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第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第1話、とある村の出来事 その5

     第1話その5


「グーグー……」

 納屋の中にドレイクのいびきが響き渡る。積み上げられた藁の上に何故かうつ伏せで直立の姿勢のまま倒れ込んだドレイクは豪快にいびきをかいていた。

 微塵も遠慮をすることなく料理を平らげたドレイク。バルカスとセットンがやたらと酒を勧めてきたことと、二人が殆ど料理を食べていなかったことが少し気になったが、空腹には勝てずその料理のほとんどを胃の中に収めた。フリルフレアも何か遠慮しながら食べていたうえ、自分を睨みながら顔を赤くして恥ずかしそうにしていたがあまり気にしなかった。

 そして食事を終えたドレイクは眠気を催し、納屋に入るとそのまま藁の上に倒れ込み盛大にいびきをかき始めたのだった。

 それなりの広さを誇る納屋の中、ドレイクのいびきだけが響き渡っていた。

ガチャリ。

 音を立てて納屋の扉が開かれた。そしてコソコソと数人の人影が納屋の中に入り込んでくる。

 入り込んできた人影は各々手に何か棒状の物を持っていた。よく見ればそれはら鍬や鎌、手斧や鉈などである事が分かる。そしてその人影達は恐る恐る忍び足でうつ伏せで寝息を立てているドレイクの元に近寄っていった。その数は総勢6人。

 そしてその6人はドレイクを取り囲むようにズラリと並ぶ。

「お、おいこのリザードマン……」

「何だ。…起きちまうからもっと小声で話せ」

「あ、ああ」

 男の一人が上げた声に、別の男が注意を促す。どうやら男達は隠密行動の最中のようだった。

「でもこのリザードマン……何でこんな直立でうつ伏せで寝てるんだ?」

「そんなの俺が知る訳ないだろう!」

 男の疑問にさらに別の男が答える。もっとも男達は声を低くし小声で喋っていたのだが。

「恐らくこのリザードマンは馬鹿なんだ。とにかくさっさと()っちまうぞ!」

 馬鹿と直立の姿勢でうつ伏せで寝ることに何の関係があるのかは不明だったが、とにかく男はそう言うと手に持った鎌を握りしめる。

「でもよ、起きたりしないのか?」

「モーリスの奴が作った特製の睡眠薬入りの酒をしこたま飲んだって話だ。ちょっとやそっとじゃ起きないさ」

「けどよ。暴れられたら困るからなるべく一撃で仕留めた方が良いんじゃないか?」

「そ、そうだな」

 口々に言う男達。男たちの取り囲んだ藁の上ではドレイクが未だにいびきをかいている。

「おい!殺すときは慎重に……首だけを狙えよ」

「分かってるって」

 男の言葉に、鎌を持った男が慎重に狙いを定めている。

「変な所に傷をつけるなよ。村長はこいつを殺して剥製にするつもりらしいからな」

「でもよ……リザードマンの剥製って実際どう思う?」

 手斧を持った男の言葉に、男達は一様に首を傾げる。

「赤い鱗のリザードマンなんて珍しいのは分かるが……剥製なんて面倒なことしなくても、見世物小屋にでも売れば良いんじゃないのか?」

「でも村長は殺して剥製にするって……」

 その時鍬を持った男が分かったとばかりに手を打つ。

「そうか!このリザードマンはこれだけのガタイの良さだ!暴れられたら厄介だから殺して剥製にしようと考えたのかも!」

「な、なるほどな……」

 鍬を持った男の言葉に、鎌を持った男が頷く。

「もう一人のバードマンは小娘だって話だが、こいつは明らかに戦士だろうからな」

「確かにな……いくら冒険者ランク2でも、こんなごついリザードマンに暴れられたらこっちもケガじゃ済まないかも知れないもんな」

「それもそうだな」

 口々に納得する男達。そして鎌を持った男が改めてドレイクの首に狙いを定める。そして鎌を持つ手を大きく振り上げた。

「一発で決めろよ」

「分かってる」

 そして男は手に持った鎌を勢い良くドレイクの首へと振り下ろした。

ガキィン!……ヒュルルルル…カランカラン……。

 金属音が響き渡り、何かが飛ぶ音の後床に何かが落ちる乾いた音だけが響いた。

 鎌を持った男、否……鎌を持っていた男は鎌を振り抜いた姿勢のまま呆然とその手元に視線を移す。そこには刃が半ばで折れてしまった鎌の成れの果てがあった。

「………は?」

 男の口から疑問の声が上がる。目の前で起きたことが信じられないようで、目をパチクリさせながら自分の手元とドレイクの首筋を交互に見比べていた。周りの男達も目をまん丸くしてドレイクの方を見ている。

