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第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第5話、蘇生の炎 その1

     第5話、蘇生の炎


     第5話その1


 その少女はとても可愛らしい少女だった。クリッとした青い瞳、サラサラした長い金髪、背中の小振りな翼は白鳥の翼の様に純白、それら全ても相まってまるで天使のような可愛らしさだった。

 だが、そんな美少女が今いるのは凶悪な獄魔獣の目の前。少女は震えながら自分の目の前にそびえ立つ巨大な魔獣を見上げていた。

「……あ……あ………いや………」

 あまりの恐怖にまともに声を発することもできない。口は開いたまま閉じることも出来ずヒューヒューと掠れた様な呼吸音を出している。つぶらな瞳からは涙がとめどなく溢れ出し、全身の震えが止まらない。そして腰を抜かしてへたり込んでしまっている尻の下には水溜りが出来ていた。あまりの恐怖に粗相をしてしまったのである。だが、仮に粗相をしてしまったからと言ってこの少女を誰が責めることが出来ようか。仮に大人であったとしても同じ状況になれば見苦しい姿を晒してしまいかねない。ましてや10歳位の年端もいかぬ少女だ、その胸に押し寄せる恐怖は計り知れなかった。

「……た……助け……て………」

「ギョアアアワワワワアアアアアアア!」

 少女のか細い呟きの様な願いは無情にもザンゼネロンの鳴き声にかき消されてしまった。

 そしてザンゼネロンの凶悪な顔がまるで笑みを浮かべるように歪んだ。その巨大な嘴の端が確かに吊り上がり邪悪な笑みを浮かべる。それは目の前に恰好の餌がありそれを見つけたことにより自然にこぼれた笑みだったのかもしれない。だがその笑みは見る物を恐怖に陥れる残虐な笑みだった。

「キョワアアアアアアガギャアアアエエエエエエエ!」

 ザンゼネロンが再び聞く者の精神を蝕むようなおぞましい鳴き声を上げる。

「ぐああああああ!」

「うう…ああああああ!」

 先ほどよりも至近距離で鳴き声を聞いてしまったアレイスローとフェルフェルが悲鳴を上げながら両耳を押さえる。そしてその後方ではローゼリットとスミーシャが片膝をつき耳を押さえていた。

「ヤロウ!舐めやがって!」

 ザンゼネロンの鳴き声の影響をさほど受けていないドレイクだったが、先ほどザンゼネロンに踏み潰されたダメージは回復しきっていない。それでも何とか瓦礫から這い出して来る。そして圧し掛かる瓦礫を弾き飛ばし大剣を構えた。だが、すでにザンゼネロンとはかなりの距離がある。

 そしてそうしている間にザンゼネロンはその巨大な手をバードマンの少女に伸ばしていた。その恐怖を掻き立てる様な醜悪にしておぞましい顔を笑みに歪ませ、ザンゼネロンの手が少女を掴もうとしている。実はザンゼネロンは人間種の臓物が好物なのであり、その中でも特に若い女の内臓が一番の好物だった。だから少女はザンゼネロンにとって最高の餌だったのだ。それに子供の場合は体も小さく骨もそこまで硬くないことから頭から丸ごとかじることもある。頭から食べられる子供と言うのもザンゼネロンにとっては好物の一つだったのだ。そんなザンゼネロンの凶悪な手が少女を捕らえようと伸ばされてきている。

「……あ………あ………やだ………」

 腰を抜かしながらも少女が必死に首を横に振る。何とか逃れようと必死に腕だけで後退る。腰が抜けているため逃げられるのはほんの僅かだけだがそれでも少女は必死に逃げようとした。

