて効いているくらいである。
「それから、さっきから気にはなっていたんだが……」
「何ですかローゼリットさん?」
「赤蜥蜴の姿が見えないようだが……」
そう言って辺りをキョロキョロと見回すローゼリット。「そう言えば…」とか言いながらスミーシャとゴレッドも辺りを見回した。
「ドレイクは………その…」
俯きながらそう呟くフリルフレア。何となく言葉に詰まりながらなんとか搾り出したような言い方だった。そして俯いたままのフリルフレアの顔から何か滴がこぼれ落ちるのが見えた。ポロポロとこぼれる滴を見ていち早くそれが涙だと気が付いたスミーシャは、フリルフレアに近寄ると、その両肩を優しく抱きしめた。
「良いんだよフリルちゃん、無理しないで……不安なことがあるなら全部あたしに話して……?」
スミーシャの言葉に顔を上げるフリルフレア。その顔はすでに涙でグシャグシャになっていた。
「ふえ……だ、だって…ドレイク、まだ瓦礫に埋もれてて……もしかしたら死んじゃったんじゃないかって……でも…でも、バレンシアさんの……想いを無駄にしちゃダメだって……必死に、ドレイクのこと考えないようにしてて……」
「そっか……よく頑張ったね…」
そう言いながらフリルフレアの頭を優しくなでてあげるスミーシャ。フリルフレアはそのままスミーシャの胸に顔を埋めながら「ふ、ふええええええええええん!」と声を上げて泣き出してしまった。泣きじゃくるフリルフレアをさながら聖母の様に優しくなでるスミーシャ。これでスミーシャが淫魔のような笑みを浮かべながら涎を垂らしていなければ美しい絵だったのだが……。
「何じゃ赤蜥蜴の奴、瓦礫に埋もれておるのか?」
「ええ、そのようなんです。何とか救助にも向かいたいんですが……」
ゴレッドの言葉に深刻な表情で答えるアレイスロー。しかし、ゴレッドとスミーシャ、ローゼリットの3人はことドレイクに関してはそれほど心配していなかった。
「あ~、アレイスローじゃったな。赤蜥蜴の事は放っておけばいいじゃろ」
「え⁉いや、しかし……」
ゴレッドの言葉に驚きの声を上げるアレイスロー。しかしローゼリットもゴレッドの言葉にウンウン頷いている。
「赤蜥蜴は頑丈さと戦闘能力だけが取り柄の奴だ。それにあいつの場合、ワンチャン殺しても死なないっぽい」
「え…殺したら…死ぬ…んじゃ?」
ローゼリットの言葉にツッコミを入れるフェルフェル。しかしフェルフェルの言葉にゴレッド、ローゼリット、スミーシャの3人は一斉に首を横に振った。
「赤蜥蜴の頑丈さは折り紙付きじゃ、瓦礫に埋もれた位じゃまずくたばらんわい」
「全くだ。知っているか?あの男、ミスリル製の鋼線を引き千切るんだぞ?信じられん鱗の固さと筋力だ」
「そのうえあいつ、猛毒舐めまわしても腹壊すだけで済んだらしいよ」
矢継ぎ早に話すゴレッド、ローゼリット、スミーシャ。あまりの物言いに今まで泣いていたフリルフレアもポカンとした表情でスミーシャを見上げている。
「…猛毒って…何…?」
興味を引かれたのか、思わず食い付くフェルフェル。「猛毒って言うとあの事か」と言いながらローゼリットが肩をすくめてため息をついた。
「以前私が赤蜥蜴を襲ったことがあってな……。その時あの男、私が持っていた毒をたっぷり塗った短剣の刀身をベロベロ舐めまわしたんだ」
「…何で…そんな…ことを?」
「さあ?何か本人は悪のリザードマンっぽく演出したかったらしいけど」
フリルフレアの頭をなでながらそう言ったスミーシャは「意味不明だよねー」と続けながらフリルフレアをさらに抱きしめていた。
「それであの男急に腹を下してそのままトイレに駆け込んだんだ。後で聞いた話だとそのまま用を足したら治ったらしい」
思い出したくもないと言いたげに吐き捨てるローゼリット。
「それは……どういう事でしょうか?」
「…謎…」
意味が分からないと言いたげなアレイスローとフェルフェル。それを見たローゼリットは再び盛大にため息をついた。
「どうもこうもないさ。あいつは…赤蜥蜴は正真正銘の化け物なんだよ」
「ミィィィ、ローゼリットさん、ドレイクは化け物じゃなくてリザードマンですよ。まあ、赤いけど……」
「見かけの話じゃないよフリルフレア。能力的に化け物じみてるってことさ」
いつの間にか泣き止み復活したフリルフレアが口を挟むが、ローゼリットは首を横に振りながらそう答えた。
「まあ、確かにドレイクは強いし頑丈ですけど……」
「そうそう、この間のベルガナキス戦だってあたしらが喰らったら消し炭になりそうな攻撃を受けて平気な顔してたし」
