第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第6話、魔王の器の恐怖 その4
第6話その4
「行ったか……すまぬなランビー。妾もすぐそちらに行くぞ……」
バレンシアはそう呟くと、大穴から伸びる触手とチックチャックの方に視線を向けた。チックチャックは相変わらず座り込んだまま「やった……やったぞ!…ついにランキラカス様がお目覚めになられるのだ!」などと叫びながら笑い声をあげている。そしてその後ろの大穴からは伸びる触手と同時に何か巨大なものが現れようとしている圧迫感が感じられた。
「ランキラカス……確か文献によれば…巨大なミミズのような姿をしておるはずじゃが…」
バレンシアの呟きに答える様に大穴の周辺に亀裂が走る。そして地面を砕きながら穴の中から何かが姿を現した。ゆっくりと天井に向かって伸びていくそれは直径が10m以上もあるだろうか、大穴とほぼ同じほどの大きさがあった。それはそのまま天井まで伸びていくと、いともたやすく天井を突き破っていく。この巨大な部屋自体地下にあったというのにその巨体はあっさりと上の階も破壊しその頭を日の元に晒していた。そしてその先端からは先ほどの20cmほどの太さを持つ触手が無数に生えている。その触手の根元、その巨体の頭の先には巨大な穴が……否、巨大な口が不気味に穴をあけていた。その穴のような巨大な口の内側にはびっしりと鋭い牙が生えており、先ほどから崩れ去った岩や天井、瓦礫などを貪り喰っている。そして穴の中からどんどん伸びていくその身体はまるで岩の様にごつごつした表面をしており、ちょっとやそっとの攻撃では通用しそうになかった。
「くぅ……何と言う巨体じゃ……」
バレンシアがざっと見上げただけでも30m以上の高さがある。しかもこれは恐らくまだほんの一部に過ぎないだろう。文献によればランキラカスは200mを超える巨大な大ミミズの姿で描かれている。まだまだ地面の下にその巨体を隠しているのだろう。
ガラガラン!ドオォォン!
天井の瓦礫や岩が崩れ去り落ちてくる轟音が響く。このままでは生き埋めになりかねない。チックチャックの方に視線を送ってみると、先ほどまでチックチャックがいた場所には大量の岩や瓦礫が崩れ落ちていた。どうやら崩れた瓦礫によって生き埋めになってしまったのだろう。
魔王復活を目論んだ悪党の最後としてはあまりにもあっけない結末だったが、今はそんなことを言っている場合ではない。その当の魔王を何とかしなければ、この山や山中の村はおろか、大陸規模の大被害をもたらすだろう。小国に過ぎないアレストラル王国など滅んでしまうかもしれない。正義の味方を気取るつもりは無かったが、一冒険者として見過ごすことは出来なかった。
(しかし……どういう事じゃ?チックチャックの奴は生贄は後3人必要だと言っておったし、宝珠も魂の宝珠とやらでは無いと言っておったのに……)
いまだに穴の中から体を引きずり出している超巨大ミミズを見ながらバレンシアは疑問に思っていた。足りない生贄、偽物だった宝珠、それでも目覚めた魔王、だが仮にも魔王の復活の儀式がそんなにいい加減で良いのだろか?
(……もしやこやつ……ランキラカスとして目覚めたのではないのか?)
