第72話
それから数日。
特に大きな怪我もなく救出された私は、王宮に早々に復帰し、書類仕事に追われていた。
私が意識を失った後、ブーレラン子爵令嬢含め荒くれ共全員を拘束、連行する事が出来たという。そしてバウワー伯爵令嬢も無事に保護。彼女も私同様、大した怪我もなく、今は元気に学園に通っていると聞いた。
だが、驚いた事にあの屋敷が半壊半焼となり、盗まれた宝飾品は回収できたものの、その他の目ぼしい証拠は火に焼かれてしまったらしい。
私が撒いた油のせいかと思ったりもしたけれど、あの油の量でそんな火が燃え盛るはずないし、それにあれだけの騎士が突入してきておいて鎮火させないなんて事はあり得ないだろう。
不思議に思って、ダグラス様に尋ねると神妙な顔して答えてくれた。
誰かが何らかの理由で証拠隠滅を図ったのだろうと。私も同意見だった。
ブーレラン子爵令嬢と荒くれ共が捕まった事で、王弟妃宮宝飾品紛失事件は一応の収束をみせたが、結局の所、不可解なところが多すぎて、まだ根本的な解決と言い切れないと私もダグラス様も考えている。
その一番の理由はリオとヤンスの存在だ。そして私の身に起こった、あの現象だ。未だに思い出すだけで凄まじい悪寒が襲ってきて、正直辛い。
彼らは結局捕まる事なく逃げおおせたようだった。あの騎士の包囲網の中、捕まるどころか煙のように消えてしまったというのだから、恐ろしい存在であると再確認したのだ。
「マーシャリィ様。王弟妃殿下がいらっしゃいました」
「分かった。ありがとう。今行くわ」
私は筆頭侍女としての書類仕事を一先ず片付け、侍女専用の応接間へ向かった。
今日は、王弟妃とラウルとの約束の日。違った。ラウルとの約束に王弟妃が無理やり入り込んできたのが正しい。
それに約束と言っても、事件が解決したら話を聞くと約束しただろう、と押しかけてきたラウルに、根負けして時間を設けたのが真実だ。
「お待たせ致しました。王弟妃殿下、コールデン隊長殿」
「そんな他人行儀な話し方は止めてちょうだい、マーシャさん。今日は私もラウルも個人として会いに来たの。だからお願い。普通に接してちょうだい」
戯言を抜かしてくる王弟妃にイラリ。そんな事、ここが王宮の一室である限り出来るはずがない。
「マーシャ。僕からもお願いだ。ちゃんと話がしたい。だから今だけ身分や立場の事を横に置いてもらえないだろうか」
こいつもかーっ! 馬鹿なの。そっか、馬鹿なんだね!
「お言葉ですが、ここは壁に耳も目もある王宮でございます。そんな無責任かつ無防備な真似、私にはとてもじゃございませんが出来そうもありません。ご容赦下さいませ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。ここにいるのは私の信用している王弟妃宮の者だけにしたわ。だから少し位羽目を外しても、誰も何も言わないわ」
それが怖いんだって。個人で来たとか言いつつ、しっかりと王弟妃の権力使って、本来ここの担当だった使用人を遠ざけているじゃないのよ。しかも、王弟妃とラウルにとっては信用の置ける者かもしれないけれど、私にとっては敵同然だから!
