弟子にお気持ちされたんだが
「……久しぶりだな。随分顔を見せなかったけど、元気にしていたか?」
「私にも弟子が出来たんだ。おかしいだろ? あんなにスれたクソガキだった私が、小娘一人に四苦八苦だぜ?」
「もう時間がないんだってよ。だから次来るときはきっと、私達全員でだ」
「……じゃあ、また今度。決着が付いたらまた会おうぜ。だから見ていてくれ、響さん」
鈴野が魔法少女エターナル──永婆さん宅の一泊二日旅行から帰宅して二日。
久しぶりに家まで遊びに来た結月と鏡界に入り、ランニングに付き合ってからすっかりお馴染みになった公園でで軽く手合わせをしていた。
「つーん」
「なあ、なんでそんなに不機嫌なんだよ。敗けて地べたに転がされるのはいつも通りだろ?」
「知りません。つーん」
いつものように軽く地面に倒れながら、けれど今日は何故か不機嫌さを全開にする結月。
そんな青髪の魔法少女の態度に、鈴野は首を傾げながら、伸ばされた手を掴んで立ち上がらせる。
「なにいらいらしてんだよ。あ、月のやつだったら仕方ないし、今日は終わりに──」
「ち・が・い・ま・す!! そういうデリカシーないの、止めてください!!!」
まるで天啓みたいに閃いた鈴野の推測に、思いの外マジギレする結月。
あまりの剣幕につい腰が引けつつ謝るも効果はなく、結月は一層に鋭い目つきで鈴野を睨み付ける。
「なあ、何が不満なんだよ? 私、何もしてないだろ?」
「…………ですか」
「ああ?」
「しないって! 言ったじゃないですか!! コラボっ!!」
青髪の魔法少女の怒号。それに呼応するように魔力の風が公園へと吹き荒れてしまう。
そんな怒りの爆発を前に鈴野はため息を吐きながら、怒れる結月の頭に軽い手刀を下ろした。
「あいたっ」
「こらっ、どんなにキレても暴れんな阿呆ムーン。魔力も所詮は凶器だって教えたよな?」
「……ごめんなさい」
比較的強めな鈴野の注意に、数拍置いた後に結月はしぶしぶと謝罪する。
それでもなお不満げな少女を前に、鈴野はやれやれと言わんばかりに首を横へ振ってしまう。
「コラボ……ああ、そういうことね。良いじゃねえか別に、大体この前は喜んでたじゃねえか?」
「そんなの忘れました!! だってこれですよ!! こいつっ!!」
呆れ混じりのため息を吐く鈴野。
そんな態度が納得いかないのか、結月はそれはもう強く地団駄を踏みまくり、懐からスマホを取り出して画面を見せてくる。
『【お知らせ】 魔法少女ベル×宵闇バット まさかまさかで♥ エンターさんのライバーとコラボしちゃうよ~♥!』
そこに映されていたのがつい先日、鈴野がツナガッターだのZだの未だ名前が微妙なSNSで公表したコラボの告知であった。
仮にもコラボだというのに、自分よりも相手を全面に押し出した如何にも持ち上げてますよと言わんばかりの告知情報。初見の人は愚か、それをVTuber魔法少女ベルの配信かと疑ってしまうほどだ。
「こいつの配信観ましたけどっ!! 何ですこいつッ!! 絶対お姉さんの害にしかなりませんよッ!!」
「……もしかして、調べたの?」
「もちろんです!! ちょっと時間が掛かりましたけど……でもでも!! この人とじゃお姉さんの良さが全部消されちゃいますよ……!!」
その頬の赤さの果たして羞恥か、怒りか。
どちらにせよ、栓の引っこ抜いたプールの水みたいにお気持ち表明が止まらない結月。
ネットという電子の海に毒されてしまった少女を前に、その元凶である鈴野は親御さんへの罪悪感でいっぱいになりながらも宥めていく。