「アハハ、平気な顔はしてなかった気がしますけど……」
スミーシャの言葉に乾いた笑い声をあげるフリルフレア。確かにドレイクの頑丈さならば瓦礫に埋もれた位では怪我もしないだろう。恐らくだが……。とにかくフリルフレアはドレイクの無事を信じて、不安な心を無理矢理奥に押し込んだ。
そして、ずっと気になっていたことを口にする。
「ところで皆さんはどうしてここに?」
「ん?」
フリルフレアの言葉に顔を見合わせる3人。確かに自分たちがここに来た理由を説明していなかったことを思い出した。
「いや、実はな……わしはフリルの嬢ちゃんと赤蜥蜴を追ってきたんじゃよ」
ゴレッドはそう切り出し、アラセアの冒険者ギルド職員が手違いで宝珠を取り違えてしまい、フリルフレア達が本来持つはずだった祭事に使う宝珠を自分が持って追いかけてきたことを説明した。ちなみにスミーシャとローゼリットは、「フリルちゃんに会いたかったからゴレッドについてきたー♡」の一言で片付けた。
「あれ?ちょっと待ってください。私が運んでいたのが間違った宝珠だったってことは……やっぱりあの巨大大喰い蟲は…」
「ランキラカスそのものではない。恐らく器だけの存在でしょうね」
フリルフレアの言葉をアレイスローが引き継ぐ。そして、それを聞いたフェルフェルがゴレッドを指差した。
「それで…それが…本物の…魂の…宝珠…」
「ぬお⁉そ、そう言う事になるんかの⁉」
ゴレッドは慌てたように背負っていた木箱を下ろすと中から宝珠を取り出した。宝珠はまるで何かに反応するかのようにわずかに紫の光で点滅を繰り返している。
「いかん、こりゃ間違いなく本物じゃ!」
慌てて宝珠を木箱にしまい込むゴレッド。それを見たアレイスローも深刻な表情になっている。
「マズいですね。いくらあの巨大大喰い蟲が魔王の器だけだとしても、ここに魂の宝珠がある以上、いつ魔王として復活してもおかしくないですね」
アレイスローの言葉に一堂頷く。
「こりゃ参ったのう……」
「そう言えば、ゴレッドが運ぶはずだった……ええと…狂乱の宝珠だったか?そっちはどうしたんだ?」
「そっちをフリルちゃん達が運んでたってことだよね?」
ローゼリットとスミーシャの視線を受け、フリルフレアが考え込む。フリルフレアが運んでいた宝珠は………確か…。
「えっと……あの巨大大喰い蟲のお腹の中です…」
非常に言いにくそうにそう呟くフリルフレア。ゴレッドの依頼達成に必要な宝珠を壊したうえ巨大大喰い蟲に喰われてしまったのだ。確かに直接壊したのはフリルフレアじゃないとはいえ、非常に言い辛かった。
「な、何じゃと⁉」
驚きの声を上げるゴレッド。フリルフレアが「ごめんなさい!」と両手を合わせていたが、ゴレッドは別段怒っていた訳では無い。しかし、その深刻な表情に冷や汗が伝い落ちる。
「マズいの……狂乱の宝珠を喰っとるってことは…あの巨大大喰い蟲、狂戦士化しとるんじゃないか?」
「狂戦士化⁉」
「そうじゃ、宝珠の光を浴びた者を狂戦士化させたり、宝珠を体内に取り込んだものを半永久的に狂戦士化させる、それが狂乱の宝珠の能力じゃ」
フリルフレアに説明するゴレッド。どうやら巨大大喰い蟲が暴れまわっているのにはそんな理由があったらしい。
「それ…だと…あの…魔物…いつまで…暴れて…いるの?」
フェルフェルの何気ない質問に、ゾッとするアレイスローとゴレッド。そう、つまり巨大大喰い蟲が狂乱の宝珠を喰らったことによる狂戦士化は……。
「は、半永久的に続くっちゅうことじゃな……」
「マズいですね。このまま暴れ続けられたらまず山中の村から被害が出ます」
ゴレッドとアレイスローの言葉に全員が深刻な顔になる。やはり何としてもこの場で巨大大喰い蟲を食い止めなければならない。
「仕方がないのう!ここは乗り掛かった舟じゃ、わしも協力するぞい!」
「あたしも、フリルちゃんを見捨てる訳ないじゃん!」
「あんな化け物を放っておいたら村どころか国中に被害が出るからな」
頷き合うゴレッド、スミーシャ、ローゼリット。それを見たアレイスローは3人に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
「良いってことじゃよ」
そう言って不器用にウィンクするゴレッド。あまり決まってはいない。
「それなら……皆さんであの化け物を食い止めましょう!」
フリルフレアの言葉に、全員が「おー!」と答え拳を上に突き上げた。




