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第67話

いつもありがとうございます!


 ───────あんたの感じた違和感を信じろ。


 そうリオの伝言を聞いた瞬間、全身が凍り付くような感覚に陥った。脳裏に過ったのは、リオに隠し持っていたナイフを突き付けたあの時の事だ。

 理性に無理やり蓋をして、制御できない感情の奔流に押し流され、自分を見失ってしまいそうになった、あの異様な感覚。

 思い出すだけで大量の冷や汗が流れ出すのが分かった。


「ちょ…っ、ねぇ、大丈夫なの? 顔色が悪いわよ」


 その声にハッと我に返り、バウワー伯爵令嬢を見やった。止め処なく流れていた涙は止まっていて、心配そうな顔して私を窺っている。さっきとは真逆の立場だ。


「…ごめんなさい。大丈夫よ…」


 今、自分が取り乱す訳にはいかない。私は何とか自分を立て直して、引き攣れた声で答えた。


「馬鹿じゃないの、どこが大丈夫なのよ」


 そう言うバウワー伯爵令嬢だって、涙は止まったものの、顔は真っ赤のままだし鼻だって詰まって鼻声だ。


「さっき変な人から水を貰っていたでしょ。それ飲んだら? それで少しはマシになるのではなくて?」

「…っ、それは駄目よ」


 私は水袋を背中の後ろにさっと隠した。


「この中身は捨てるわ。飲むなんて以ての外よ」

「……なんでよ?」


 独り占めする気? とバウワー伯爵令嬢は私を睨む。けれど絶対に駄目と言ったら駄目。


「この水が安全だって保証がないからよ」


 私が監禁されていた時、口にしたのはヤンスが用意したものだけ。もしもだ、私の異変がヤンスの仕業だったとしたら、この水に何か仕込まれている可能性がある。


「あんなに仲が良さそうだったのに? まぁいいわ。だったら私が確かめてあげるから、それを渡しなさい!」

「え、ちょっ、わぁ!」


 その細腕のどこからそんな力が出るのかと疑いたくなるくらいの強さで、私の身体を押しのけた。私の抵抗など何のその、あっという間に水袋はバウワー伯爵令嬢に奪われてしまった。


「あら、いやだ。貴方って案外ひ弱なのね」


 ふん、と得意気に鼻を鳴らしたバウワー伯爵令嬢は、私から奪った水を躊躇うことなく口に含んだ。


「馬鹿っ!」


 慌てて取り返すも既に後の祭り。バウワー伯爵令嬢の喉がコクリと鳴った。


「あら、珍しい。これってランカ水だわ」

「え?」


 聞きなれない単語に私は首をひねる。


「グラン国にはあんまり馴染みがないみたいだけど、ずっと南の方の国にある解毒作用を持つ果物よ。清涼感を持つ風味でランカを知らない人はよくレモンと間違うらしいわ」

「え、え?」

「一般的には解毒作用が強すぎてそのままでは使えないから、こうやって水に絞って薄めるのよ。それを摂取すると身体の中の不純物を汗や小水と一緒に外へ出してくれる効果が認められていて、南の国では食べ物としてではなく、薬と同じような扱いをされているわ」

