第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第5話、暴かれる真実 その2
第5話その2
「バレンシア………貴様何故ここに?」
突如現れたバレンシアに不快感を露わにするオルグ……否、チックチャック。
「何じゃチックチャックよ。妾がここに居るのがそんなに不思議か?」
「俺はお前が上の階へ登っていくのを確認して連続トラップを作動させたんだ。いくらお前でもこの短時間であの連続トラップを掻い潜って2階を調べるのは不可能のはず……」
そう言ってバレンシアを睨み付けるチックチャック。それに対しバレンシアは怒りの形相のまま吐き捨てるように言い放った。
「何じゃそんな事か。別に不思議でも何でもないわ、何故なら妾はもとより2階になど行っておらぬ」
「何だと?」
「妾はな、ランビーを殺したのは今回の依頼に関係する人間じゃと踏んでおった。そしてこの神殿で何かしら仕掛けてくる可能性もあると踏んでいた」
「……………何?」
「じゃからあえて分散しおぬしらの油断を誘おうとしたんじゃ。そして、フリルフレアがついて来てくれたんで、ついでに囮になってもらおうと考えたんじゃ」
「え………私、囮だったんですか?」
「すまぬなフリルフレア……。これもひとえに妾がランビーの仇を討つためじゃ」
思わずバレンシアを凝視するフリルフレア。囮にするなら何か一言ぐらい言ってくれても良かったのに……。そう思いつつも、バレンシアの気持ちが分からないでもなかった。
自分も弟のピータスの仇とも言えるバルゼビュートという悪魔を倒したいと考えた事がある。結局自分では力及ばず、ドレイクの手によって仇は討たれたのだが、それでも自分の手で決着を付けたかったと思ったのも事実だった。
恐らく今のバレンシアは依頼のことなど考えていないだろう。彼女の言っていた使命とはランビーの仇を討つことに違いない。それはもしかしたら間違った行動だったのかもしれないが、フリルフレアはバレンシアを責める気にはなれなかった。
「ランビーか……余計なことに気が付かなければ死なずに済んだものを……いや、どちらにしろ贄として捧げられていたから結果は変わらんか」
ランビーの事を思い出したのだろうか、小馬鹿にしたように鼻で笑うチックチャック。その様子に薙刀を握りしめるバレンシアの手がギリッと鳴る。
「しかしバレンシア。俺を見た時に特に驚いていなかったようだが……まさか…俺を疑っていたのか?」
「疑っていたのではない、確信していたんじゃ」
そう言うとバレンシアは懐から何かを取り出した。掌を広げるとそこにあったのは血で濡れた小さな石だった。
「何だそれは?」
「……あ!それって……」
チックチャックは何だか分かっていなかったようだが、フリルフレアにはそれが何だか分かったようだ。
「そうじゃ。死の間際にランビーが口に含んだ白い小石……ランビーから妾へのメッセージじゃ!」
そう言うとバレンシアは小石を握りしめた。バレンシアの脳裏にはランビーの遺体が浮かんでおり、彼の無念を噛み締めていた。
「これはな…妾にもしもの事があったときに、その犯人を知らせるための暗号として考えたものじゃ」
「……暗号?」
フリルフレアの言葉にバレンシアは頷いた。
「そうじゃ。例えば人間に殺されたならば口に何かを含む、魔物に殺されたならば手で何かを掴むなどじゃ。そしてその掴んだり口に含んだりする物は、相手の第一印象から感じ取った色の物じゃ」
「……どういう事だ?」
分からないと言いたげなチックチャックに、バレンシアは少し小馬鹿にしたような表情になったが、すぐに寂しそうな表情に変わった。
「正直に言えば暗号としては未完成なんじゃよ。もっと突き詰めなければ暗号としては成り立たぬ。未完成のまま忘れておったが、ランビーは今際の際に思い出したのじゃろう……」
バレンシアはランビーの最後を想い歯を食いしばり拳を握り締めた。
