くそながお手紙
鈴野姫。職業なし、残り所持金およそ十五万円。
服には煙草の臭いを染みこませ、片目のレンズが外れた黒縁の眼鏡を掛ける、顔と体だけは良い女。
そんな胸とスタイルの良さしか褒めるところのない、やさぐれ筆頭みたいな彼女は今、六畳間の一室にて画面を眺めながらいつもの三割増しに険しい顔で独り言ちていた。
「宵闇バット。半年前に燃えた、ネオの蝙蝠ライバーねえ……」
画面に映るのはあるVTuberの配信。
自分とは違う方向で甘ったるい声を発する蝙蝠女。モデルの良さの割にライブの視聴者が平均2000と、企業勢の割には奮わない数字の中で配信している、地雷系な金髪女。
名は宵闇バット。皆のアイドルを気取り、彼氏と裏垢発覚で燃えに燃えたVTuberである。
「なんでこいつがクビになってないんだか。企業ってのも大概な緩さだよなぁ」
流行りであり自分の嫌いなFPSをやりながら、囲んでくる視聴者と戯れる宵闇バット。
変わり映えしない映像の退屈さに欠伸をかきながら配信を消した鈴野は、この形容しがたい不快感を消そうと灰皿に手を伸ばし、そこには何もないことを思い出す。
「そういや結月のやつが片しやがったんだっけか。ガキが煙草には触るなって言ったのに……」
人の吸い殻と灰を躊躇なく、部屋と共にてきぱきと片してしまった弟子を思い出し。
更にはぬいぐるみと歯ブラシまで置かれ、泊まられたことなんてないのにすっかりあいつ色に染まりつつある生活空間にため息をつきながら、灰皿の隣に置かれた煙草の箱を手に取り軽く振る。
「げ、ラスト一本。吸ったらコンビニ行かなきゃな」
からからと、中身が動く音に更に落ち込みながら取り出し、口に咥えて火を付ける。
瞬間、口から喉、鼻へと広がり染みる灰煙。
苦く、針が如き鋭い刺激に浸る鈴野は、ぼんやりと天井を向きながら煙を吐く。
「……あー美味い。やっぱこれくらいが丁度良い──」
「何が良いんですか?」
「うおっ!?」
すっかり気を抜いていた最中に、享楽に浸っていた鈴野を遮る少女の声。
それが聞こえた瞬間、鈴野は慌てて指に挟んでいた煙草を灰皿に擦ってから捨てる。
「……結月ぃ。お前、入る時に声くらいかけろよぉ」
「かけましたよ。そのイヤホンが悪いんじゃないんですか? それともこんな蒸し暑い部屋で窓すら閉じてるかじゃないんですか?」
「えー。……ちなみにいつからいた?」
「お姉さんが灰皿に手を伸ばした辺りから。まったく、吸うならちゃんと外で吸ってください」
小さなビニール袋を抱えながら、多少不機嫌な顔になる制服姿で多少汗を掻いた結月。
そんな少女を前にして、その入室に気付かなかった自分を恨めしく思いつつ。
鈴野はお茶でも出そうと立ち上がろうとするが、それよりも早く結月が袋を降ろしてキッチンへと取りに行ってしまう。
「……そういやお前、服装なんか違くない?」
「夏服になりました。どうです?」
鈴野の質問に、その場をくるくると回って見せてくる結月。
……そういやもう梅雨か。こいつと出会って二ヶ月以上も経つんだな。
目は相変わらず可愛くはないが、それでもすっかり喜怒哀楽の上手くなった結月。
そんな少女のいつもの制服よりも爽やかな、アオハルの似合う学生らしさを目にし、何とも言えない感傷に浸ってしまう。
……そういや、私もそういうのを着ていた時期があったんだよなぁ。
我ながらよくもまあ高校なんて通えたもんだ。ま、まったく思い出せることなんてない程度には灰色の青春だったけどさ。
「……制服かぁ。案外まだいけっかなぁ?」
「無理ですし駄目です。だめ、です。やるなら、私の前だけで」
「お、おう……」
食い気味に否定してくる結月の勢いに押され、多少落ち込みながら座り直す。
……冗談だっつーのに、そんなに強く否定されるとちょっと落ち込むんだけど。
これでも体はそこそこ自信あるんだけどな。やっぱ駄目人間具合が滲み出ちまうかな。
「お茶です。……それで私に気付かなかったお姉さんは、そんなに熱中して何を観てたんです?」
「ちょいと棘があるなお前。……別に、普通に配信だよ。お子ちゃまにはちょい教育の悪い、お仲間の配信」
お茶を受け取り、ごくりと喉へと流し込み。
それからかちかちと画面を戻し、宵闇バットのチャンネルを見せてやる。
「……ネオエンターって何です?」
「ああ、普通に団体名。私とは違って企業に雇われた、仕事として配信やってるやつさ」
訝しげに目を細める結月に説明しつつ、鈴野はイヤホンの片方を少女へと差し出す。
首を傾げながらも受け取った少女が右の耳へと付けたのを確認し、鈴野は適当な配信をクリックして再生する。
画面を流れる、違うアーカイブのくせに先ほどまでと大差ない配信。
作業用と揶揄されがちなFPSらしいと、鈴野は忘れかけていた億劫さを取り戻してしまう。
しかしつまらん。こいつに興味がないってのもそうだが、何よりFPSってのが飽きる。
観る側は退屈だろうし、私としてもつまんないし、何より無駄に時間だけが溶けていく。