「待ちやがれこのクソ魔獣が!」

 口汚く叫びながらドレイクがザンゼネロンに向かって全速力で駆け出していく。あんな年端もいかない少女を犠牲にすることは出来ない。だが、ドレイクから少女まではあまりにも距離がありすぎる。そして他の4人、ローゼリットとスミーシャ、アレイスローとフェルフェルも何とか立ち上がったが、先ほどのおぞましい鳴き声の影響ですぐには走り出せずにいた。それでも何とか駆け出したローゼリットだが頭がクラクラしバランスを崩しかけている。スミーシャに至っては実際にバランスを崩して転倒してしまっていた。

「クソ!」

「ダメェ!」

 ローゼリットとスミーシャの叫び声が響き渡る。

 アレイスローも駆け出すのを諦め魔法を撃とうとするが先ほどの頭の中を掻きまわすような鳴き声のせいで精神が集中できなかった。フェルフェルもザンゼネロンに対し3連装式速射クロスボウを撃つが、集中しきれていないのか矢はまともに当たらなかった。

「このままでは!」

「…逃げて…!」

 アレイスローとフェルフェルの叫びは少女までは届かない。そうしている間にもザンゼネロンの手は少女の眼前に迫っていた。

「ふざけんなぁ!」

 ドレイクが叫びながら必死に手を伸ばす。だが、遠い。最前線でザンゼネロンと戦っていただけに、飛び越えて正反対の場所に降り立ったザンゼネロンからはもっとも遠い場所にいたドレイク。どんなに手を伸ばしてもザンゼネロンが少女を掴むまでには間に合わない。

 ローゼリットもスミーシャも、アレイスローもフェルフェルも、ドレイクさえも少女の命を諦めかけた瞬間だった。

バサバサァ!

 翼が羽ばたく音が響き渡る。そして紅い影が一直線に少女の元へと飛び込んで行った。

「させないんだから!」

 叫びながら飛び出したフリルフレアが全速力で少女の元に飛んで行き、その勢いのまま少女を突き飛ばした。

 フリルフレアに突き飛ばされ、数m転がっていく少女。対してフリルフレアはほぼダイブする形で少女の居た辺りに顔面から滑り込む結果となった。それでも懸命に顔を上げたフリルフレア。怯えた表情でこちらを見る少女に、必死に叫びかける。

「早く!逃げて!」

 フリルフレアの必死の叫びを聞いた少女、だが恐怖によって抜けた腰はそう簡単には元に戻らない。必死に首を横に振り続ける少女。それでもフリルフレアはこの少女に生き延びてほしかった。

「ギイイギャアアアアアアアア!」

 次の瞬間ザンゼネロンが叫び声を上げる。その叫びは食事の邪魔をされたせいか怒気をはらんでいる様にすら聞こえた。そしてザンゼネロンはそのまま無造作にフリルフレアの身体を掴み上げる。

「ギャアアァァァァァ!」

 ザンゼネロンの凄まじい握力がフリルフレアの身体を締め付ける。全身の骨を砕きかねないほどの力の締め付けに凄まじい悲鳴を上げるフリルフレア。思わず咳き込むと口の中に血の味が広がった。それでも何とか必死に叫びかける。

「フェルフェルさん!今のうちにその子を!」

「!…分かった…」

 辛そうにフリルフレアを見上げらフェルフェル。だがすぐに意を決するとそのまま翼を羽ばたかせる。そして全速力でザンゼネロンの足元を通り過ぎるとそのまま少女を抱え込んだ。

「…フリル…すぐに…戻る」

 それだけ言うとフェルフェルは少女を抱えてその場を飛び去って行った。

 それを見送ったザンゼネロン。本当なら飛んで追いかけたいところだったが、代わりにフリルフレアと言う餌が手に入ったのと、足元で先ほどから剣を振るうドレイクのせいで飛び立てなかったのだ。

「ヤロウ!フリルフレアを放しやがれ!」

 ドレイクの大剣がザンゼネロンを斬り裂いていく。

「フリルフレアを放せ!」

「フリルちゃんを放しなさいよ!魔剣発動!」

 ローゼリットはザンゼネロンの胴体目がけてシューティングニードルを撃ち出し、スミーシャは魔剣の爆発能力を発動させて脚元に斬りかかっていった。

「これでどうです!『フリジットニードル!』」

 アレイスローも魔法を撃ち出しザンゼネロンを攻撃していた。しかしそれらの攻撃もそれほど効果があるようにも見えず、ザンゼネロン自体も意に介した様子もない。それどころか獲物を逃がした怒りをぶつける様にフリルフレアを握る手に力を込めていく。

メキメキメキ!

