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第10話

「気持ちは分かりますけどね。本当どうしたんです。らしくないですよ、マーシャ」


 そんな我が儘を言うような子ではなかったでしょう? とライニール様からのお叱りに、私も自分に対してらしくないとは思っている。


「ストレス、ですかね……?」


 我ながら、こんな弱々しい声が出るなんて思いもしなかった。そんな私の様子にリアム君は「僕がご一緒してもいいのなら喜んで行くのに…」と頭を撫でてくれる。


「特例親善大使って、留学生を送りだすだけがお役目ではないじゃないですか……」


 それを考えると、鳩尾ら辺がきゅっと締め付けられるのだ。

 留学生と共にクワンダ国へ赴くだけでいいのなら、こんなに悩まない。だが特例親善大使とは、両国の友好関係を内外に知らしめる為のパフォーマンス的要素が多いのだ。

 まずは、グラン国から旅立つ際にある式典、そして留学生を引き連れてのパレード。これは馬車の中から笑顔で手を振る程度のことだから何とでもなるのだ。だが、問題はクワンダ国に着いてからだ。


「あちらの歓迎の夜会開かれますよね。今の私に耐えられる男性が居るとは思えないんです……」


 気の進まない、一番の理由はこれだ。

 主賓である特例親善大使()が夜会を欠席するわけにはいかない。そして夜会に出席するなら男性のエスコートは必須。更にダンスを披露するのも仕事の内なのだ。もちろん、グラン国でも式典後に夜会は開催される。こちらの夜会では実父も実兄もいる。婚約者がいない私のエスコートをするのは親族で問題がないのだ。最悪、ダグラス様だっている。

 だが、クワンダ国の夜会では親族もダグラス様もいない。ライニール様でさえ一定の距離を保たないと冷や汗と震えが止まらない私が、誰にエスコートを頼めと、誰とダンスを踊れと言うのか。


「あー、なるほどなぁ……、今のお前にはちとキツイなぁ」

「そうでしょう!? リアム君が一緒に来てエスコートしてくれれば全て解決するんですよ」

「無茶言うな。許可できるか!」


 分かっている。分かってはいるのだ。よしんば手を尽くして尽くしまくって、リアム君の同行が許されたとしても、だ。エスコートを8歳の男の子にしてもらう25歳の私って、それ一体どんな図なのよ。そういうご趣味が?と疑われること間違いなしである。赤っ恥を晒すどころの話ではない。一歩間違えば、グラン国の恥さらしだ。

 だが、そんな事を言い出してしまう位に追い詰められているのだ。どうか分かって欲しい。 


「落ち着け、嬢ちゃん。あっちの旧友でなんとかなりそうな奴はいないのか? 確か仲良くしてる奴がいたじゃねぇか」

「いますけど、彼にエスコートは頼めないんです……」


 それが出来ていたら、こんなに悩まない。恐らく旧友なら私の発作が起きないと自信を持って言えるのに……っ!


「馬鹿ですね、マーシャ。私がそれに思い当たらなかったとでも思いますか?」

「……え?」


 思わぬライニール様の台詞に、私は口からは間抜けな声が出た。


「リアム、ちょっとこっち来-い」

「はぁい」


 え、ちょっと待って待って、リアムくーん!

 私の音にならない叫びも虚しく、ダグラス様に呼ばれたリアム君は素直に離れていく。それとは反対にライニール様が私に近づいてくるものだから、頭の中はパニックだ。

 この一瞬にして変わった空気はライニール様から放出されている。


「え、え……っとぉ?」


 にこぉ、と目の前で微笑むライニール様に冷や汗がタラリ。これは嫌な予感、警報が鳴りまくる。


「クワンダ国へ出国までの一か月が勝負ですね」

「……何が、です?」


 なんて聞かなくても大体の予想はつく。付くけど認めたくはない。


「一先ず私とダンスを踊れるようになりましょう」


 毎日毎日毎日毎日、これでもかってくらいライニール様との物理的接触を持つ訓練して、やっと不自然ではない距離になれるようになったのに? 男性が近づくだけで震える私に、手だけではなく体も触れるダンスをたった一か月でどうにかしろと本気で言っているのだろうか。

 そう思ったのが顔に出ていたのだろう。


「苦手は克服。これは第2部隊では鉄則です」


 私は騎士でありません、という反論は、にっこり、にっこり、にっこりと、大変迫力のある笑顔で黙殺である。そんな笑顔の大安売りなんていらないんですが!

 確かにね、私の憂いを晴らすにはこの症状を克服するのが一番手っ取り早い。でもそんなに簡単に克服が出来ていたら、こんなに悩んでないんですよ。


「マーシャさん、がんばって下さい!」


 純粋な笑顔で応援してくれるリアム君。その両隣で同じ顔して「どんまい!」と親指を立てているオヤジ二人と、涼し気な顔してお茶を淹れ直している我関せずなキツネ一人。


 私の味方、どこにもいない!


「明日から、楽しみですね」


 一見頭脳派に見せておきながら、実のところ結構な脳筋のライニール様の無情な宣告は、私のストレスを倍増させるだけなのだった。


 胃がキリキリするぅ!


 私が胃を押さえていると、外からノックが鳴った。


「リアム坊ちゃん。そろそろお時間です」


 聞こえて来たのは護衛の声だ。


「え、もうそんなお時間ですか?」


 ソファからあわてて立ち上がるリアム君に、ダグラス様が頭にポンと手を置いた。


「リアム。俺との約束は覚えているか?」

「はい!」

「ならいい。楽しんで来い」

「はい!」


 おやおやおや、もしかしてこれからリアム君とダグラス様は別行動なのかしら?


「どこに行かれるんです?」


 私と同じように思ったのだろうライニール様が楽し気にリアム君に尋ねた。


「孤児院のお友達と秘密基……じゃなくて、お約束しているのです!」

「まぁ!」


 孤児院慰問時にお友達なった子たちと遊びに行くのね、と私の顔は盛大に綻んだ。しかも、秘密基地って言っちゃっているし。


「気を付けて行ってらっしゃいな」

「はい。マーシャさんも今度ご一緒しましょうね!」


 あら。子供たちだけの秘密だろうに、私を連れて行ってくれるのかしら。


「えぇ。楽しみにしているわね」


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