「へ、へぇ」

「特徴としては、水以外の物と混ぜるとなぜか清涼感を失い、とても口に出来たものではない味になるそうよ」


 スラスラと、まるで書物を読み聞かせているように淀みなく語るバウワー伯爵令嬢に、思わずポカンである。


「だから、これは飲んでも大丈夫だと思うわ。むしろ積極的に飲んだ方がいいのではないかしら。貴女、さっきのお料理を少しとはいえ口にしていたでしょう?」

「それは、バウワー嬢も一緒だわ」

「馬鹿にしないでちょうだい。私は大丈夫よ。食べる振りをしただけだもの。食欲も全然無かったし」


 しかも料理に毒が仕込まれている可能性をしっかりと把握していた事にも吃驚だ。この発言で、私の中の非常識な小娘という先入観はすっかり撤回されてしまった。


「はぁ…、随分と博識なのね」

「…あっ」


 私が感心したように言うと、バウワー伯爵令嬢はさぁっと顔色を変えた。それはまるで、やってしまった、と後悔をしているようで、私は再度首を捻ってしまった。


「…………小賢しいって思う?」

「え、小賢しい? なぜ???」


 巷では才女と呼ばれている私が知らない知識だ。感心こそすれども、小賢しいなんて思うはずもない。


「正直に言えば吃驚はしたわ。けれど貴方のその博識さは素晴らしいと思うわよ。そんなに萎縮する必要なんてない。逆にもっと胸を張るべきよ」

「そ、そう…?」

「ええ。もし『小賢しい』なんて言うような馬鹿がいたら、思いっきり踏んづけてやりなさいな」


 力強く頷くと、「ふ、踏んづける?」と少し小首を傾げていたけれど、バウワー伯爵令嬢はほんのりと頬を染めて小さく笑った。あら、可愛いこと。


「………貴女もラウル様と同じことを言うのね」

「え、ラウルと?」


 それはちょっと嫌。そう思ってしまったのか顔に出てしまったのだろう。バウワー伯爵令嬢は怪訝そうに顔を顰め言った。


「ラウル様の事、嫌いなの?」

「えぇ、そうね。嫌いだわ」

 

 つい間髪入れず答えてしまった私。でもほら、ラウルに対して『屑』発言をしている事ですし、今更取り繕う必要はない訳ですしね。


「それはプリシラ様との不貞が原因なのよね。じゃあ、それは誤解だわ。ラウル様は不貞なんてしていない。私が証明するわ!」

「えぇ? 証明って…、あはは」


 出来るはずがない。そう思って笑い飛ばした。だって不貞を現実に犯しているかどうかは別として、ラウルの心が王弟妃にあるのは間違いないからね。


「本当よ。その証拠にあのネックレスの説明が出来るわ!」


 それなのに、バウワー伯爵令嬢は真剣な面持ちで迫ってくるものだから、私はその勢いに押されて彼女の説明とやらを聞く羽目になった。

 聞いても私の中のラウルに対しての感情が変わる事は無いと思うけど。


「エイリアお姉様が持ってきた、秘密の贈り物っていうネックレス。あれはね、本当はラウル様が貴女に贈った物なのよ。嘘じゃないわ。だってラウル様が貴女へのプレゼントを迷っていた時に、私が協力して購入した物だもの!」

「へー」


 ついつい平坦な受け答えである。それに、それを聞いて何を思えと? 


「婚約者と上手くいっていないんだって。誤解があって拗れてしまっているから、どうしても仲直りしたいって言っていたわ。昔みたいに笑い合いたいって」


 あー、確かに昔は笑い合っていたし仲は良かったけどね。どの口がそんな事を言っていたんだろう。誤解って何が誤解だよ、と思ったものの、口には出さなかった。だって一生懸命にラウルの弁明をしているバウワー伯爵令嬢が可哀そうだったから。


「それなのに、貴女に贈ったはずのプレゼントが届いていないってラウル様が私に確認しに来たの。リーゼンロッテ領から直接貴女の元へ送るように手続きを頼まれていたのは私だったから。でも本当はエイリアお姉様が手続きをしたの。だからその事をお姉様に問い詰めたら、ちょっとした手違いで壊してしまったって…」

「……それで?」

「急いで修理をお願いしに行ったわ。でもお姉さまがラウル様に自分の不注意でネックレスを壊してしまった事を知られたくないって…。だから懇意にしている宝飾店ではなく庶民街にある所へ行って修理を依頼したわ」


 それが私とライニール様が見た日という事か。


「そっか。じゃあブーレラン嬢が持っていたネックレスは修理された物なのね」

「そうよ。屋敷で閉じこもっている私を見舞いに来たエイリアお姉様と一緒に引き取りに行って、そのままここに連れて来られたの」


 そこで私がここに居る事を聞き、自分が騙されていた事を知ったとバウワー伯爵令嬢は言った。


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