あぁ、でも引かないんだろうな。私が譲歩するまで、絶対に自分の意思を曲げないんだろうな、この人ら。
「はぁ…、では使用人を部屋の隅までお下げください。話はそれからです」
「分かったわ。では貴方達、用意して来たものを並べたら、私達の声が聞こえない所まで下がってくれるかしら。そう、そうよ。ありがとう」
王弟妃の使用人は私が譲歩した通り部屋の端まで下がり、これで声は届かないだろう。
「これでいいかしら、マーシャさん」
「…そうですね。よろしいかと思います。ですが、私はあくまでも最低限の礼節を保ったままお話をさせて頂きますよ。これが私の許容できる範囲です」
かしこまった話し方を止めただけで有難いと思って欲しい。本当なら、少しでも心を許したと思われる口調、言動は避けたいのだ。自分都合で物を考える王弟妃の前では特に。
「もっとフランクに話をしてくれても良いのに。私も昔みたいにお話しているわよ」
「…これが私の許容できる範囲だと言いました」
「もう、頑固なんだから、マーシャさんは」
貴女が私を語らないでほしいね、全く。私の何を知っているんだか。
「妃殿下。時間は有限です。お話を進めないのなら、私は直ぐに仕事へ戻りますがよろしいですか?」
「ごめんなさい。そんな事言わないで。お話を聞いて」
じゃあ、さっさと話そうか。こんな押し問答をしていても仕方がないでしょう?
「では、お話をしましょうか。今日は何の御用で私に会いに来られたのです? 貴女のご友人であったエイリア・ブーレランの事でしたら、私からお話し出来ることはございませんよ。あったとしてもお話し出来ません。その理由は分かりますよね」
「そうじゃないわ。エイリアの話をしに来たんじゃないの。今日は、貴女がラウルとの婚約破棄の手続きを進めていると聞いて、説得する為に来たの」
「説得ですか…?」
それは何のために?
「ラウルもその件で来たの?」
「…いや、僕は誤解を解きに」
「へぇ…誤解を…」
解いてどうする気なのだろう。今更感がたっぷりのような気がする。
「では、どうぞ。とりあえずお聞きしますわ」
聞いてみないと、何が目的なのか分からないからね。
「じゃあ先にこれを見てくれる?」
そう言って、ローテーブルに並べられた宝飾品のケースを開けていく王弟妃。
「これは紛失していた妃殿下の宝飾品ですか。近衛から返却されたんですね」
見れば見るほど、豪華な宝飾品達だ。一点を除き、全て大きい宝石に金銀白銀の装飾。見るだけで肩が凝りそうだ。
「ごめんなさい、マーシャさん…」
「え、何でいきなり泣くんです? 謝られる意味も分かりません」
なんの予備動作もなく泣き出すものだから吃驚する。グズグズと泣きだした王弟妃に、私はうんざり、いやいや、狼狽えてしまい、どうすればいいのか。
「良く分かりませんが、謝罪は受け取ります。だから泣かないで頂けますか?」
そうじゃないと、使用人たちの目が怖いからぁ、もう。
「違うの、そうじゃないのよ、マーシャさぁん」
あ、しまった。これはもしかしてお花畑劇場の序章⁉
「マーシャ…、このアクセサリー達は、僕が10年前から君に贈ってきた物だ」
うん、王弟妃が泣き出した時から、もしかしてそうかな、と予想していたけれど、やっぱりそういう展開か。
「そうですか。分かりました。良いですよ」
あっさり、さっぱり、あっけらかんと返答をする私。
「え?」「へ?」
そんな反応が返ってくるとは思わなかった二人は、ポカンと呆気に取られている。
「謝罪は受け取りましたから結構です。もう何もお気になさらずとも大丈夫ですよ」
むしろ、私の方が何も気にしていない。
「…何も聞かないのかい?」
「分かっていますから。どうせ、妃殿下はこれがラウルから私へのプレゼントだと知らなかったのでしょう。きっと妃殿下とラウルを慕う誰かに『秘密の贈り物』とでも言って渡されていたのではないですか?」
ブーレラン子爵令嬢も言っていた。『秘密の贈り物』だと。彼女はそれが事実だと思っていたようだけど。
「君は知っていたのか…知っていて、僕を辱めたのか…?」
辱め…。いつ私が辱めたよ。もしかして婚約者を蔑ろにしているっていう噂話の事かな。辱めもなにも、事実だよね。
「何か誤解していませんか? 私は知っていたのではなく、貴方がたの今の反応で推測したに過ぎません。勘違いしないで下さいませ」
「そ、そうか。すまなかった」
素直でよろしい。
いつもありがとうございます!