しっかしまあ、この娘はどうしてこう過激な推し方するようになっちまったのかなぁ。
師匠のぶりっ娘姿とか、普通ならどん引きして好感度下がらない? 多感な時期に変な刺激受けすぎてちょっと捻れちゃったかなぁ。やっぱ私は教育に悪かったよなぁ。
「まあ仕方ねえ。正直な話、私もあんまり乗り気じゃないからな」
「じゃあなんで! ですか!! お姉!! さん!!」
「近い強い近い近い。あれだ、人捜し。宵闇バットというよりかは、ネオエンターに用があるんだわ」
我ながら、どうして弟子にプライベートの話で怒られなきゃならないんだと思いながら。
それでも一番近く、こうまで追ってくれている視聴者を無碍にするわけにもいかないと。
ぐいぐいと迫ってくる結月の顔を片手で押さえながら、鈴野はとりあえずの釈明をしていく。
「何の運命か知らんが、捜している魔法少女がネオでVやってるらしいんだ。だからそいつの情報でも手に入れられないかなと思って仕方なくだな……」
「そんなの知りませんよ。これはもうファンへの裏切りですよ? 雑談配信でも絶対にしないって笑ってたのに……」
まったく納得出来なさそうな結月を前に、鈴野は割と真剣に困り果ててしまう。
「まあ、悪いとは思ってるよ? けど配信でも言ったけど、こっちは別に失うもんなんかない──」
「ありますよ! それはもう! 推しに悪い風評が付いちゃうんですから! 汚点がッ!」
言い過ぎじゃないか君。いくら燃えて後のないカスが相手だからと言って、そこまで言わなくても良いんじゃないかって。
いやまあ、どっかの掲示板で油揚コンのアンチしたりしてた私が言うのもあれだけど。……あれ、そういや油揚コンもネオエンター所属じゃん。偶然って怖いなぁ。
「とはいってもなぁ。こっちはこれしか情報ないし、これ以外に一歩進むための方法を思いつかねえしなぁ」
「そもそもその捜し方が下の下としか思えないんですけど。……というか、そんなに見つけなきゃいけない人なんですか? 配信よりも大事な人なんですか? その人は?」
「大事かはともかく、まあそうだな。私よりも人格に難はあるが、それでも能力は本物だからな。あいつほど、理不尽に人を捜せる人間はいねえんだ」
まあ自分の名も上げたいし、コラボを嫌う自分への丁度良い言い訳にもなるからと。
そんな私欲塗れの本音は言えないながら、それでも即答しつつ、どっこいせとくたびれた声を出して近くのベンチに腰掛ける鈴野。
口元が寂しかったので懐からシガレットの箱を取り出していると、どさりと結月はその隣へと座ってくる。
「……暑いんだけど」
「良いんです。せいぜい我が儘な弟子の機嫌取ってください」
「えー。何かケーキとかアイス一つで良い?」
「嫌です」
「えー」
引っ付いてくる結月を引き剥がそうとするも、タコの吸盤かと思うほどに離れてくれず。
本気でやるのも疲れるので仕方がないと諦めつつ、少女の肌の冷たさと汗の滑りのアンバランスを感じながら、少しべたつくシガレットを一本口へと咥える。
……まずい、夏場に持ち歩くもんじゃねえぜこれ。季節ごとに代理の代理を探さねえと。
「……うわっ、またイチャついてんの? 仲良いわねあんたら」
「あ、ミカンさん」
「あ、ミカンお姉さん♥ やだなー♥ ちょっと距離が近いだけだよー♥」
そんな二人に心底呆れた様子で空から降りてきた、しかめっ面な橙まみれの魔法少女。
ミカンオレンジの到来に、鈴野は直ぐさまシガレットを噛み砕き、外面用の喰らいに切り替えて満面の笑みを浮かべる。
「パトロール? 大変だね♥」