「つまりランビーはこう知らせたかったんじゃ……自分を殺したのは人間で…白い印象を受ける人物………なあ、そうじゃろう?…白騎士よ!」
そう叫ぶと薙刀をチックチャックの方へと突きつけるバレンシア。
「そ、そっか!チックチャックさんは……白い鎧を着ていたし、ドレイクにも白騎士って呼ばせてた!」
「そうじゃ!それこそがランビーが知らせたかった真実じゃ!」
バレンシアの言葉を半ば呆然と聞いていたチックチャック。しかし、すぐに笑い声をあげると顔を押さえて盛大に笑いだした。
「くく、くははは……あーはっはっはっはっは!そんなこじ付けみたいな理由で俺に辿り着いたというのか⁉これは傑作だ!」
「何がおかしい!チックチャック!」
バレンシアが怒りの感情をあらわにするが、チックチャックは気にも留めずに笑い続けていた。
「ならばあの死体は何だというんだ?お前らが埋葬したチックチャックの死体は!」
「あ!そうか…あの時チックチャックさんの遺体は埋葬して……」
思わずゾッとしてフリルフレアが傍らのチックチャックを見上げる。もしや隣にいる男は脚が無いのでは⁉と思ったが、チックチャックはしっかりと地面を両脚で踏みしめていた。
「何を言っておる。おぬしがこうして生きている以上、あの死体はオルグ以外にあるまい」
「え⁉……あ、あっちがオルグさん⁉」
「そうじゃ。オルグが居なくなったと言っていた前の晩、恐らくこやつは先にオルグを殺害しておったんじゃ。そして仮面を奪い白い鎧を着せ、谷底に放置しておいた。そして幻覚の魔法か何かで顔を自分の顔に化けさせたのじゃ」
「なるほど……じゃあ、俺はどうやって都合よく谷底から生還したんだ?」
挑発するような言い方のチックチャックの言葉に、バレンシアは奥歯を鳴らした。
「これだけ大掛かりな計画を行っておるんじゃ。おぬし、部下か仲間がおるな?そして恐らくその中に魔物使いがおる」
「ほう……」
「あのレッサーデーモンやグレーターデーモンはおぬしの仲間が操っていたものじゃ。そして、レッサーデーモンごと谷底に消えたと思われていたおぬしは、そのままレッサーデーモンに抱えられて無事に着陸し、オルグの死体を自分の死体に偽装したんじゃ!」
「なるほど、筋は通っているな」
「じゃが、妾達がその死体を埋葬しようとした時に不審な点を見つけた者がおった。それがランビーじゃ!ランビーは恐らくあの死体がチックチャックの物でないと気が付いたんじゃ!じゃからお主に殺された!」
チックチャックを睨み付けるバレンシア。その視線は人が殺せそうなほど殺気が含まれていた。
「さらに言えば、その後出てきたマンイーターも恐らくおぬしら一味に仕業じゃ!死体がオルグだとバレぬように操ったマンイーターに喰わせたんじゃな!」
そう言って再び薙刀を突きつけるバレンシア。一方チックチャックは興味深そうに話を聞いていたが、ついに耐えられなくなったのか盛大に笑い始めた。
「あーはっはっはっはっはっはっは!なかなか見事な推理だバレンシア!実に惜しいものだ、貴様のような女は俺の部下に欲しいくらいだからな!」
ひとしきり楽しそうに笑うとチックチャックは急にまじめな顔つきになり、バレンシアを睨み付けた。
「しかし貴様は我が理想には賛同しないだろう。ならば道は二つに一つ、生贄か、死か」
「何じゃと?」
「幸いにもすでに捧げた96人の生贄と、ランキラカス様を操ろうとした愚かなる魔導士ラパーサを餌として捧げた。合わせて97人の贄を餌として捧げている。残るは3人、アレイスローとフェルフェルを捧げ、最後にこのフリルフレアを捧げることで贄は100人に到達する」
「チックチャックよ、何が言いたいのじゃ?」
「簡単な話だ。貴様やドレイク・ルフトの様な危険人物を無理に生け捕りにする必要は無いと言う事だ」
そう言うとチックチャックは左腕を掲げた。そこには装飾の施された腕輪がはめられている。
「さあ、処刑タイムだ!」
チックチャックの左腕の腕輪が輝き始め、そこから黒い光とでも言うべきものがあふれ出した。そしてそれらはチックチャックを包み込んでいた。