可能性はあった。チックチャックが大穴に落とした宝珠。あれは見た限り何かしらの魔力が感じられた。それに宝珠が落ちて砕けた音がした時から巨の超巨大ミミズは動き出したように思える。
(もしかしたらあの宝珠は……何かしら目覚めさせるための宝珠だったのかもしれぬな…)
もしそうなら目の前の化け物は魔王では無い事になる。……否、そう考えることにする。本当に魔王だったならば自分一人ではまず勝ち目など無い。しかし、魔王の依り代となる巨大なミミズならば話は別だ。確かにこの巨大な大ミミズは恐らく伝説の巨大大喰い蟲だろう。正直一人で相手をするのは無理がある相手でもある。それでも魔王そのものを相手にするよりはいくらかましだった。
「さて……妾もそろそろ腹を括らねばいかんな」
そう言うとバレンシアは崩れていなかった天井の陰から飛び出した。
「ランキラカス……いや、巨大大喰い蟲よ!妾の最後の晴れ舞台じゃ!とくと拝むが良いわ!…オズー・オフォフ・アルオド…『ドラゴフォーゼ!』」
魔法の発動と共にバレンシアの身体が再び光に包まれる。そして光は膨れ上がりはじけて消えた時、その姿は8mを超える青鱗の竜の姿になっていた。
(この禁呪を…この短時間に2度も使う事になろうとはのう……妾の身体よ、もってくれよ……)
バレンシアはそのまま翼を羽ばたかせた。竜の翼で巨大大喰い蟲の頭部まで近寄る。巨大大喰い蟲はバレンシアの接近を感じ取ったのか身体を蠢かせながらその巨大な口と触手をバレンシアの方へと向けた。
(知性のかけらも感じ取れぬな……やはり魔王そのものではないのか…)
実際のところ、本物のランキラカスに知性と呼べるものがあるのかどうか、文献にも書かれておらず謎ではあったのだが、仮にも魔王と呼ばれるものがただ本能のままに暴れる怪物だとも考えにくい。やはりこの巨大大喰い蟲は魔王の器でしかないのだろうと考えた。
「消え去ってもらうぞ、魔王の器よ!」
次の瞬間バレンシアは口から凄まじい水のブレスを吐き出した。最初から手加減など無し、全力で一気に決着をつけるべきだ。
凄まじいブレスを放ち続ける。その水の激流は確かに巨大大喰い蟲に当たっているが、それほど相手が苦しんでいるようにも見えない。
「はぁ…はぁはぁ……ブレスはあまり効いておらぬか……ならば!」
バレンシアはそのまま一気に急降下すると、巨大大喰い蟲の身体にその鋭い爪を振り下ろした。青鱗のリザードマンのバレンシアだが、今は魔法で竜化している。その鋭い爪はその一本一本が長剣のような長さと鋭さがある。その鉤爪を両手で何度も連続で振り下ろした。
ガァン!ガン!ガガガ!ガツン!
巨大大喰い蟲の岩の様な皮膚にバレンシアの鋭い鉤爪が何度も振り下ろされる。その鉤爪による連撃は巨大大喰い蟲の表面をいくらか削っていき………それだけだった。
「バ、バカな!何と言う皮膚の固さじゃ!」
驚愕の声を上げるバレンシア。巨大大喰い蟲の皮膚はほとんど傷ついていなかったのに対し、バレンシアの両手の鉤爪は先が割れ、あるいはヒビが入っていた。
「だがまだじゃ!まだ妾は戦える!」
バレンシアは叫ぶと、そのまま巨大大喰い蟲の身体に一気に噛み付いた。巨大大喰い蟲のあまりの皮膚の固さに歯が折れそうになる。それでも強引に噛み付き続け、顎に力を加える。
バキィン!
音を立てて何本か牙が砕ける。たった一度、強引に噛み付き続けただけですでに歯はボロボロになっていた。それでもバレンシアは諦めず鉤爪を振るい続ける。同時に水のブレスも撃ち出し、巨大大喰い蟲の身体に少しでもダメージを与えようとしていた。
(何故じゃ⁉こ奴、何故これほどまでに固い皮膚を持つ⁉)
あまりの皮膚の固さに戦慄を覚えるバレンシア。これまでの自分の攻撃をこの巨大大喰い蟲は蚊が刺した程にしか感じていないのかもしれない。思わず本当は魔王そのものが復活しているのではないかと考えてしまうが、やはりその考えは否定する。この巨大大喰い蟲からは本能の赴くままの圧倒的な暴力性は感じられたが、魔王が持つであろう禍々しさは感じられなかった。しかし、それでもこの巨大大喰い蟲は圧倒的な力を持っていた。
「ならば……これでどうじゃ!」
再び上空に飛翔するバレンシア、そして口を大きく開けて力を溜め込んだ。
ドゴオオオオオオオ!
凄まじい水のブレスが巨大大喰い蟲の顔面を直撃する。ほぼ口と触手しかない顔の部分だが、そこならば胴体よりも皮膚が薄いのではないかと考えたのだ。また、うまく口から体内にブレスを叩き込めば有効打になるとも考えていた。
ブレスは巨大大喰い蟲の頭部に当たり、触手が蠢きだす。それを見たバレンシアはさらにブレスを渾身の力で撃ち出した。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」
初めて巨大大喰い蟲が叫び声を上げる。聞く者を不快にさせるその金属音の様な叫びを聞き、バレンシアは今の攻撃が有効打だったと悟る。
有効打であったと悟りそして、その瞬間……油断した。
「シャアアアアアアアア!」
ドドドドドドドド!
