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第70話

「そんなの嘘だわ。嘘に決まってる…」


 信じられないよね。信じたくないよね。でも残念。本当の事だ。


「私が監禁されてから、何をしたのか分かりますか?」


 何もせず、ただ安穏と時間を過ごしていたわけじゃない。傷付いた女性を介抱しつつ、しっかりと対策を取っていたのだ。


「当然、監禁されているのだから逃げ出す事は容易ではありません。だから私はまず最初に外部との連絡を取る手段を探しました」

「あの部屋でそんな事が出来る訳がねぇ」


 男も私の言う事を、全く信じていない。そう思いたいのなら思っておけばいい。


「出来ましたよ。私は小窓の外に自分の髪飾りを放り投げただけで、簡単に外部との連絡が取れるようになりましたから」


 別に私は環境改善の為だけにあんな要求をした訳じゃない。私がリオに要求した物の中で、一番にして貰いたかった事。それは小窓を開けてもらう事だった。

 騎士団が私を探すのは分かっていたから、ここに居るという目印を見つけてもらう為に小窓を開けてもらったのだ。他の要求は、叶えて貰えたらラッキー程度に考えていた。


「そこから私は騎士団と連絡を取り合い、女性を確実に保護してもらう為、騎士だけが持つ特定の薬を彼女に飲ませたのよ。そして薬が効き始める頃に、騎士団に突入してもらったの」


 私の手の中で転がされていたんだよ、と言いたい所だけど、リオ達にはバレていたというのだから、何とも釈然としない。


「後は分かるでしょう。泳がされているとも思わず、ここに逃げ込んだのだもの」


 だから荒くれ共がここに逃げ込んだ時点で、ブーレラン子爵令嬢の企みは成功しない事が決まっていたという事。


「更に言えば、バウワー嬢をここに連れて来たのが決定打よ」

「……え、どういう意味?」


 さっきまでの余裕はどこに行ったのやら。狼狽えるのが丸見えだ。


「彼女は要観察対象になっていたのよ。だから貴女が連れだした所もばっちり騎士団に把握されているの。しかも宝飾店に寄ってネックレスを引き取りにまで行ったのでしょう?」


 わなわなと震えだすブーレラン子爵令嬢。自分で証拠になる行動を取ったのだから、そうなるのも、さもありなん。


「墓穴を掘ったわね。残念でしたっ!!」


 そう私が言い放つと同時に、


「あいつらを殺して!」


 そう叫んだブーレラン子爵令嬢だが、そうは問屋が卸さない。私はドレスのポッケから取り出した小瓶を思いっきりローテーブルに叩きつけた。ガシャンと小瓶が割れ、中身が飛び散る。


「きゃ、なに⁉」


 中身はカンテラから抜き取った油だ。そして更に着火灯(ライター)で火を落とすと、もちろん油に火が上がる訳で、ブーレラン子爵令嬢の叫び声が聞こえた。

 この着火灯はリオからの餞別。私がリオに用意して貰った化粧品の中身を油にすり替えていた事に気付いていたのだろう。ほんとムカつく。

 バウワー伯爵令嬢は私が行動を起こすのと同時に、ソファにあったクッションの中身をぶちまけていた。中身は油をしみ込ませた羽毛。こちらの油は室内のランプから拝借したものだ。油がしみ込んでいる羽毛に、私が点けた火が移り、悲鳴はブーレラン子爵令嬢だけのものではなく、荒くれ共の物も飛び交っている。

 更に騎士団が突入してきたのだから、出来上がった状況は阿鼻叫喚。


「行って!」


 私はバウワー伯爵令嬢にバルコニーを指し叫んだ。それに気付いた男が追いかけようとするけれど、そうはさせない。


「ふん!」


 私は更に隠し持っていた小瓶を投げ付ける。中身は残念な事に正真正銘の化粧水だけど、それで十分。怯んだすきに私もバウワー伯爵令嬢の後を追いバルコニーへ出ようとした。

 目指すは下の湖。この高さだったら飛び込んでも死なない。それに騎士が待機してくれているから、最悪は助けに来てくれる。

 けれど、バルコニーの柵に手をかける前に掴まれた髪の毛。バウワー伯爵令嬢がこちらを見て、私の方へ来ようとしているのに気付いた。


「飛んで!」


 そう叫ぶように促すと、一瞬迷ったように見えたが、決死の顔をしてバウワー伯爵令嬢がバルコニーを飛び越えて湖へと落ちて行く。聞こえてきた水しぶきの音は二つ。これで彼女は助かったと思った瞬間だった。

 

「やってくれたな、このアマ!!」


 髪を掴まれ引き倒された私は、そのまま男に拘束された。


「マーシャ!」


 ラウルの怒号が聞こえて苦しいながらも視線をやると、そこには厳しい顔付きで私達を取り囲む近衛騎士の姿があった。

 さすがは騎士団。この短い時間で私を拘束している男以外をしっかりと制圧しているのだから優秀だ。もちろん、その中には声の主であるラウルもいて、厳しい顔つきでこちらを伺っていた。


「うっせぇ。いいから近づくんじゃねぇぞ。少しでも近づいたらこのアマの命はねぇ」


 首筋に冷たい物を感じた。きっとこれはナイフだ。自然とナイフを避けるように顎が上がり、私の顔のすぐ斜め上に男の顔があるという体勢になった。おかげで生臭い息が顔にかかって気持ち悪い。