こんなんやるなら適当に古くて安いゲームをやった方が楽しいだろうに。どいつもこいつも人気と秩序のための世間付き合いにご苦労なこったよなぁ。
「……なんか好きじゃないです。やっぱり配信はお姉さんのだけで良いです」
「極端な贔屓だな。正直な話、端から見たら大差ないと思うけどな。ま、私も嫌いだけど」
「知りません。お姉さんの配信がこの世で一番です」
それにしたって、どうしてここまで強火なファンになってしまったのかと。
叶うなら元の純真培養な結月ちゃんに戻ってほしいと願いながら、鈴野はため息混じりに配信を消し、再度コップに口を付ける。
「あー生き返る。やっぱ乾いた時は茶か水かコーヒーに限るわぁ」
「……なんで嫌いな人の配信を観ていたんです? 自傷行為ですか?」
「違えよ。……あーまあ良いか。ちょいと待ってろ」
結月の疑問に少し悩みながらも、てきぱきとマウスを動かし画面を切り替えていく鈴野。
そしてあるメールを開いて手を止め、後ろの少女へ覗いてみろとばかりに手招きする。
「えっと……コラボのお願い?」
「そう。この宵闇バットから、私こと魔法少女ベルへのな」
実に鬱陶しげな、室内で黒いあいつでも見つけてしまったかのように顔を歪める鈴野。
そんなコラボという言葉への否定の表情に、結月は首を傾げてしまう。
「大手の誘いを受け、結果を残せばうだつの上がらない個人勢も注目されるチャンスがある。まあ私みたいな底辺個人ライバーからすれば、まさに底に垂らされた一本の糸って感じだろうよ」
「……すごいじゃないですか。お姉さんの面白さが、人気な人の目に付いたってことですよね?」
「ああ、まあそうだな。普通なら、或いはそうかもな」
忌々しげに灰皿へと手を伸ばしかけ、けれどすぐに軌道を修正し結月の頭へと手を置く鈴野。
くしゃくしゃと頭を撫でられた結月は、その手に頭を擦りつけながら、尚更心に湧いていた疑問を大きくしていく。
「……承諾するんですか?」
「まさか。好きでもない沈みかけの泥船に、誰がわざわざ乗りたいだなんて思うよ?」
当然の疑問に、鈴野心の底からの失笑を隠すことなく顔に出す。
「こいつは彼氏とのハメ……あー、視聴者の夢を壊すことばかりしたクソ女だからな。今回知名度の低い個人を誘うのだって、大方箱や競合で総スカン食らったりして誘えるやつがいないからだろうさ。んなやつの誘い受けたってこっちには損しかねえ」
「……そうなんですか?」
「ああ。それに企業勢と個人のコラボってのはリターン以上にハイリスクなんだ。元々人を集めているやつならいざ知らず、底辺がたまたまやれたって余計なやっかみしか生まねえ。要はどこまでいこうと接待なんだよ、例え中身がどんだけ仲良くても」
「……よくわかんないです」
「それで良いさ。ま、所詮は煩わしい人付き合いだからな。お前は気にせず、真っ当に社会人目指して勉強に励んでくれさ」
更に乱雑に結月を撫で回しながら立ち上がった鈴野。
どうせこいつが何か菓子でも買っていているだろうと、先のビニールの中を見に行こうとしたのだが。
「……手紙?」
目に付いたのは、ビニールの側に置かれた何通かの封筒。
国からの年金についてやガス代やら電気代やら、鬱陶しい生活するための請求は置いておいて。
この中で一際浮いた、あからさまに存在感を放つやけに上等な紙で出来た深緑の封筒。
まるでデスゲームの招待状でも入っていそうなそれに驚きはしたが、鈴野が真に注目したのは紙の材質などではなかった。
「なあ結月。これ、どう思う?」
「えっと……封筒ですね。高そうです」
「……そうか」
ありきたりな、予想通りの感想に頷きながら、鈴野は改めて封筒を見回していく。
鈴野姫様へと記され、そこらの百均で買えそうな鐘のシールが貼られた封筒。
そしてやはり確かに封筒を覆うのは、霧のように薄く仄な、鈴野にとって見覚えのある魔力だった。
人除け、確実に届くように保護けれど結月に感じることの出来ないほどの隠蔽の魔力。
幾度となく感じたことのある魔力。加えて特定個人のみに関与できる、陰と陽の両立なんて高等技術。
思い当たるのはあの着物の魔法少女。誰よりも永く生き、時に世話にもなった戦友の一人。
「……あいつか。しかし、今更あの婆さんが何のようだ?」
そんなやつからの急な手紙に、どうしようもない厄介事の気配を予知しつつ。
けれど無視するわけにもいかないと、後ろの蝋を魔力の刃で切り中身を取り出していく。
『拝啓 向暑の候、鈴野様におかれましてはご清祥のことと存じます。
……とまあ、我らの間柄に堅苦しいのは面倒じゃし、とっとと本題に入るので安心して欲しいのじゃ。
さて、久しいのうノイズ。ああいや、今はプリティベルじゃったな。まあお主はお主じゃし、どちらも知る儂らならどう呼ばれようと気にせんじゃろ。
お主が復帰したのは知っておる。魔力の波長を感じ、懐かしき響きを聴かせてもらったからのう。
思い返せばまるであの日のよう。我らが出会い、お主があの娘から受け継いだあの頃がつい昨日のようじゃ。
最近はどうじゃ? 風邪など引いておらぬか? 病だの不景気に悩まされおらぬか?
