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第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第5話、暴かれる真実 その4

     第5話その4


 左腕の腕輪から放たれた黒い光が収まった時、そこには漆黒の全身鎧と銀色に輝く大盾、光を放つ長剣で完全武装したチックチャックが立っていた。その物々しい雰囲気から、漆黒の鎧も銀の盾も光る長剣も全て魔法の武具である事が分かる。また、鎧の上からマントを羽織っており、それからも何かしらの魔力が感じられた。

(な、何あれ⁉全部魔法の装備なの⁉)

 チックチャックのあまりの重装備に驚きを隠せないフリルフレア。しかしバレンシアはフリルフレアとは違い特に動揺もせずにチックチャックを見つめていた。

「なるほど、それがお主の本来の武装か……。さしずめ、黒騎士と言った所じゃな…じゃが」

 油断なく薙刀を構えるバレンシア、その視線は鋭くチックチャックを射抜いていた。

「いかに貴様が魔法の武具で武装しようと、後れを取る妾では無いわ!」

 次の瞬間一気に間合いを詰めるバレンシア、そのまま薙刀を振り被り気合と共に振り下ろした。それに対しチックチャックはただ何もせずに立っているだけだった。そして……。

ギイィン!

 甲高い金属音がしてバレンシアの薙刀がチックチャックの鎧にぶつかった。そしてそれを見た瞬間バレンシアの眼が見開かれる。

「な、何じゃと…?」

「どうしたバレンシア?何かおかしなことでも起きたか?」

 バレンシアの薙刀はチックチャックの鎧にぶつかり、そこで止まっていた。さらに言えば、その漆黒の鎧の表面には傷一つ付いていない。

「バ、バカな!」

 バレンシアは連続で鋭く薙刀を繰り出していく。薙ぎ払い、袈裟斬り、石突、刺突、何度も斬撃を繰り出すバレンシアだったが、チックチャックの漆黒の鎧には傷一つ付かない。

「そんなバカな……」

「無駄だバレンシア、この漆黒の鎧は我がセレド家に伝わる最強の鎧。その名も武器封じの(アンチアームメイル)。あらゆる武器による攻撃を無効化する力がある」

「武器による攻撃を無効化……じゃと?」

 そんなとんでもない鎧がこの世に存在するのかと疑いたくなるが、チックチャックが嘘をついている様子は無かった。

「ならば……これでどうじゃ!オツアフス・ンノーガ・ロド…『ドラゴンシャウト!』」

 詠唱の終了と共にバレンシアの掌から目に見えぬ衝撃波が撃ち出される。轟音を立てながらも不可視の衝撃波がチックチャックに直撃した。

 しかし、チックチャックは魔法が当たる直前に銀の大盾を構えた。そして次の瞬間凄まじい衝撃波がバレンシアを襲った。

「くああああああ!」

 叫びと共に吹き飛ばされるバレンシア。それを見たチックチャックが兜の中でニヤリと笑みを浮かべる。

「すまないなバレンシア、言い忘れていたがこの銀色の大盾は魔法反射大盾(マジックリフレクションシールド)と言ってな……あらゆる攻撃魔法を弾き返すんだ」

「く……お、おのれ…」

 よろめき乍らも何とか立ち上がるバレンシア。しかし今の一撃は相当な痛手だったのか、左手でわき腹を押さえていた。恐らく肋骨が折れたのだろう。

「あらゆる魔法を弾き返すじゃと……?この魔法を前にそんなことが言えるか⁉」

「ほう…どんな魔法なんだ?」

「偉大なる水竜ラトファイ様の津波の一部をお借りする魔法じゃ!くらうがいい!ウビーエ・ウェウル・アビーアト…『タイダルウェイブ!』」

 次の瞬間、ドドドオオオオオオオオ!と轟音を上げて凄まじい水流がチックチャックに直撃する。しかしチックチャックは再び魔法反射大盾で魔法を受け止める。そして凄まじい水流は反転しそのままバレンシアに襲い掛かった。

「うぬ!」

 襲い来る水流のあまりの凄まじさに吹き飛ばされるバレンシア。そのまま壁に激突し、倒れ込んだ。

「く……お、おのれチックチャック……」

「どうしたバレンシア?俺はまだ何もしていないぞ?お前はすでに満身創痍みたいだがな」

「く……くそ…」

 兜の奥で余裕の笑みを浮かべるチックチャック。そんなチックチャックを睨み付けながらバレンシアは薙刀を杖代わりにして何とか立ち上がった。しかし、そんな彼女の身体は反射された2度の魔法でかなりボロボロになっていた。フリルフレアから見ても正直立っているのがやっとにしか見えない。

(どうしよう……このままじゃバレンシアさん殺されちゃう!……なんとかしてドレイクが来るまで時間を稼がなきゃ!)

 本来ならば確証は無いのだが、それでもドレイクが自分たちを助けに来てくれると信じて疑わないフリルフレア。床に転がされたままで、いまだ両手足は縛られているのでほぼ何もできない状態だったが、それでもなんとか時間を稼がなければと唯一自由な口を開いた。

「ま、待ってくださいチックチャックさん!」

「何だフリルフレア?言っておくが、生贄にしないでほしいというのはなしだぞ?」

「違います!むしろ、諦めたからと言うか……冥土の土産って言うのが欲しいんです」

「……フリルフレア……?」

 バレンシアは理由は分からなかったが、フリルフレアが時間を稼ごうとしている事に気が付いた。そしてそれならば、自分のするべきことは一つだと考えた。……すなわち、体力とダメージの回復。

