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第7話

「皆様、ようこそお越し下さいました。このような素敵な時間を過ごせることを嬉しく思うと同時に感謝も致しますわ。どうぞ心行くまで楽しんで下さいね」


 ふふふ、と嫋やかに微笑むマイラ様の挨拶でお茶会は始まった。

 王妃主催のお茶会では、私達侍女がマイラ様の手足の代わりとして、招待したご令嬢達のおもてなしをする。もちろん私とマリィはマイラ様のテーブル担当である。

 社交界デビューしたばかりの15歳から18歳までの令嬢達は、初めての王妃主催のお茶会という事で緊張を隠せないようだ。

 まずは、リラックス効果のある紅茶で緊張を解してあげましょう。


「まぁ、なんて素敵な香りなの」


 紅茶を淹れていくと、令嬢達の感嘆の声が上がる。


「こちらのお菓子もとても濃厚なお味。でも少しも重くないのね。不思議だわ!」


 と、お菓子でも絶賛の嵐である。


「うふふ、そう言って貰えると嬉しいわ。皆様に喜んでもらいたくて、沢山悩んで厳選した物を用意したのよ」

「まぁ、王妃殿下直々に選んでくださったのですか?」

「えぇ、そうよ。だって私のお茶会に来てくれたのですもの。当然でしょう?」


 そう微笑むマイラ様に、令嬢達は感動やら感激やらで涙をハンカチで拭う人も。感受性豊かなお年頃だからね。と思って、お花畑劇場に涙する愉快なおつむ軍団を思い出してしまった。自分に酔いしれるのとは違う。マイラ様の心遣いとあれは一緒では絶対ないのに、だ。

 チラリと王弟妃信奉者であろう令嬢に視線を向けると、一人だけ不機嫌とまでは言わないものの、周囲の感動している令嬢達とは違う空気を醸し出している。

 その令嬢の隣に座っているエイミー嬢の髪には、時間がないながらも必死に手直しして飾った髪飾りが揺れていた。他の令嬢と同じくマイラ様に尊敬の眼差しを送っている所を見ると王弟妃信奉者ではないようである。


「あら。アガサ子爵家のエイミー嬢、でよろしかったかしら。貴女のその髪飾り、もしかして私と同じ彫金師ではないかしら? マーシャ、貴女もそう思わない?」

「あ、え…っ」


 いきなりマイラ様に声をかけられたエイミー嬢は、小さく身体を飛び跳ねさせて狼狽える様子を見せた。私が用意したのだから、どこの彫金師なのか知らないエイミー嬢には答えられないのは当然だ。


「えぇ、そのように見受けられます」

「そうよね、うふふ。私、大きい石を使った髪飾りも素敵だと思うけれど、この彫金師で作った繊細な金細工と、散りばめた小さな石との調和がとれた宝飾がとても好きなのよ。だって、ほら」


 と、マイラ様は自分の髪を手で靡かせた。すると、太陽の光でマイラ様の朱金の髪と髪飾りがキラキラと輝き、令嬢達からは感嘆のため息が零れた。


「僭越ながら私も同じ彫金師の物を使わせて頂いておりますわ」


 そう言って、私もさりげなく髪飾りを令嬢達に見えるように頭を傾ける。マイラ様の朱金の髪のような輝きは私の髪にはないけれども、それでも「素敵」という令嬢達の呟きはしっかり聞こえて大満足。まぁ、この髪飾りはライニール様からの戒めという品ではあるのだけれども、令嬢達の心を掴むには十分すぎる品だ。