儂はとても寂しい。どの娘も便りの一つも寄越さず、別に関係が切れたわけでもないのに──』
「あーもう長い! 母親かってんだあの婆は!!」
明らかに達筆な前置きに地団駄を踏みそうになる鈴野。
ともあれ仕方がないのでと諦めて読み進め、更には二枚目中盤にまで突入し紙を破きかけた辺りでようやく本題に入りそうな気配を感じ、頭を振って気を取り直す。
『──さて。長々と書いてしもうたが、いい加減本題に入ろうと思う。
このまま手紙で伝えても良いのじゃが、そうするにはちと重すぎる話題なのでこうして文をしたためたのじゃ。
ついては手間じゃと思うのじゃが、近日中に儂の元まで来て欲しい所存じゃ。
お土産はいらんので気にせんでいいぞ。じゃが儂は東京バナナが好きなので是非あると嬉しいのじゃ。
ああちなみに、金については心配いらん。交通費と諸々も手間賃も同封しておいたので懐に収めてくれると嬉しいのじゃ。
ではなベル、そして姫よ。再び顔を合わせる日を楽しみにしているぞ。魔法少女エターナルより。
PS お金を普通郵便で郵送するのは色んな方に迷惑がかかるので、お主や良い子は真似しちゃ駄目じゃぞ?』
「うるっせー! じゃあ最初からやるなってんだ! あとよい子ってなんだよ! そもそもプリティは没ネームだあのネタ好きババアがッ!!!」
最後に一文でついに抑えきれなくなり、怒りのままに声を荒げてしまう鈴野。
その咆哮に結月はびくりと体を震わし、隣からドンドンと壁を叩かれ、息を荒げながら慌てて正気に戻る。
「お、お姉さん……?」
「あ、ああ悪い。ちょっと、いや大分むかついた。いや、まじでむかついたわあのババア」
きょとんとした、けれど少し強ばった顔の結月に謝りながら、鈴野は大きく深呼吸して封筒の中をまさぐってみる。
すると中からご丁寧にラミネート加工されたカードが一枚。
そして驚くことに、最近不思議と縁のある諭吉さんが何と十枚も出てきてしまった。
「十万ってあのババア……どんだけバナナ買わせる気だっつーの」
「お金って送って良いんですか?」
「駄目に決まってるだろ。お前は見習ずにちゃんとした手続きを踏め、いいな?」
こくりこくりと、首を数度を縦に振った結月に満足にしつつ。
鈴野は首に手を当て、送られてきた諸々を視線を向けながら考えをまとめていく。
「ったく、どいつもこいつも金さえ払えば私が動くと思いやがって。昔はそこまで現金じゃなかったっつーの」
「……違ったんですか?」
「ああ。むしろ欲とは真逆だったからな私。あれほどストイックなやつもそうはいなかったよ」
そう言いつつ、封筒に住所の書かれたカード以外を仕舞ってから、大きなため息を数秒吐き続ける。
そしてそれが終わってから、鈴野は覚悟を決めたように顔を上げた。
ま、金まで送られちまったら行かねえって選択肢は出来ないよな。
ここまでやられてスルーした日には本気で拗ねて東京まで来かねないし、あいつが直接会わなきゃ話せないことってのも気になるからな。
……それに、久々にあいつらの顔を見に行かねえと怒られちまう。もう随分と顔すら見せなかったのに、どの口が言ってんだと怒られそうだけどな。
「おい結月。明日と明後日、私はいないから来るなよ。ちと出掛けてくる」
「は、はあ。いってらっしゃい……です?」
「それを言うならお気を付けてだな。別に同棲しているわけじゃねえし」
適当に返しつつカードに目を向ければ、そこには確かに招き人──永遠を冠した魔法少女の居場所について書かれている。
場所は静岡県の……あー住所は後で読もう。しかしそうか、あいつまだそこに暮らしてやがるのか。相変わらずだ。
「それで一体どちらへ?」
「ああ。この国で一番高い山、その近所だよ」
「……候補が多いですよ」
「そうだな。……さ、特訓いくぞ。今日は真面目にやるからなー」
カードも封筒の側に置き、だらりと項垂れる結月をよそに着替えていく鈴野。
急に湧いた予定に億劫ではあるも、それでも懐かしい女が会いたいと言ってくれたことに少し口元を綻ばせながら、適当に外出の準備を進めていった。
読んでくださった方へ。
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