「ノフ・シエル・エネ・ジイル…『リジェネレーション』」

 こっそりと小声で呪文を詠唱するバレンシア。この魔法で己の身体の治癒能力を高める。そしてダメージを回復しながらチックチャックの隙ができるのをじっと待つことにした。

「冥土の土産……だと?」

「そうです!自分が生贄にされる計画の内容も知らないんじゃ、成仏できませんよ!」

「………内容?」

「だって、分からない事だらけなんですもん!あなたはどうしてオルグさんのふりをして彼に罪を擦り付けようとしたのか?とか、結局冒険者行方不明事件とこの神殿の関係は?とか……」

「……ふむ…」

 フリルフレアの言葉にチックチャックは少し考え込むと、そのまま長剣を一旦鞘へと納めた。

「時間稼ぎのつもりか……まあいい、乗ってやろう」

「え⁉ほ、本当ですか……?」

 チックチャックの言葉に驚きを隠せないフリルフレア。てっきり適当にあしらわれると思っていただけに、その心境は複雑だった。喜んでいいのかどうだか……?

「それで?何を訊きたい?」

「え、え~と……そうだ、どうしてオルグさんのふりをしていたんですか?」

「フン、そんな事か。そもそもあのオルグという男は自称していた『仮面の名探偵』でも何でもない。ただのヘボ探偵だ」

「ヘボ探偵⁉」

「そうだ。大金につられて俺に雇われただけの男だ。そして見た目のインパクトを強くするためにあの服装と仮面を着けさせた」

「仮面を……着けさせた?」

「そうだ。あの仮面は本来俺の物、顔を変化させる魔法がかかっていたので俺の身代わりになってもらった。……まずあの晩、オルグに空気の読めない行動をさせて孤立させ、居なくなってもおかしくない状況を作った。そしてその日のうちに殺害し、死体を崖の下にセットする。最後に仮面の魔力で俺の顔を作って完成だ。そして俺はレッサーデーモンに抱えられて着陸した後物陰に隠れて潜んでいた。そしてお前たちはまんまと騙されオルグの死体を俺の死体と勘違いした訳だ」

「でもそれに違和感を感じた人がいたんですね?」

「そうだな、それがランビーだ。ランビーは夜中にオルグの死体を掘り返して調べようとしたからな、流石の俺も焦ってその場で殺してしまったよ」

 悪びれもせずにそう言うチックチャック。それを聞いたバレンシアは拳をギリッと握りしめた。怒りで我を忘れそうになる。だが、まだダメージは回復しきっていなかった。チックチャックを鋭い目つきで睨み付けながらも、唇を噛み耐え忍ぶバレンシア。

「ランビーよ……すまぬ…」

 ただ、亡くなった弟分に対しての謝罪の言葉だけが静かに口をついていた。

「それで……結局この神殿と冒険者行方不明事件って関係があるんですか?」

「ああ、あるさ。……そもそも山中に村ぐるみで追いはぎや人身売買を行っているバイル村という村があってな」

「え⁉バイル村⁉」

「ん?……どうした?」

「あ、えっと……いえ、何でもありません…」

 本当にバイル村が行方不明事件に関与していたらしい事実に思わず動揺してしまうフリルフレア。もしかしたらもっと懲らしめておいた方が良かったのかもしれないと思いながら、それでも先を促した。

「その村で捕らえた旅人や低レベルの冒険者を買い取って贄として捧げてきた。それ以外にも、この俺や俺の弟たち自ら冒険者を襲い、捕らえて贄として捧げてきたのだ。流石に冒険者相手となると正面からでは分が悪いんでな、今回の様に仲間のふりをして近づき不意を突いて捕らえたりしていた」

「それじゃ……今回も皆さんを生贄にするために仲間のふりをしていたんですか……?」

「半分正解で半分外れだ。冒険者に手を出し過ぎたせいで冒険者行方不明事件として大々的に広まってしまったからな、調査の邪魔、もしくは真相に辿り着きそうなら全員始末するつもりだった」

「始末するつもりだったからついでに生贄にしてしまおうと?」

「まあ、そんなところだ」

「そして、そこで私とドレイクが合流してきた」

「その通りだ。お前を見た時は正直感動したぞ!後3人で100人の生贄が揃うというときにお前のような美しい翼を持つ娘に出会えるとはな!俺はぜひお前を最後の生贄にしたくなった」

 そう言うとチックチャックはフリルフレアの髪を掴んで自分の方を向かせた。すぐ目の前にあるチックチャックの顔に思わず顔を背けるフリルフレア。

「フッ、嫌われたものだな」

「当たり前です!」

 チックチャックはフリルフレアの髪から手を放すと、長剣を抜き放った。

「さあ、時間稼ぎはこれくらいで良いだろう⁉少しは回復したのか?バレンシア!」

「ほざくが良いわ!チックチャック!」

 まだ傷は癒え切っていないだろうがそれでもバレンシアはしっかりとした足取りで立つと、薙刀を構えた。

「待ってください!最後にもう一つ!」

「何だフリルフレア?」

「どうしてオルグさんを雇ったんですか?何のために彼を……?」

「オルグ?別に、俺の身代わりとして雇ったに決まっているだろう?」

 チックチャックの言葉にフリルフレアは首を横に振った。

「言い方を変えます。何であなたはオルグさんという人物を無駄に死なせる作戦を立てたんですか?別にオルグさんがいなくても、仲間のふりは出来ますよね?別に自分の死を偽装しなくてもこの作戦は実行できましたよね?」

「何だ、そんな事か。別に、俺が死んだことにした方が動きやすいと思っただけだ。後は……その方が面白いだろう?」

 チックチャックのその言葉を聞いた瞬間、フリルフレアは唇を嚙みしめた。良く分かった、この男が人の命を何とも思っていないことを……。

「チックチャックさん……あなたは…クズです」


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