「ぐーぐー」

 ドレイクのどこかわざとらしいいびきが聞こえる中、男たちが騒ぎ始める。

「ど、どういうことだ⁉なんで鎌が折れた⁉」

「鎧は…着けて無いよな」

「じゃあ何か⁉リザードマンの鱗程度に鎌が耐えられなかったって言うのか⁉」

「落ち着けよ!もしかしたら外しただけじゃないか?」

「外すって言ったってその下は藁だぞ⁉なんで鎌が折れるんだ⁉」

「そうか!こいつもしかして藁の中に何か隠し持っているんじゃ!」

「それだ!」

 言い争っていた男達だったが、納得したのか再びドレイクに向き直る。そして鎌を持っていた男は一歩下がると、代わりに鉈を持った男が前に出る。

「今度は慎重にやれよ」

「任せろって」

 鍬を持った男の言葉に鉈を持った男はそう答えると、ドレイクの首のすぐ横に来た。そして鉈を振り上げる。

「悪く思うなよリザードマンのあんちゃん!」

 言葉と共に鉈がドレイクの首へと振り下ろされた。

ガキィィィン………ガシャンガシャン。

 振り下ろされたはずの鉈は弾かれて宙を舞い、男たとの後方に落下した。信じられない様な物を見る目で鉈を振り下ろした男が自分の手の中を見る。もちろん手の中にはすでに鉈は無かった。

 そして次の瞬間赤い何かが閃き、バキィ!音を立てて凄まじい勢いで鉈を持っていた男の胸に当たり、その身体を一瞬で吹き飛ばした。

ドゴォォォン!

 吹き飛ばされた男が轟音を立てて壁にぶつかりそのまま床に倒れ込む。一瞬で吹き飛ばされた男は白目をむいて倒れていた。

「「「…え⁉」」」

 男たちの声がハモる。突然のことに何が起きたのか分かっていない様子だった。それでも取り囲んでいるドレイクに視線を向ける男達。

「ぐーぐー」

 先ほどから繰り返されるわざとらしいいびき。相変わらずうつ伏せのまま直立の姿勢で寝ているドレイクだったが、その尻尾がユラユラと揺れている。

 そして次の瞬間、尻尾が凄まじい速度でうねりを上げて男の一人の顔面に直撃する。

「ぶべろ!」

 悲鳴を上げて吹き飛ぶ男。男は先ほどと同様ドゴォォン!と轟音を上げて壁にぶつかる。そしてそのまま泡を吹いて倒れ込んだ。どうやら先ほどの赤い閃きも、尻尾による一撃だったようだ。

「な、何……?」

 鍬を持った男が呆然と呟く中、ドレイクがゆっくりとその身体を持ち上げた。そしてそのまま起き上がると、面倒くさそうに首をゴキゴキと鳴らしながら大きな欠伸をし、その後大きく身体を伸ばす。そして男達に視線を向けた。

「それで、何の用だ?」

 ドレイクの言葉に男達が一歩下がる。ドレイクが起きていることが不思議でならない様子だった。

「バ、バカな……お前…睡眠薬で寝ているはずじゃ……」

「睡眠薬?」

 男の言葉にドレイクはそう言いながら欠伸をした。

「何のことか知らんが、飯を食って満腹になったら眠くなったのはそのせいか?」

 ドレイクの問いに男達は答えなかった。そしてそのまま騒ぎ出す。

「クソ!モーリスの奴、睡眠薬の調合に失敗したんじゃないのか⁉」

「こいつ、いつから起きてやがったんだ!」

「それよりどうするんだ⁉もう二人やられちまったぞ!」

「大丈夫だ!相手は冒険者ランク2だろう!それに丸腰だ!」

「そうだ!こっちはまだ4人いる!」

 口々に言う男達。そして結論が出たのか各々、得物を持ってドレイクを取り囲む。残った男達はそれぞれ、鍬、手斧、棍棒、鋤を持っていた。

「どんな手品を使って鉈を防いだのかは知らないが、覚悟してもらうぜ」

 手斧を持った男が凄みを利かせる様に言ってくる。その手の中の手斧がギラリと光っていた。そして男達は一斉にドレイクに襲い掛かって来た。

「「「うおおおお!」」」

 男達が一斉の己の得物を振り下ろす。

ガシ!ガツ!バシ!ギィン!

 4つの音が響き渡る。男達が得物を振り下ろした音だったが、それは別段ドレイクに対して有効打となるものでは無かった。

「な、何だと……?」

 驚きのあまり手斧を持った男から驚愕の声が上がる。男達が振り下ろした得物、だが鍬と鋤は振り下ろしきる前に柄の部分を掴まれて止められており、その柄を掴んだままの腕に棍棒と手斧が防がれていた。特に手斧を防いだ手に傷一つ付いていないことに男達から驚愕の声が上がる。