 でも、それよりも気持ち悪いのは、密着している男の身体だった。汗ばんだ肌が、私の露わになっている肌に触れる度に、ぞくっとした凄まじい程の寒気に襲われ、今にも意識が飛びそうだ。


「ったくよぉ、ほんとついてねぇぜ。せっかくあの忌々しい男がいなくなって、いいパトロンが付いたと思ってたのによ、くそったれがぁ」


 ブツブツと文句を言いながら、ジリジリと私を拘束したまま後ずさる男。


「ここは包囲されている。無駄な抵抗は止して彼女を離すんだ」


 ラウルが説得を試みるが、そんなもので男が抵抗を止める訳がない。案の定、激高した男はナイフを私の喉に押し付けた。


「うっせぇって言ってんだろうがっ。余計な事言ってねぇで、このアマ殺されたくなけりゃ道を開けやがれ‼‼」


 喉にピリッとした痛みを感じて、その後何か首筋から流れて落ちた感触がした。恐らく薄皮を切られて血が流れたのだろう。

 それを見た騎士達は男の本気を感じたのか、逃げられないように取り囲んでいた騎士達が道を開けていく。


「そうだよ。最初からそうしときやがれ!」


 チッと苛立たしそうに舌打ちをして、その道を周囲に警戒しながら進んでいく。それを制止したのは、やっぱりラウルだった。


「あんだよ、てめぇは。邪魔すんじゃねぇ。殺されてぇのか、コラ」


 あぁん、と凄む男に、ラウルは冷静に言い放つ。


「取引をしないか?」

「あぁ? 取引だと…?」

「そうだ。君だって分かっているだろう。彼女を人質にしても逃げきれないって事は」

「だから何だってんだよ」

「だから取引をしようと言っているんだ。もし彼女を解放してくれるなら、君の罪状を数段階軽くする事が出来る」


 何、馬鹿な事を言っているの? 心臓がバクバクと脈打つ中、私は思った。


「どういう意味だよ。もっと簡単に言え」

「つまりは君が捕まっても、数日で解放してやれると言っているんだ。牢屋行きもなく、簡単な聴取をするだけで自由の身になれる。そういう事だ」


 この男を野放しにすると? 信じられない物を見るように、ラウルに視線を向けた。


「……んな事出来るのかよ」

「あぁ、約束する。それに君はただ雇われていただけで首謀格じゃない。なら話は簡単だろう?」

「その保証はどこだよ。あんたにそんな権利があんのかよ」

「私は近衛騎士団第4部隊の隊長だ。その位の力はある」

 

 そんなの職権乱用だ。そんな力を使ってはいけない。


「んじゃ、駄目だ。隊長の上には団長がいるだろうが。あんたがそれを約束したとしてもその団長が首を振れば、どうせ帳消しになっちまうだろうが」

「そんな事はさせない」

「信用できねぇな。んな事言うんだったら、今、ここで団長様に約束させろ。そうじゃなければ女は解放しねぇ」


 止めて。そんなの止めて。ダグラス様を呼ばないで。


「……分かった。今呼びに行かせる。団長がここに来るまで少しだけ待ってくれないか」

「いいぜぇ。もし本当にそんな約束をしてくれんなら、俺としちゃ願ったりだ」


 嫌よ、嫌。女性にひどい扱いをしたこの男を許すなんて有り得ない。あぁ、どうしよう。気持ちが悪い。


「そういえばあんた、第4部隊隊長って言ってたよな。つー事はだ、巷で噂の『悲恋の人』ってぇのはあんたの事かよ?」

「…『悲恋の人』というのが自分の事を言っているのか知らないが、私の名はラウル・コールデン。その女性の婚約者だ」

「あぁん? あんたこのアマの婚約者かよ。ワリィな。人質になんかしちまってよ」

「……」

「でもな、あんたには悪ぃがこのアマが気に食わねぇんだ。クッソムカつくアマだよなぁ。あんたもそう思わねぇか?」

「…彼女は私の大切な婚約者だ…」


 嘘よ。大切? 笑わせてくれるわ。大切だというなら、この男を殺してよ。女性に酷い事をしたのよ。絶対に許せない事をしたの。それなのに、なぜラウルはこの男を助けるの?


「ふぅん。まぁ分からねぇでもねぇな。良い女だとは思うぜ。ちっとばかし生意気だが、頭は切れるし、顔も悪くねぇ。何よりあれだな。この細腰が堪んねぇよな。この腰に指の跡でも付けてやりてぇなぁ。げっへへへ」


 そう言って腰を撫でられ、口から音にならない悲鳴が零れた。


「彼女をそんな汚らしい目で見るな…っ」

「んだよ。怒ったのか? ちっせぇ男だな。もっとでっかく構えとけよ」

「…っ」

「けど、あれだな。あん時に鍵さえ開いてくれてたらなあ…と思うと惜しくて仕方がねぇな」


 あの夜の恐怖がこの男だったのを知って、今まで以上の悪寒がゾワリ。 


「あんたの婚約者の柔肌を味わってみたかったんだけどなぁ?」


 顎を掴まれ、生臭い息を間近に感じたと思ったら、ベロンッと頬から額にかけて生暖かい物が走った。一瞬の思考の停止。そしてこれが舐められたものだと理解した時、私の中の何かがプツンと切れた。


 そしてその刹那、私のヒールが男の足の甲を力の限り踏み抜いていた。


いつもありがとうございます!

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