表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/132

第63話

 全員が席に着くと、メイドが給仕を始めた。色とりどりの鮮やかな料理が目の前に並べられていく。


「素敵なドレスを着てらっしゃるのね」


 そう笑いながらブーレラン子爵令嬢は言った。


「そうおっしゃる貴方も、随分と豪華なドレスと宝飾品ですわね」


 だから淑女の笑みで言い返す。

 その私達の会話に居心地悪そうに身じろぎをしたのはバウワー伯爵令嬢だ。

 真っ赤な髪を無造作に下ろし、身に付けているのはどう見ても部屋着のワンピースだ。泣きはらしたのか、腫れぼったい瞼に顔がむくんでいて、見ているだけで痛々しい。


「大丈夫。貴方はとても可愛いわ」


 私は慰めるようにバウワー伯爵令嬢に言った。

 

「あ…、ありがと…」


 気まずげに、だけどホッと安心したのだろう、バウワー伯爵令嬢はぎこちない笑みを私に向ける。

 この状況下で自分の装いが気になるなんて結構豪胆だな、この子。なんて頭の片隅で思った。まぁ正直に言えば、私とブーレラン子爵令嬢のように着飾っている方がおかしいのだ。何も気にする事は無い。それにバウワー伯爵令嬢の装いは、部屋着のワンピースではあるけれど、とても彼女に似合っていて可愛らしい。

 反面、私とブーレラン子爵令嬢はどうだ。

 確かにバウワー伯爵令嬢よりはお金をかけたドレスではある。けれど私は髪を纏める事もせず、宝飾の一つ身に付けていない。紅すら差していないのだ。ドレスだけが豪華であったとしてもバランスが良くなく、淑女の装いとしては決して合格点を貰えるものではない。更に言えば、この数日入浴さえできていないのだから、評価はダダ下がりだ。

 そして何よりもブーレラン子爵令嬢だ。一見、私達の中で一番完成された装いではあると思う。豪華なドレスと、それに合わせた宝飾品たち。白粉も紅も頬紅も、装いに合わせた良いバランスで素敵ではあると思う。だけど残念。ドレスも宝飾も化粧も一級品なのに、一番重要である本人、ブーレラン子爵令嬢に似合っていないのだ。それはいっそ滑稽なまでに。

 さっきの台詞をそのまま素直に受け取ったブーレラン子爵令嬢だけど、私は失笑してやったのだ。ドレスその他もろもろに負けてますよ、と。

 この装いは、控えめな容姿をしたブーレラン子爵令嬢ではなく、はっきりとした顔立ちをしたバウワー伯爵令嬢の方が似合うだろう。でも、この装いが誰よりも似合うのは王弟妃殿下なのだろう。きっと身に付けている宝飾品は盗まれたものだろうから。


「あら、どうなさったの? どうぞお召し上がりになって」


 私もバウワー伯爵令嬢もカトラリーすら手に取っていないのだ。私達の心証は推し量らんばかりだろうに、無邪気に悪気のないくったくない笑みで「どうぞ」と、ブーレラン子爵令嬢は食事を勧めてくる。


「そんな心配なさらなくても…、仕方がありませんわね」


 信じてもらえない事に悲しみを滲ませ、ブーレラン子爵令嬢はスッと手を上げた。給仕をしていたメイドの内二人が進み出て、私とバウワー伯爵令嬢の前の料理を少しずつ取り分け、目の前で試食し始めた。

 

「ね、大丈夫でしょう?」


 だから安心して召し上がってね、とほほ笑むブーレラン子爵令嬢に、私は呆れた眼差しを送った。

 そうじゃない。私が料理に手を付けないのは毒などが混入されているのを警戒しているからではないのだ。きっと隣のバウワー伯爵令嬢も一緒の気持ちだろう。

 私は諦めた思いでカトラリーに手を伸ばした。同時にバウワー伯爵令嬢もそれに倣う。


「ふふ、美味しいでしょう?」

「そうですね。とても美味しゅうございます」


 口にした料理は本当に美味しかった。けれど、全く楽しくない食事だ。こんなでは、せっかくの美味しい料理も効果は半減だ。


「私、貴女とお話をしてみたかったの。だからこうしてお食事をご一緒できて嬉しいわ」

「……そうですか」


 私は全然嬉しくないし、出来る事ならお話なんてしたくもなかったけどね。


「ねぇ、ちょっと見てもらいたい物があるのだけどいいかしら?」

「…構いませんが?」

「うふふ、嬉しいわ」


 そう言って、ブーレラン子爵令嬢はメイドに目配せて持って来させた物を目の前に置いた。

 見覚えのある宝飾ケースに、一瞬だけ上がった眉に気付かれただろうか。隣にいるバウワー伯爵令嬢もケースを見て狼狽えた様子を見せる。


「開けてみてちょうだい」


 促され、そっとケースを開けると、天使の羽の真珠にシトリン、そしてグリーンアメジストのネックレスが鎮座していた。予想通り、あの日にアネモネ宝飾店で見たものに違いなかった。