「どういうことだ⁉確かに斧は当たって…」

「その斧鈍らなんじゃないのか⁉」

「だからって、傷一つ付かないなんておかしいだろ!」

 騒ぎ始める男達。その様子にドレイクはため息をついた。

「あんたら何のつもりか知らないが、俺の鱗に傷を付けたかったらもっとましな得物を持ってくるんだな。こう見えて俺の鱗はミスリル並みに固いんだ」

「ミ、ミスリル並み⁉」

 鋤を持った男が驚愕の声を上げる。しかし、鍬を持った男がそれを諫めた。

「バカ!そんなのハッタリに決まっているだろう!ミスリル並みに固い鱗なんて聞いたことも無い!」

 そう言ってドレイクが手放した鍬を手元に引き寄せる男。再び鍬を振り上げる。

「それに何度も言うがこいつは所詮冒険者ランク2!4人がかりならいくらでも…」

「ランク2?……ああ、そうか。勘違いさせといて悪いんだが……」

 男の言葉を聞いたドレイクはそう言うと懐から冒険者認識票を取り出して男達に見せつけた。もちろんランクが見えるように。

「冒険者ランク2はフリルフレアだけなんだ。俺のランクは13だ」

「「「…………は?」」」

 男たち4人の声がキレイにハモる。そして男達の視線がドレイクの冒険者認識票に集中した。そこに書かれた13と言う数字に気圧されるように男達が一歩、また一歩と下がっていく。

「ハ……ハッタリだ……冒険者ランク13なんて奴がそんじょそこらに居る訳が…」

「で、でもこいつ……鱗も硬いって……」

「そ、それも含めてハッタリだ!」

 言いつつもジリジリと後退りする男達。明らかにドレイクに対して脅威を感じていた。

「それにランク13なんてベテラン冒険者が、こんな村に迷い込むか!きっと無名の駆け出しが調子に乗ってハッタリかましてるだけ…」

「無名……ねぇ……。これでも、冒険者ランク13の赤蜥蜴ってそれなりに有名なんだが…」

「あ、赤蜥蜴⁉」

 ドレイクの呟きに、棍棒を持った男が悲鳴に近い声を上げる。その身体はブルブルと震えだしていた。

「お、俺……聞いたことがある…赤蜥蜴って呼ばれてるリザードマンの話……」

「な、何?」

「た、確か……それまで殺してきた人や魔物の血で体が赤く染まったって……」

 棍棒を持った男の言葉に、男達がどよめく。どうやらドレイクにとっては言い掛かりも甚だしい噂なようだが、男達は信じてしまった様だ。そんな男たちの様子に「まあいいか」と呟くドレイク。

「さて、それじゃお前ら何を企んでるのか訊かせてもらおうか」

 そう言うとドレイクは指と首の関節をボキボキと鳴らすと男達に近寄っていく。今までドレイクを取り囲んでいた男達はいつの間にか一か所に集まり、すでに逃げの態勢に入っていた。

「少し、痛い目見てもらうぜ」

 そう言うとドレイクは男達に襲い掛かった。逃げ惑う男達を掴んでは投げ飛ばす。その様子はさながらドレイク無双であり、男達は一瞬で叩き伏せられていた。

「あ、いけね。何企んでるか訊くんだった」

 全員伸びてしまったため、どうしたものかと考えるドレイク。だが、次の瞬間ドレイクの頭の中に突然フリルフレアの映像が流れ込んできた。

(これは⁉……以前にもあった、あれか⁉)

 頭の中の映像に意識を集中するドレイク。それは以前フリルフレアが連れ去られた時などにドレイクの中に流れ込んできた映像と酷似していた。

 目を瞑って映像を確認する。その中では、村長のバルカスと息子のセットン、そして村の入り口にいたモーリスの3人がフリルフレアを押さえつけて縛り上げているところだった。

 どうやら何処かに監禁するつもりらしく、直接的に危害を加えることはなさそうだったが、フリルフレアを奴隷商人に売ろうとしている事が分かった。

(ここは……フリルフレアが泊まっている部屋か?)

 部屋の作りからして恐らくそうだろうと考える。そして同時に、その映像のおかげで男達が襲い掛かって来た理由が想像できた。

(恐らくこいつらは今までにもこうやって旅人や低ランクの冒険者を捕らえて、金品を奪ったり、奴隷商人に売ったりしていたんだろう)

 確かにフリルフレアの外見ならば、奴隷商人も高く買い取るだろう。翼は美しいし、ロリコンに対する需要もあるからだ。

 なるほど、男達が睡眠薬がどうのと言っていたのも、恐らく食事の中に睡眠薬を盛っていた為だろう。自分の眠気が睡眠薬によるものかどうかは分からなかったが、これで男達の言葉にも納得がいく。

 しかし、ここでドレイクは全く関係ないことに考えが及んでいた。

(しかし、この映像も…3回目か?一体何なんだ?…………もしかしてフリルフレアの奴なんか俺に呪いでもかけたんじゃないだろうな…?)

 フリルフレアが聞いたら、濡れ衣だよ!と騒ぎそうなことを考えながら、さて…どうやってフリルフレアを助け出そうかと考え始めたドレイクであった。


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