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第11話

 リアム君は出かけ時にキスを送ってくれた。それだけで痛む胃が癒されてくわぁ。


「それにしても、一国の主からの直々のご指名って、嬢ちゃん何したんだ?」


 私が投げたクッションを律儀にソファに戻しながら、ガスパールが言った。

 

「おや、ガスパール殿はご存じではなかったのですか?」


 と、意外そうなライニール様。


「そんな有名な話なんか?」

「んー、貴族間では有名な話ではあるかしらね」

「マイラ様が陛下に嫁ぐことになった原因だしなぁ」


 そう答える私たちに、ガスパールは首を捻る。


「私がやったのはたいしたことではないのよ? ちょっとだけ情報を集めたり、ほんの少しアドバイスしたり、ささやかな裏工作をしただけで」


 あの頃を思い出しても、これといって特別何かをした覚えはなかったりする。


「そのちょっとした行動が、当時第一王女だったクワンダ国女王の目に止まったんですかね?」

「まぁ……、そうとも言う、かな?」


 と言うか、目に止まったのではなく、否応なく付き合わされたと言うのが正しいのだけれど。


「ますます分からん!」


 椅子にどっかりと座っているガスパールは、腕を組みながら更に頭を傾げる。そりゃそうだ。この説明で理解出来たら、どれだけ天才かって話である。


「んー……、あんまり大っぴらに話すようなことではないのだけど、今のクワンダ国女王が、元は陛下の婚約者だったのは知っているわよね」

「まぁな。もうすぐ嫁いでくるはずの王女様が王太子になったって、平民の間でも大騒ぎになったからな」

「それじゃあ、婚約を破棄してまで、当時の第一王女が王太子になった理由は?」

「そうですね……、普通に考えたら、病気になったとか、問題を起こして廃嫡された、とかですかねぇ?」


 ニールもガスパールと同じように首を傾げながら、そう答えた。


「ある意味どちらも正解よ」


 あの頃を思い出し、私はため息を吐いた。


「その病気が俗に言う『恋の病』でね、恋の成就の為に、問題と言うのが幼少時からの婚約者にあらぬ疑いをかけて、相手有責での婚約破棄を目論んだのね」

「普通に婚約を解消してから、新たにお目当ての女と婚約を結ぶんじゃだめだったのか?」


 そう思うよね。そんなに簡単な事ではないかもしれないが、本当にその恋の成就を望むのであったなら、王太子という身分も権力もあるのならいくらでも手段があったのではないかってね。


「お相手の女性が平民だったのですよ。あちらの学院では平民から優秀な人材を特待生として入校させますからね」

「ははぁ。そいつは夢物語みたいな話だな。平民と王子様の恋物語って、女子供が喜びそうじゃねぇか」


 そう言ってガスパールは一瞬考え込むように視線を天井に向けた。


「……夢物語つーか、王弟妃もそうじゃね?」


 そうなのだ。王太子と第二王子と言う点では違えど、平民出の女性が王族と恋に落ちた。それも同時期に。


「不思議な話だなぁ」

「まぁ、こちらは成功例。あちらは失敗例ってところでしょうか」

「んじゃ、王弟妃と同じように貴族に養女にして貰えば、王太子の婚約者になれたんじゃねぇの? 特待生って事は優秀なんだろうし」

「そう簡単ではないのよ。いくら優秀でも妃教育を受けていない女性に王族として振る舞え、なんて到底無理な話でしょう?」

「でも王弟妃は王弟妃してるじゃねぇか」


 そうだけれど、彼女とは全然違う。


「王弟妃は王弟妃だから認められたの」


 そうとしか言えない。納得していなさそうな顔をしているガスパールに、どう言っていいものか、私は頭を悩ませた。


「まず、初めが違うのですよ」


 そこに助け船を出したのはライニール様だった。


「王弟妃は平民出だけれど学園入学時には母親の再婚で男爵家に入って養女になっているでしょう? けれど、その女性は平民として学院に入学しているのです」

「どう違うんだ?」


 平民出というのに違いはなくとも、グラン国王立学園、クワンダ国学院に貴族であるという認識で入学しているのと違うのでは、大きな差がある。


「学園、学院の人間関係は社交界での縮図なのですよ。学院で平民として入学して来た女性に対して、貴族の養女になったからと言ってその認識は残念ながら変わりません。だから再婚相手の子供を入学前に籍を入れ養子にする貴族が多いのです」


 その例が王弟妃だ。

 と言っても、入学前に貴族を名乗れる立場になったとはいえ、彼女の学園での生活は安定には程遠かったらしいけれど。


「それにね、当時婚約者だった令嬢はとても素晴らしく、王太子妃として申し分ない方だったの」


 当時第2王子だった王弟には婚約者は存在していなかった点も、あちらとは違う。


「あぁ、だからあらぬ疑いをかけて、という所に繋がるんですか」


 やっと理解したのか、ニールは深く頷いた。だが、ガスパールは未だに首を傾げたまま。


「んでもよ、あらぬ疑いってもんをかけた所で、平民出は王太子妃にはなれねぇんだろ。意味がなくねぇ?」

「あら、ガスパールったら良い所を突くわね」


 ガスパールが言うように、平民の女性ではなく王太子妃として相応しい別の高位貴族のご令嬢が代わりに婚約者に宛がわれただろう。

 

「そのままでは王太子の婚約者には決してなれないわ。でも王太子妃として相応しいとして認められれば別。それだけの功績を収めればいいのよ」

「どうやってだよ?」


 察しが悪い。もう答えは出ているのに。


「あらぬ疑い、まぁ冤罪よね。それは本当に起きたことでなければ説得力がないわよね。だって罪として裁かれなければ、追い落とせないもの」


 私が冤罪をかけられた時だって、実際に宝飾紛失という事実があったからこそ出来たのだ。


「王太子だった彼は、ご自分に与えられた予算だけではなく、国庫のお金にも手を付けてしまったの」

「「はぁ!?」」


 ガスパールもニールも、あんぐりを大口開けて呆れている。


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