第6話
「マーシャ様、こちらのチェックをお願い致します」
「今行くわ。あ、ちょっと待って。そこのお花はテーブルに飾ってちょうだい。暖かくなってきたら、長時間萎れないようにお水はしっかり含ませてね」
「マーシャ様、お席順なのですが、どのように致しましょうか?」
「それだったら、これを見本にマイラ様がお書きになったカードを配置して。ご案内する時に間違わないように、担当はしっかり覚えておいてちょうだい」
そう言って、決めておいた配置を記した紙を手渡す。
「承知致しました」
「お願いね」
一息つく暇もない。まさにそう言った感じだ。
今日は、社交界デビューしたばかりの令嬢を招いての王妃主催であるお茶会が開かれるのだ。忙しないのも仕方がない。毎年恒例のこととはいえ、当日はやることが多い。ましてや、王妃主催で行うお茶会だ。失敗など許されない。一段と気を張らなければ。
「マーシャさん、来て下さいなぁ」
「あら、マリィ。何か不手際でもあった?」
ある程度の事なら指示がなくとも対応の出来るはずのマリィの呼び出しに、私は不思議に思った。
「ちょっとぉ、気になるものを見つけてしまいましたわぁ」
「え、気になるものですって?」
マリィの勘は侮れない。それは長年の付き合いで分かっている。
「これですわぁ」
そう言って案内されたのは、お茶会で使用する予定のティーワゴンだった。
「こちらの葉とジャムは使う予定はありませんでしたわよねぇ。なぜかリストに入っていて全てのワゴンに用意されていたのでぇ、おかしいなぁって思ったんですけどぉ」
「んん…?」
そのリストは私が用意したのだ。それなのに、私が入れたはずのない物が紛れ込んでいるなんて、本来だったら有り得ないこと。
「ライニール様にご報告して。そして飲食に関するもの全てに対して、もう一度私とマリィでチェックをするわよ」
「承りましたわぁ」
手に取った葉の香りからは、生死に関わる毒ではないものの妊婦にとっては害になる葉の香りがした。マリィもその事に気付いている。
もしもマイラ様が懐妊していたら、どうなった事か。それが狙いなのか、もしくは只の脅しなのか、随分と馬鹿にしてくれる。
「マリィ、令嬢達が身に付けてくるものにも気を付けておいて。気になるような物があったら、場合によっては外させて。いいわね」
「はぁい」
そんなにあからさまな物を身に着けてくるとは思えないけれど、念を入れて確認をしておくに越した事は無い。
それにしても、だ。
「舐めた真似をしてくれること……」
私の喉から出た声は、ひどく冷たいものだった。
それから数刻後、準備の整った庭園にて令嬢達が集まり始めていた時、庭園入り口で小さな騒ぎが起こっているのに気が付いた。
「どうしたのです?」
集まっていた令嬢達がそれに気付く前に処理をしなければ、と駆け付けた私が見たものは、一人の令嬢が顔を伏せて泣きわめいている姿だった。その傍らには寄り添っている、また別のご令嬢。そして赤髪を靡かせて気の強そうな眼差しで佇んでいる、シエルリーフィ・バウワー伯爵令嬢がいた。
狼狽えている案内役のメイドが、何が起こったのか私に耳打ちをした。
「あぁ、なるほど」
泣きわめいている令嬢の髪には生花が飾られている。それも大輪の百合の花が。
「少し落ち着きになって下さいませ」
そう言って落ち着かせる為に令嬢の背中を撫でると、その百合から突き抜けるような甘い香りに思わず咽そうになった。
「だって、だって、この方が…っ」
「私は間違ったことは申しておりませんわ。夜会でもあるまいし、そのような大きな百合はお茶会に相応しくないと申したまでですわ」
「なんて失礼な!」
「ひ、酷いですわぁ……うぅ」
この発言に令嬢はさらに泣くし、そのご友人である令嬢も親の仇かと言わんばかりにバウワー伯爵令嬢を睨みつける。
「お嬢様はアガサ子爵家のご息女ですわね」
「は、はい。エイミーと申します」
「では、エイミー様。そんなに泣いてはなりません」
「で、でも…ぅぅ」
せっかく綺麗にお化粧を施してきただろうに、涙で顔面はボロボロだ。このままお席に案内しては、さすがに可哀そうすぎる。
仕方がない、と私はエイミー嬢の傍らにいた令嬢に顔を向けた。
「貴女がたは先に庭園へ。エイミー嬢は私にお任せくださいませ」
「え、ですが……っ」
「大丈夫です。私が責任を持って時間までに庭園へ向かいますので、どうぞご心配なく」
丁寧に接してはいるが、お茶会まで時間はないのだ。有無を言わせる気はない。
「わ、かりましたわ。くれぐれもエイミーを頼みましたわよ」
私の無言の勢いに押されたのか、令嬢は素直に応じた。ただ、去り際にバウワー伯爵令嬢を見やり、
「裏切り者のくせに」
と吐き捨てた。
その言葉に、この令嬢は王弟妃信者かと理解する。エイミー嬢に不躾な発言をしたとは言え、あんなに敵愾心をむき出しにしてきたのは、バウワー伯爵令嬢が王弟妃のご友人という立場を辞退したからか、と納得もした。
「ではエイミー様。そんなに泣いては目が腫れてしまいますわ。さぁ、こちらにいらして。まずはその目を冷やしましょう」
背中に手を添えて、庭園ではなく室内へ誘導すると、素直にエイミー嬢は歩き出してくれた。ここで我が儘を言わないでくれて助かった、と内心ほっとする。
私はバウワー伯爵令嬢を見やり、案の定悔しそうな表情をしている彼女に目配せを送った。恐らく、悔しそうな表情なのは、エイミー嬢に対してではなく自分に対して。
想像するに、バウワー伯爵令嬢の忠告はエイミー嬢を思ってだ。
もし、エイミー嬢がこのまま庭園のテーブルについたとしたら、お茶会の場で香りの強いものを身に付けて来たマナー知らず、と恥をかいてしまっていただろう。だからその前に、バウワー伯爵令嬢は彼女の為を思って指摘したのだが、それを上手く伝えられず、自分に対して落胆せざるを得ないのだろう。
バウワー伯爵令嬢も損な性分だなぁ、と内心苦笑。でもバウワー伯爵令嬢を気に入っている私としては、そこが可愛い、と思ってしまっている。
私の目配せに気付いたバウワー伯爵令嬢に、任せて、と声に出さずに伝えると、彼女はクシャリと顔を歪ませ、そして小さく頷いた。