「………グフッ!」
……巨大大喰い蟲の無数の触手が伸びていた。それは伸びて………青き鱗の竜の身体を無数に貫いていた……。
ズルリ……。
バレンシアの身体を貫いた無数の触手が引き抜かれる。貫かれた身体からは血が流れ出し、自身も「ゴフッ!」と血を吐いてしまう。血の流出と共に体の力が抜け思わず落下しそうになるバレンシア。それでも何とか翼を羽ばたかせて体勢を整える。
「お、おのれ……化け物め……」
憎々しげに呟くバレンシア。それでも何とか次のブレスを撃つべく力を溜める。そうしてバレンシアの動きが止まった瞬間、巨大大喰い蟲は再び触手をバレンシアに向かって伸ばしていく。
「うぬ!」
思わず距離を取り触手を回避するバレンシアだったが、触手はしつこくバレンシアを追い回してきた。
思わず飛び回りながら逃げ回るバレンシア、逃げ回りながら、攻撃のチャンスを伺っていたが、次の瞬間ガクッと体が傾き減速してしまう。同時に頭がクラクラしてくる。
(まずい……2度のドラゴフォーゼでもう生命力が……それに血を流し過ぎたか…)
その隙を見逃さず、無数の触手がバレンシアに絡みつく。全身に絡みつきその動きを封じてきた。
「く……おのれ!」
そしてバレンシアを自身の口元に寄せるとその巨大な口をゆっくりと開く巨大大喰い蟲。その口の中の鋭い牙がギラリと光っている。その行動はどう見ても……バレンシアを喰おうとしているとしか考えられなかった。
その口の大きさだけで竜化したバレンシアよりも大きいため、一呑みにできてしまいそうだったが、次の瞬間巨大大喰い蟲の口がバレンシアの右腕と右の翼を喰い千切っていた。
「ぐわああああああああ!」
あまりの激痛に思わず叫び声を上げるバレンシア。右の腕と翼を失いもう飛ぶことが出来ない上に、触手によって捕らえられている。もはや逃げ出す術がない。
一方の巨大大いう居蟲はまるで味見だと言わんばかりの喰い付き方でバレンシアの右腕と右翼を喰い千切り咀嚼し、腹の中に納めていく。そして今度はその巨大な口を最大限に広げてバレンシアの方を向いた。
「……妾を…喰うつもりか……」
すでに満足に飛ぶこともできず、触手によって全身を拘束されている。そして目の前には自分を喰らおうとする巨大大喰い蟲の奈落の様な口。
………もう、逃れる術は無かった。
「フ、フフフ、フハハハハハハハ!…そうじゃな、すでに妾には勝ち目は無い!巨大大喰い蟲よ、煮るなり焼くなり、それこそ喰うなり好きにするとよいわ!……じゃがな!」
次の瞬間、バレンシアは残った全魔力を体の中心に集中させる。牙も爪もブレスも効かず、体中穴だらけなうえに右の腕と翼を失った自分にはもうどうすることもできない。
………一つのことを除いては……。
ゆっくりと近づいてくる巨大な口を見ながらこの旅で共に冒険し生き残った仲間に思いをはせる。
(アレイスロー、妾の方が1ランク上だというのに、臨時とはいえ面倒なリーダーを押し付けてしまったな。じゃが……一度ちゃんと酒を酌み交わしてみたかったぞ……)
(フェルフェル、何を考えておるのか分からん奴じゃったが、内に何か強い想いを秘めた奴じゃった……。時々見せるお主の笑顔…嫌いでは無かったぞ…)
(フリルフレア、妾の仇討ちに巻き込んでしまってすまなかったな……。おぬしはこのまま優しいフリルフレアでいておくれ。記憶が戻ることを祈っておるぞ……)
(ドレイク殿、同じリザードマンとして思う所は多々あったが、ドレイク殿は間違いなく妾が知る中で一番のリザードマンの戦士じゃ。フリルフレアを大切にしてやっておくれ…。そして……後は頼む!)
カッと眼を見開くバレンシア。巨大大喰い蟲のその巨大な口はもう目の前に迫ってきていた。そして口はさらに大きく広がる。バレンシアなど一口で呑み込んでしまうことは明白だった。
「ランビーよ……寂しい想いをさせてすまなかったな…妾も今、そちらに行くぞ……」
そして巨大な口がバレンシアを呑み込む。その巨大な口の中に無数に生える鋭い牙が青い鱗を突き破り、肉に到達するのを感じとりながらバレンシアは己の中に溜めた全魔力を一気に爆発させた。
ドオオオオオオオオオオオオオン!
光が弾け轟音が響き渡る。残る全魔力をもって、己の命と引き換えにバレンシアは自爆した。少しでも巨大大喰い蟲にダメージを与えるために……。その巨大大喰い蟲の口内の牙を破壊し、少しでも後に戦うものの力となるために………。
誇り高いリザードマン、青鱗の部族の竜司祭、バレンシア・ワーグナーはその命と引き換えに巨大大喰い蟲に一矢報いたのだった………。