「エイミー嬢、貴女もとても素敵だわ」

「あ、ありがとう存じます」


 マイラ様からのお褒めのお言葉を頂いたエイミー嬢は、真っ赤に顔を染めた。そして、ほんの少しだけ私に視線を向けて、嬉しそうに破顔した。

 可愛らしいその笑顔に私は微笑み返し、また丁度向かい側にいるバウワー伯爵令嬢にも笑顔を向ける。私に気付いたバウワー伯爵令嬢の唇が小さく弧を描き、ホッと一安心。

 バウワー伯爵令嬢の心遣いが無駄にならずに良かった。だが、そう思ったのもつかの間。


「宝飾と言えば、私、つい先日に嫌な噂を耳にしましたの。ブーレラン子爵令嬢が起こした例の事件、別の令嬢が深く係わっていたとかで、緘口令が敷かれたのですって」


 せっかくの空気をぶち壊す爆弾が投下された。


「ちょ、何をおっしゃるのです、アナベラお姉様!」


 エイミー嬢が慌てて、王弟妃信奉者だろうアナベラ・ゴードン伯爵令嬢を諫めるが、彼女は止まらない。


「だって、皆様も気になりませんか。今をときめく王弟妃殿下の宝飾品を盗んだ極悪人のお話ですもの。今、一番旬の話題ですわよ、ねぇ?」


 そう言って、意味深な視線をバウワー伯爵令嬢に向ける。


「そう言えば、バウワー伯爵令嬢はブーレラン子爵令嬢とは仲が宜しかったのですわよね。何か、ご存じではありませんの?」


 あ、ごめんなさい。もう彼女は子爵令嬢ではありませんでしたわ。とアナベラ嬢はクスクスと笑った。その口ぶりは、バウワー伯爵令嬢がその令嬢かと言わんばかりで、周囲の令嬢たちも困惑を隠せない。

 けれど当のバウワー伯爵令嬢は狼狽えることなく、涼し気な顔をして紅茶を口に運んだ。


「お止め下さい。アナベラお姉様!」

「貴女は黙っていなさい、エイミー」

「で、でも……っ」

「さぁ、何かおっしゃって下さいませ。それとも何か心当たりがあっての沈黙なのかしら?」


 紅茶を一口含み、そして顔を上げたバウワー伯爵令嬢は真っ直ぐにアナベラ嬢を見据え、


「大変面白い噂ですわね」


 それだけを言って、また紅茶を口に運んだ。


「な……っ」


 アナベラ嬢の相手をしないその対応は、私と初対面時に喧嘩腰だった態度とは真反対過ぎて、同一人物かと疑いたくなるレベル。この数か月で随分と大人になったものだと、思わず感心してしまった。


「あ、あ……っ」


 だが、その対応に腹を据えかねるのはアナベル嬢だ。フルフルと顔を真っ赤に染めて、バウワー伯爵令嬢を睨みつけている。

 挑発にも乗らず、むしろ相手にすらされていないのだから当然の反応だ。恐らくは、王弟妃のご友人を辞退したバウワー伯爵令嬢に対しての嫌がらせなのだろうが、王妃主催のお茶会でのこの発言、そしてこの態度。愚かの一言に尽きる。


「ふふふ、本当に面白い噂ね」


 アナベラ嬢が作り出した不穏な空気は、朗らかに、けれどもどこか迫力のあるマイラ様の笑顔にかき消された。


「私の耳に届かない噂をご存じなんて、ゴードン伯爵家ご令嬢は随分と情報に通じてらっしゃるのね」


 王妃である自分の耳にすら入ってこない噂話をどこで仕入れてきたのか、とマイラ様は言っているのだ。


「そんな話は聞いた事がありませんわ」

「そうですわよね」

「わたくしもですわ」


 次々とマイラ様に同調する令嬢たちに、自分の味方がいないことに気付くアナベラ嬢。

 どうして王妃主催のお茶会を台無しにしようとしたアナベラ嬢の味方をする人がいると思えるのか。甚だ疑問である。いつもの事ながら、王弟妃信奉者のおつむの仕組みは理解しかねる。


「それに、今をときめく旬な話題と言えばあれですわよねぇ」

「えぇ、えぇ。そうですわよね。今年は誰が選ばれるのかと、学園でもそのお話で持ち切りですのよ」

「私もですわ。気になっていましたの!」


 その話題に、ドッキンと心臓が飛び跳ねた。そしてじんわりとした冷や汗も。


「「「今年の特例親善大使」」」


 令嬢達は顔を見合わせ、声を合わせて一斉に言った。そしてマイラ様の目がキランと光る。私には分かる。表面では王妃然としているマイラ様の内心が。


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