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プロローグ


 学園主催の卒業パーティ。

 我がクワンダ国の王太子として、信用の置ける側近を従え、愛しい女性を傍らに私は大広間へ向かった。そしていつものように壇上に登り見下ろした。

 私が姿を現すと、大広間にいる生徒が話を止めこちらに意識を寄せる。それは自分にとっては当然のことで、見下ろす光景も見慣れた当たり前の光景だった。


「アイリーン・ブラウ。前へ出ろ!」


 そう私は高らかに壇上から言い放つ。

 視線の先は、幼少の頃からの私の婚約者であるアイリーン・ブラウだ。

この女は自分の婚約者であるという事を笠に着て、学園内で傍若無人に振る舞い、罪なき生徒に対して非道な行いをしてきた。傍らにいる愛しい人ソフィアもその被害者の一人。否、被害者の筆頭だ。

 今日、この場でこの忌々しい婚約者との縁を切る。そして、愛しのソフィアの為、断罪を下す、そのつもりでいたのだ。

 前に出ろ、と私が告げたにも関わらず、アイリーンは顔の前に扇を広げ、その隙間から訝しそうな眼差しを私に向けて来た。その瞳には私を見下すような色を宿しており、胸の奥がザワリと騒ぐ。

 私はその胸の騒めきを無視するように、横目で親友でもある側近に指示を出す。言葉に出さなくとも、私の意思を汲んだ親友は壇上を降りアイリーンの元へ向かった。それは当然、無理にでも私の前に強制的に連れてくる為にだ。

 だがアイリーンは親友が手を伸ばしてきたのを扇で払い除ける。それもわざとらしく大きな音を立てて。


「わたくしに許しなく触れるおつもりかしら?」


 アイリーンは、その淑女らしからぬ行動とは反対に、それはそれはとても美しい笑顔と声音で言い放つ。そして男女問わず生徒の数人がアイリーンを庇うように、親友との間に壁を作り距離を取らせた。

 その異様ともいえる生徒達の殺気染みた雰囲気に、親友が気圧され一瞬後ずさる。


「……情けない事…」


 その親友の様を嘆く小さな呟きが広間に響き渡り、それに伴って失笑が広がっていき、また心がザワリ。


「く…っ、ええい、静まれ!」


 私は更に声を張り上げた。だが広がった失笑は収まる事はなく、更に大きくなるばかり。それなのに、


「皆様、どうぞお静かになさって。王太子殿下がお話しなされるようですわ」


 そのアイリーンの言葉に、一瞬で会場が静まり返った。


「……っ」


 私の張り上げた声では静かにならなかったのに、アイリーンの静かな声に皆が従う。なぜだ、と私はあまりの悔しさに唇を噛み締めた。


「さぁ王太子殿下。わたくしに何かおっしゃりたいことがおありなのでしょう? どうぞお話しになって」


 ふふ、と扇で口元を隠しアイリーンは笑った。その笑顔に、またざわり。なぜこんなに胸が騒ぐのだ、と一瞬の思考の停止。


「……殿下……」


 腕に抱いていたソフィアの不安そうな声に、はっと我に返った。ソフィアを見やると、私を一身に案じる眼差しにぶつかり、心の中に彼女を守らなければ、という強い気持ちが込み上げる。

 そうだ。今は周囲の事などどうでもいい。私はソフィアの為に、アイリーンに正義の鉄槌を下す必要があるのだ。

 

「アイリーン!」

「はい、何でございましょう?」


 余裕溢れる笑みがいつまでも続くと思うな、と内心あざ笑う。その笑みが崩れるのが楽しみで仕方がなくて…。ずっと感じている胸騒ぎも、背中に走るザワリとした感触も、きっとその高揚感によるもの。

 すぅっと息を吸い込み、その息に声を乗せてアイリーンに現実を叩きつけてやった。


「アイリーン・ブラウ。貴様の非道なる行い、私は全て承知している。そんな女を次期王妃とは認める事はできん。今この場で、アイリーン・ブラウ、貴様との婚約は破棄とする。拒否は認めん。これは決定事項だ!」


 堂々と突き付けられた現実に、絶望でもすればいい。


「そして、私はクワンダ国王太子としてここに宣言する。今この瞬間から、次期王妃となる我が婚約者はソフィア・アンダーソンだ。皆もその旨と心得よ」


 それなのに。


「お好きにどうぞ?」


 ふふ、と美しい笑い声。そこには絶望どころか悲しみ一つなくて。


「な、んだと?」


 予想もしない反応に声が上擦る。


「ですから、お好きにされると宜しいですわ、と申しました」

「は、反論くらいは聞いてやってもいい…」


 これはきっとただの強がりだ。本当は私に見捨てられて辛いに違いない。そうに決まっている。


「ふふ、おかしなことを…。拒否は認めないけれど反論は許して下さるなんて、ふふふ」


 アイリーンの声は決して大きくはないのに、なぜか広間に響き渡る。


「反論なんて何一つございませんわ。だってそれは私がする事ではございませんもの」


 アイリーンは何を言っているのだろう。さらに胸騒ぎが無視できない程に大きくなるにつれ、手足が冷たくなっていく。


「…なにを……?」


 声が上擦る私をよそに、アイリーンは扇の隙間からでも分かる程の満面の笑みを浮かべ、それからおもむろに視線を外した。


「ねぇ、そうでございましょう?」


 そう言って、アイリーンが視線を向けた先にいたのは予想もしなかった人物と、その傍らには向日葵色した豊かな髪を靡かせ、琥珀の強い眼差しを持つ少女がいた。


大変お待たせいたしました。

第2章、連載開始です。が、亀更新可能性大!

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