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第13話

 それから特例親善大使として、グラン国王都を出発するまではあっという間だった。


 ガタン、ガタンと馬車が揺れる。長時間の移動に耐えられるようにクッションが敷き詰められているが、揺れる度に腰とお尻に響く。この馬車は高位貴族用の高級品だ。それですらこれなのだから、平民が使用する馬車は、と考えるだけで血の気が引いてしまう。


「ちょっと、大丈夫なの、貴女」


 私の正面に座るシエルリーフィ・バウワー伯爵令嬢がこちらを窺ってきた。なぜ彼女がクワンダ国への馬車に同乗しているかと言うと、私が特例親善大使として一緒に赴く侍女としてスカウトしたからだ。


「出発して間もないと言うのに、貴女すでに死にそうな顔しているわよ?」

「……大丈夫よ、ありがとう」


 今にも吐きそうな私にハンカチを手渡してくれたのだが、そのハンカチに沁み込ませている香水の甘い香りで更に吐き気は増加。そっと押し返す私に、バウワー伯爵令嬢は気を悪くした気配はない。少し前の彼女の印象では、不機嫌を隠す事もできない癇癪持ちのお子様だったのに、本当に第一印象と言うのは当てにならないな、と実感。

 表情はそっけないくせに眼差しが心配そうで、思わず笑ってしまった。


「笑う位の元気があるなら、大丈夫そうね」


 ホッとした雰囲気で、バウワー伯爵令嬢は私が押し返したハンカチをしまう。そして、馬車内の備え付けてある水筒からカップに水を入れてくれた。零れないように専用の蓋をかぶせて、飲む時にも大丈夫なようにストローまで刺さっている。


「これは?」


 こんな仕様のカップを見たことがなくて、私は驚きの声を上げた。


「私が命じて作らせたものよ。馬車での旅は過酷ですもの。少しくらいは快適に過ごしたいでしょう?」


 何でもないように言うけれど、馬車内でも零れないカップって画期的過ぎだから!


「凄いのね」


 だから、心の底からの賞賛だった。けれどバウワー伯爵令嬢は片眉を上げて怪訝そうな顔をして、


「凄いのは貴女だわ」


 そう言った。そして、バウワー伯爵令嬢は言葉を詰まらせ、しばしの沈黙が私たちの間に流れる。

 何が凄いと言うのか聞き返そうと思ったが、如何せん吐き気が止まらない。バウワー伯爵令嬢の淹れてくれた水を口に含み、おっと気付く。


「ぺパーミント、かしら?」


 かすかに水からはペパーミントの香りがして、口の中がスッキリとする。


「そ、そうよ。酔った時には良いと聞いて準備をしていたの。貴女が酔うとは思わなかったけれど……」

「私もまさか自分が酔うなんて思いもしなかったわ。今までも馬車での移動はしていたけれど、こんなの初めてよ」


 留学した時にクワンダ国へ行った時も、グレイシス領からグラン国へ来た時も、一切酔いはしなかったのに。


「年、かしら……」


 思わずぽつり。自分で言っておきながら落ち込んだ。目の前にいる16歳は同じように馬車に揺られているのに、ちっとも酔う素振りは見せないからだ。私もこの頃は元気いっぱいで、向かうところ敵なしっていうくらい元気だったのになぁ、と泣けた。


「馬鹿じゃないの。年齢なんて関係ないわ」

「そう、よね?」


 慰めかもしれないが、縋りたい25歳。情けなくて申し訳ない。


「そうよ。貴女は疲れているだけ。目元に隈なんて作って、体調管理位しっかりしなさいよ。貴女、敏腕筆頭侍女様なんでしょ!」


 と、慰められたのか、叱られたのか、分からないお言葉である。だが、それがバウワー伯爵令嬢らしくて、頼もしさすら感じる。


「ふふ、そうね。頼りになる侍女で嬉しいわ」

「……っ」


 今度も素直に褒めたのに、やっぱりバウワー伯爵令嬢は黙り込む。ツンデレさんは可愛いなぁ、なんてマシになった吐き気を堪えつつもほくそ笑んだ。


「バウワー伯爵令嬢が侍女になってくれて、私は幸せね」


 本来ならば、子爵家の私より家格が高いバウワー伯爵令嬢への指名は、一蹴されてもおかしくない。けれど彼女は頷いてくれた。だから本当に心からそう思っているのだ。


「…………私の方こそ、その……、ありがとう」


 真っ赤な顔して、しどろもどろにお礼を言うバウワー伯爵令嬢。


「あぁ、私が貴女を侍女に指名をしたこと? それはそれだけの力がバウワー伯爵令嬢にはあると感じたから、これは貴女の頑張りの結果よ。お礼を言われることじゃないわ」


 バウワー伯爵令嬢が学園での進路を、花嫁修業の意味が強い淑女コースから、グラン国の令嬢はほとんど選ぶことのない女官コースに変更したというのを聞いたのは、例の事件後、直ぐのことだった。

 囚われていた時に交わした会話で、バウワー伯爵令嬢が頭のいい子なのは分かっていたし、危機的状況下での度胸の良さも気に入っていた。だから女官コースに変更したと聞いた時には、絶対手に入れる、と決めたのだ。王弟妃ご友人だったという過去なんて関係ない、と思うくらいに、私はバウワー伯爵令嬢を認めていた。


「それだけじゃなくて……」

「?」


 それだけじゃない、と言うバウワー伯爵令嬢に私は目を瞬いた。それ以外にお礼を言われる理由が見当たらない。


「お茶会での、その、だから……」

「あぁ、エイミー嬢の!」


 百合の花を髪飾りにしていたエイミー嬢を窘めたバウワー伯爵令嬢のフォローをした件を思い出して、お礼の意味に納得した。


「それは貴女の功績よ。確かに言い方に問題はあったけれど、あのままエイミー嬢がテーブルについていたらもっと面倒が起こったはずよ。それに最後にゴードン伯爵令嬢に(とど)めを決めたのはバウワー伯爵令嬢だわ」


 あの時を思い出すと大っぴらには言えないが、とても爽快だった。お花畑劇場を王妃主催のお茶会で披露したゴードン伯爵令嬢に現実を叩きつけたのだ。一回り近い年下の令嬢に対して思う事ではないが、心底ざまぁ、と思ってしまったのだ。身の程を知れ、とね。


「あまり大きな声では言えないけれど、お手柄よ」


 ふふ、と私の口からはいたずらっ子のような笑い声が漏れた。


「そ、れは良かったわ。でも、そうじゃなくて……」


 おや、まだ何かあるらしい。今度こそ、本当に思い当たる節は無かった。


「アガサ子爵令嬢……、いえエイミー嬢にお茶会の後にお礼のお手紙を頂いたの。貴女が何か言ってくれたのでしょう?」

「まぁ…!」


 それはびっくりだ。


「私の言い方が悪いのは自覚があるわ。いつも正しい事を言っているつもりでも泣かせてしまうの」


 ツンデレさんは苦労が多いでしょうとも。ほんの少しだけ踏み入って彼女の人となりを理解出来たら全然違うのだけれど、年若い令嬢達に察してやれと言うのは酷なのかもしれない。


「だから、お手紙を頂いた時は本当に驚いて……、でも、その……、嬉しかったのよ」


 じんわりと涙を滲ませながらそう言うバウワー伯爵令嬢に、私はほんのりと心に灯る温かい物が宿った気がした。


「それからエイミー嬢と文を交わすようになって、お友達になれたの。それも貴女のお陰だから、その…、ありがとう」


 消え入りそうな、でもどこか嬉しそうな声でシエルリーフィ嬢ははにかんだ。


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