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第9話

「ぶはははは、それで親善大使引き受ける羽目になっちまったつーわけかぁ。そりゃ難儀だなぁ、がはははっ」

「笑い過ぎよ!」


 目の前で盛大に大爆笑してくれちゃってるガスパールに、私はクッションを投げつけた。それを難なくキャッチするガスパールに思わず舌打ちである。


「マーシャも舌打ちなんてするのですね」

「……あ」


 しまったしまった。せっかく延び延びになっていたライニール様の約束を果たす為にアネモネ宝飾店を訪れたのに、ついうっかり。気を抜いてライニール様の前ではしたなく舌打ちをするなんて、とんだ大失態である。


「あー、嬢ちゃんはよく舌打ちするぜ。兄さんにはしたことねぇのか?」

「俺にもよくするぞ。なぁ、相棒」

「だなぁ、相棒」


 余計な事を言うガスパール。そしてなぜか居るダグラス様。


「……ガスパールもダグラス様も少し黙りましょうか」


 じろりとにらみ付けると、おぉ、怖い怖いと茶化し始める二人。お互いにお互いを相棒と呼ぶこいつらは、確か大貴族と平民の間柄のはずなのになぜこんなに気が合うのか。類は友を呼ぶってやつなのだろうか。私は深いため息を吐いた。


「そんなに落ち込むことはないでしょうに。とても光栄なお役目ですよ」

「それは分かっているんです。ですが……」


 それでも気は重い。


「陛下には真顔で『無理です』の一言で終わったのになぁ」


 そうなのだ。

 ラウルに遭遇したあの日に執務室へ赴いた際、陛下から受けた特例親善大使の打診を、私は一度お断りしているのだ。親善大使としての期間は3か月ほど。つまりはその間マイラ様の元を離れるということだ。王妃付き筆頭として、それは断固拒否の構えだったのに。


「ありゃ、マイラ様の作戦勝ちだ」

「まぁ、あの流れで断るというのは少々無理がありましたしね」

「それも嬢ちゃんの教育のたまものってやつだろうしなぁ」


 3人は暗に「諦めろ」と言っているのだ。

そんな事は分かっている。今更うだうだと言った所で無駄な事も。それにガスパールが言うように、マイラ様に相手から断れない状況に追い込む方法を伝授したのは、正しく私である。これぞ自業自得の極み。


「むむむ……っ」


 でも心の整理がつかなくて、私はクッションに顔を埋めた。王宮では決して晒さない私の姿であることは承知している。だがダグラス様とガスパールは私のこんな様を見慣れているし、ライニール様に限っては舌打ちを見られたのだから今更取り繕っても無駄……と自分に言い訳をしているだけで、本当の所は取り繕うほどの気力が私にはないのだ。今だけだから、どうか無作法は見逃して欲しい。

 くすくすとライニール様の笑う声なんて、聞こえないったら聞こえない!


「あーっ、マーシャさんを虐めているのは誰ですか!」


 現実逃避をしていると、ドアのノックと共にひょこっと顔を出してきたのは、私の可愛い騎士様リアム君だ。危なげなくお茶を載せたトレーを手に頬を膨らませている。その後ろには、ニールが扉を開けるサポートをしていた。

 ダグラス様と共にアネモネ宝飾店を訪れたリアム君が、お茶を入れるニールのお手伝いから戻って来たのだ。


「誰もそんなことはしていませんよ」

「そうだぞ、リアム。それにこいつは俺達に虐められるような可愛い性格はしてな、ぶひゃっ!」


 おっとごめんなさい。何やら妙な台詞が聞こえてきた物だから、ついつい手元にあったクッションがダグラス様のお顔を目掛け飛んで行ってしまったわぁ。


「んもう、お父様、めっですよ!」

 

 ぷんと口を尖らせるリアム君に、ささくれていた心は一瞬にして融解である。可愛い過ぎる。


「大丈夫ですか、マーシャさん」


 心配そうに窺ってくるリアム君に、私のハートはきゅんきゅん鳴りっぱなし。


「んー、ダメかも。慰めてくれる?」


 そう言って手を広げると、トレーをテーブルに置いたリアム君は「もちろんです」と胸の中に飛び込んでくれた。あー、至福!


「マーシャさんを虐める人は僕が懲らしめてあげますから安心して下さいね!」


 と、力いっぱいぎゅうっとしてくれるものだから、もう愛しくて愛しくて。


「いや、虐められたのは俺じゃね?」


 なんて聞こえてきたダグラス様の呟きなんて聞こえません。余計な事を言うダグラス様が悪いんじゃないですかね。


「機嫌が直ったようで何よりじゃないですか」

「女の機嫌を直すには犠牲は付き物ってな、どんまい相棒」


 我関せずとリアム君の持ってきたお茶を啜る二人に、ダグラス様はガクッと肩を落とした。


「しかしあれですね。お嬢さんがこんな風に引き摺るのも珍しい。いつもはもっと切り替えが早いのに、何がそんなに気がかりなんですかね?」


 ニールの指摘にリアム君を堪能していた私は、ほんの少しだけ顔を上げる。私を見るみんなの目が生暖かいなんて絶対に気のせい……だと思いたいだけとか気付いちゃだめよ、私。


「確かになぁ、何だかんだと言いながら、腹決めるのが早い嬢ちゃんがなぁ?」

「……それは買い被りよ。私だってこんな体にさえならなければ……っ」


 大体、陛下に一度はお断りした案件だ。

 それなのに、なぜマイラ様はあのような真似をしてまで、私を特例親善大使にしたかったのだろうか。

 マイラ様から信頼されていることは単純に嬉しい。だが私でなくても良かったのは、陛下からの勅命ではなく打診だったことからしても明白だ。クワンダ国女王直々のご指名? そんな事、聞いていない。それなのにマイラ様はその旨をお尋ねしても口を濁したまま、私に有無を言わさず承諾させたのだ。私の事情を理解していながら、だ。


「むむぅ、マーシャさん、何か困っているのですか?」


 私を案じるリアム君に癒されはするが、どうしても眉毛は下がり気味。


「僕がお手伝いできることはありますか? 何でも言って大丈夫ですよ。僕はマーシャさんの味方ですからね」

「まぁ、嬉しいわ!」


 ちょっと、今の聞きました? 私が困っているからと何でもお手伝いしてくれるんですって。リアム君が味方なんて、絶対無敵じゃないですかぁ。


「じゃあ、私と一緒にクワンダ国へ行ってくれる?」


 これが叶うのなら、憂いの大部分が解消されるのだ。


「「「「いや、それは無理」」」」


 ですよねー! とリアム君以外の男性4人の見事なシンクロに心で泣いた。


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