「ふん、勘違いしないでよ! 別に辛くなんてないんだから! しかし相変わらず嫌みなガキね!」
「どーもー♥」
生活圏が近所だからか、何だかんだ二人と結構出くわすことの多いミカンオレンジ。
それでも変わらず毛嫌いしてくる橙色の魔法少女を微笑ましく思いつつ、鈴野はさらりと彼女の言葉を流していく。
「ほんっと暢気なものね! 最近、また魔法少女狩りが出てきたらしいってのに!」
「魔法少女狩り? メケメケ団はもういないのにですか?」
「そうよムーン。しかも今回はアンダードッグなんて魔法少女の一団が犯人で、捕まったらマスコットを奪われて変身出来なくなっちゃうらしいわ!」
結月の疑問に、鈴野への態度よりも怒りを露わにするミカンオレンジ。
「ほんっといい迷惑! 最近少し世の中がおかしくて、手が足りないってのに!」
「手が足りない?」
「そうよ! あんたたちだって知ってるでしょ? 大型の澱みの発生率が異様に高いって話は。……ま、まあ? この地区はこのミカンオレンジがいるから平和そのものなんだけどね! ふん!」
ミカンオレンジは誇らしげにそう語るのをよそに、鈴野も少し考えてしまう。
魔法少女狩りに大型澱みとは。この業界も、変わらず厄介事の連続で何より。
だがこの前ぶっとばした超大型もそうだが、大型以上の澱みの大量発生。それはシステムの改変された今の時代において、本来あってはならないことだ。
そしてこの前のエターナルの言葉と封印の緩み具合。……いよいよ終わりは近いな、こりゃ。
しかしアンダードッグ、か。……何の因果か知らないが、ご丁寧に犬なんて名乗りやがってよ。
「あ、せっかくだし三人で澱み駆除しない? この私が、あんたたちに手本を見せてあげなくもないんだから!」
「えっ」
「ん♥ 良いよ♥ ちょうど休憩も終わろうと思ってたし♥」
「えっ!?」
ミカンオレンジからの提案に、引っ付いていた結月ごと立ち上がる鈴野。
結月はその提案を肯定にされたことがよほど意外だったのか、立ち上がらされた後でさえぽかんと口を開けてしまっていた。
「そうと決まれば善は急げよ! せっかくだし、あんたの腕も見てあげるんだから!」
「えー怖ーい♥ お手柔らかにね♥ ミカンお姉さん♥」
そんな結月を置き去りにし、ミカンオレンジはノリノリで空へと飛び上がる。
そんな彼女に付いていこうと鈴野も空へ上がろうとするが、結月がそんな彼女の裾を待てと言わんばかりに掴んでしまう。
「待ってください。まだ話は終わって……」
「ま、楽しみにしてろって。やるからには上手く形にして、ついでに新規ファンも大量獲得してやっから。だから頬なんて膨らまさず、大船に乗った気持ちで当日を待ってろ?」
「……二兎を追って全部逃す未来しか見えないんですが」
「ま、そん時はそん時だ。一応、どうしようもなくなったら最終手段は残ってるから。上手くいく気はまるでしないやつだけど」
最終手段という言葉を聞き、それが何かと聞き返そうとした結月。
だがそんな少女に話は終わりだと、笑みを浮かべながら逆に結月の手首を掴み、一緒に浮かんでいく鈴野。
「ほら、早く行くわよ! 時間は待っちゃくれないわ……って、あんたムーンになんかした?」
「何でもないよ♥ ほら行こっ♥ ムーンちゃん♥」
「……むう」
納得出来なさそうに頬を膨らます結月。
そんな少女の側に並んだミカンオレンジからの訝しげな視線を軽く流しつつ、鈴野は真っ直ぐ空を進んでいく。
アンダードッグ。偶然か巡りかは定かではない、先ほど聞かされた名前が裡でちくりと刺さりながら。




