第14話
くっは、かんわいいぃぃぃ!
潤ませた瞳で、仄かに頬を染めたツンデレ美少女のはにかみ笑い。可愛くて心臓が震えた。マイラ様の天真爛漫な笑顔も、マリィの生意気な笑顔も良いけれど、これはこれで私の大好物。可愛いは絶対正義である。
「良かったわね。私も凄く嬉しいわ」
お礼を言われるようなことはしていないのだけども、バウワー伯爵令嬢がいい方向に向かっているようで何よりである。エイミー嬢に何かを言った、というか本当のことしか話していないし、特にバウワー伯爵令嬢の肩を持ったわけでもない。ただ、エイミー嬢が素直で優しい子だったから成立した友情だろう。
例の事件後のバウワー伯爵令嬢の学園生活は厳しいものだったとは聞いていた。事件の首謀者である元子爵令嬢エイリア・ブーレラン嬢と親しかったというのが一番の理由。王弟妃のご友人と言う立場を辞退したのも、更に悪化させる要因だったのだろう。
元より、誤解されやすい性格で友人が少なかった彼女には、エイミー嬢という存在は私が思っているよりもずっと大きいのだと思う。
「あの…、私、今でもプリシラ様が好きなの。貴女には悪いと思うけれど、エイリアお姉様のことだって嫌いになり切れない」
「そう」
あのような目に遭っていても、それでも好きだと言える心の強さを、私は否定するつもりはない。
「でも、その……」
言い淀むバウワー伯爵令嬢に、私は微笑みだけで促す。
「信じられないかもしれないけれど、私は貴女のことも嫌いじゃないわ! だから…っ!」
バウワー伯爵令嬢はきゅっと唇をかみしめた。だが意を決して口を開き、
「リフィ…、いいえ、シエルって呼ぶことを許してあげるわ!」
感謝しなさい、と宣ったバウワー伯爵令嬢もといシエルの何とも可愛いこと、可愛いこと。
「嬉しいわ、シエル。私も『貴女』ではなくマーシャと呼んでくれると嬉しいわ。これからよろしくね。頼りにしているわよ!」
それから先は、本当に色んな話をした。シエルの生まれや将来の夢。そしてこれからどのような努力をしていかなければいけないかの相談まで。それはまるで昔のマイラ様やマリィを見ているようで、懐かしい思いに駆られながらも真剣に話を聞いて、そして答えた。思いがけもしない充実した時間を過ごした。
どれくらいそうしていただろうか。
気が付けば、あんなに気持ち悪かった吐き気は消えており、馬車の小窓から見える景色も王都から大分遠ざかったのが分かった。
「止まりましたわね。休憩かしら?」
小窓から見える景色は高原だ。青々として緑が丘一面に広がっている。
「そうね……。あら、どなたか来たみたい」
近づいてくる人影。そしてすぐに鳴ったノックに私はどうぞと返答をした。
「ご機嫌は如何かな、特例親善大使殿?」
と、いたずらっ子のような笑みで顔を出したのはケイト・グレイシス。我が実兄である。
実兄ケイトは書記官として特例親善大使に同行しているのだ。ちなみに兄のもう一つの任務は、クワンダ国で行われる夜会での私のエスコートだ。ライニール様と冗談抜きで血のにじむ訓練を重ねたものの、あの日数で男性恐怖症の改善は無理だったのだ。兄が書記官として同行してくれるのは大いに助かる。
「あら、文官様は私の機嫌が悪かったら何かしてくれるのかしら?」
「親善大使殿がしがない文官如きに何をお望みなのか、わたくしめには分かりませぬな」
なんてふざけた口調で言ってくる兄に、私は片眉を上げた。
「それでご用事は何かしら、お兄様?」
「ご令嬢方をピクニックのお誘いに来たのですよ、親善大使殿」
「それはピクニックと言う名のお昼休憩だと理解しても?」
「さすが我が妹。理解が早くて何よりだ」
いや、素直に分かりやすく言ってよ。我が兄ながらクソ面倒くさい性格だ。
「仲が良いのね」
そんな私たちを見たシエルが、なぜか不思議なものを見たような顔して呟いた。
「どうも初めまして。麗しきご令嬢。私はケイト・グレイシスと申します。お察しのように親善大使殿の兄であり、今回は書記官として同行しております。どうぞお見知りおきを」
ウインク付きでシエルに名乗る兄に、ハンカチをぺシリと投げつける。
「何すんだよ、妹!」
「一回り近く年下の子に変な色目使うなんて、みっともない真似しないでね。私の評価にも関わるわ」
「え、え、え?」
私は兄からシエルに振り返り、狼狽える彼女の手を取った。
「いい、シエル。私の兄はね、頭は良いけれども少しばかり女性に対して目がないのよ。不埒な真似をする程愚かではないと思うけれど、決して兄に心を許さないように。良いわね」
「え、あ……と、わ、分かりました、わ?」
シエルは私の勢いに押されたのか、首を傾げながらもひと先ずは頷いてくれた。
「おい、こら妹。嘘教えてんじゃねーぞ」
「全然嘘ではないからね、シエル。それから言葉遣いが悪いわよ、お兄様!」
兄妹喧嘩勃発である。見かけは文官らしく華奢なくせに、言葉遣いは粗野なんだから。
「あの、特例親善大使の侍女を務めますシエルリーフィ・バウワーですわ。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
「妹と違って可愛らしいお嬢様ですね。お会いできて光栄です。どうか妹の言うことはお気になさらず、私と親しくして貰えると嬉しいですね」
「へ、あ、はい……?」
「ちょっと、お兄様!」
「うるさいぞ、妹」
何なの、その変わり身の早さは。それにたった今、みっともない真似はするなと忠告したばかりなのに、すぐさまに口説きにかかるとはなんて破廉恥な兄なのだろう。
「何をしているのかね、君は」
憤慨していると、そこに現れた見知った人物に兄は身体をビクリと震わせた。
「まぁ、ノア様」
良い所に来てくれた、と私は彼の名前を呼んだ。外交首席書記官、つまりは兄ケイトの上司であるノア・レッグタルト様である。
「ケイト君。君と彼女はご兄妹なのは知っているがね、今の君との関係はあくまでも親善大使と一介の書記官だ。私の言いたいことが分かるね?」
優しい口調で、けれどしっかりと釘を刺す叱責に兄はびしっと直立不動に佇まいを直す。
「は、申し訳ございません。以後気を付けます」
と、言葉少なく反省を口にする兄に、心の中でいい気味と爆笑させて頂く。当然、表面上では微笑みを絶やさず、だ。
「よろしい。ではマーシャ殿と侍女殿。昼食の用意が出来たようなので、ご一緒にどうぞ」
そう言って差し出された手に、私は素直に従った。ライニール様との訓練の成果がここに。手を重ねるくらいならどうにかこうにか、頑張った私!
「お兄様…ではなく、ケイト書記官も行くのでしょう?」
とはいえ、ノア様との接触にも限界が来るのは分かり切っている。そこで我が兄に盾となって貰いましょう。先ほどの様子を見る限り、兄はノア様に対して逆らえないようだけれど、そこは可愛い妹の為に頑張って。
「承知致しました、親善大使殿」
兄の目が『覚えていろよ』と言っているが軽くスルー。
「変な兄妹」
と、シエルの声が聞こえた気がしたのも同じようにスルーの方向でお願いしますとも!