「きゃあああああ!……かはぁ!」

 ザンゼネロンの手の中で悲鳴を上げて血を吐くフリルフレア。そしてザンゼネロンの手にさらに力が込められていく。

 そして……………。

グチュ!

「ぶはぁ!」

 フリルフレアの口から盛大に血が吹き出す。そして同時に全身の痛み、特に腹部の内側に凄まじい痛みが広がっていく。

(あ………これ、ヤバい奴だ…)

 あまりの痛みに意識が朦朧としながらそう考えるフリルフレア。先程身体が締め付けられた時に何か潰れる様な音がした。そして腹部の、それも内部の激痛。明らかに内臓をやられている。吐血量もすさまじくそれだけでも尋常ではない事態なのが分かった。

「フリルちゃん!クソ!フリルちゃんを放せ!」

 フリルフレアの吐血を見たスミーシャが悲鳴の様に叫びながら魔剣を振るい続ける。そしてローゼリットも短剣を振るい、アレイスローは魔法を撃つ。ドレイクも大剣で斬りつけているがいまだザンゼネロンは倒れなかった。それどころか内臓を握りつぶしたフリルフレアを自分の口元に持って行く。そしてそのまま鋭いくちばしの先をフリルフレアの腹に突き刺した。

「ばはぁ!……あ……かはぁ…」

 再び血を吐くフリルフレア。その腹部にはザンゼネロンのくちばしの先が突き刺さり、そのまま内臓を喰おうと無理矢理腹の穴を広げていく。

「……あ……くふ……」

 もう叫ぶことさえできないのか、力なくされるがままのフリルフレア。

「フリルフレア!」

「フリルちゃん!」

 剣を振るうドレイクとスミーシャの悲痛な叫びが響き渡る。そしてローゼリットも「クソ!」と叫びいまだ短剣を振るい続ける。そしてアレイスローの魔法が直撃した直後、ザンゼネロンはフリルフレアの腹の中に突っ込んでいた嘴の先を引き抜くとそのまま吐き捨てるような動作をした。それはまるでフリルフレアの肉が不味いと言っている様だった。そしてそのまま無造作にフリルフレアの身体を放り投げる。

「フリルフレア!」

 ドレイクの叫び声が響き渡る。そしてドレイクは落ちて来たフリルフレアの身体を間一髪で受け止めていた。

 そんなフリルフレアの身体には興味を失ったのか次の獲物を探す様にギョロギョロとドレイク達を見回すザンゼネロン。そしてローゼリットとスミーシャが美味そうだと思ったのか二人に向かって手を伸ばしていく。二人はそれを避けながら攻撃を続けていた。

「フリルフレア!しっかりしろ!」

 ドレイクの叫びにうっすらと眼を開けるフリルフレア。ドレイクはフリルフレアの血まみれの身体を抱きしめ手を握るが、フリルフレアにはもう痛みを感じる感覚さえ残ってはいなかった。

「大丈夫だ!すぐに治療して……」

「……ドレ…イ…ク……」

 お互いに自然と涙がこぼれる。それはどうしようもない別れの予感。もう二度と会えなくなるという事実が……二人を押し潰そうとしていた。

「フリルフレア!」

「…ごめ…んね………」

 握っていたフリルフレアの手から力が抜ける。ドレイクの手からするりと抜け落ちた手は力なく地面に落ちる。

 それは………フリルフレアの命の灯火が消えた瞬間だった。


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