「それを見て、貴女はどう解釈するかしら?」

「解釈…ですか?」

「えぇ、そう。それはある男性からある女性への贈り物なの。どういう意味がそれに込められていると貴女は考えるかしら。教えて下さる?」

 

 ある男性、それはラウル。ある女性、それは私なのか、王弟妃なのか。宝飾紛失の犯人である彼女が所持していたのだから、おそらく王弟妃なのだろうとは思う。


「そうですね、それがどなたなのかは存じ上げませんが…」


 と、一応悩む素振りを見せて、私は自分なりの解釈を述べた。


「シトリンには『希望』を、グリーンアメジストには『愛と癒し』、真珠には『清楚』や『慈愛』でしょうか。真珠には母性を感じさせる要素もありますし、この形を考えると『全ての物事が順調に運ぶ』とかでしょうか…」


 それの組み合わせから導かれた意味。


「『慈愛』溢れる母なる『清楚』な君に『全ての物事が順調に運ぶ』ように、『愛と癒し』の『希望』を贈る、と言った所でしょうか?」


 自分で考えた解釈ながらうんざりである。

 もしこれが、夫から妻への贈り物だったとしたら『君の願いは夫の僕が叶えてあげるよ』と解釈できるけれど、ラウルが王弟妃に贈ったのだとすれば、意味は全く違う物になる。既婚者に対しての愛の求婚であり、不貞の誘いでもあるのだ。うっわ、気持ち悪っ!


「まぁ、とても素敵な解釈だわ」

「それは、どうも」


 こちらは口が腐りそうだったけれどね。


「それがご自分の婚約者が他の女性に贈った物だとしたら、貴女はどうされるのかしら?」


 え、何を今更? と怪訝な顔をした私に、何を勘違いしたのかブーレラン子爵令嬢はまくし立てるように話し始めた。


「これはね、ラウル様がプリシラ様に贈られた秘密の贈り物なのよ。吃驚したかしら? でも本当の事なの」


 うんうん、だろうと思ってたけど。


「意地悪をしてごめんなさいね。ご自分の婚約者が他の女性に贈る品の意味を貴女に聞くなんて残酷な事をしてしまった私を許して。これもグレイシス嬢、貴女の事を思っての事なのよ」


 はてはて、最初からその前提で解釈しましたけど。しかも私の為とはなんぞよ?


「許せないわよね。婚約者がいる身で他の女性、しかも既婚者にこんな物を贈るなんて! 許される事ではないわよね。プリシラ様もプリシラ様よ。王族に嫁いでおきながら、王弟殿下を裏切ってラウル様との秘密の恋を楽しむなんて許される事ではないわっ」


 おやおやおや、何が言いたいのかな? ブーレラン子爵令嬢は王弟妃のお取り巻き、もといご友人なはずなんだけどね。ま、それを言うとご友人から盗みを働くという真似を仕出かした事になるので、ご友人ってなんぞよ? という話になるのだけれども。


「子爵の私では王弟妃の命令には逆らえなくて、秘密の恋の手伝いをさせられてしまったけれど、このネックレスを見た瞬間に目が覚めたのよ。このままではいけないって…っ!」


 うるうるうる、と瞳を潤ませ始めたブーレラン子爵令嬢。いつの間に、お花畑劇場の開演していたのかな?


「私は腐っても王侯貴族の端くれ。王族を裏切るような真似をしているプリシラ様やラウル様を放っておくなんて出来るはずはありませんわ。ましてや一途に婚約者を想い続け、健気に待ち続けた乙女を裏切る手助けなんてっ、私は…、私はもうしたくはありません…っ‼‼」


 うっわ、熱演ですねー(棒読み) しかも、一途で健気な乙女って(笑)


「だから私は、この事実を明かす為に我が身を犠牲に王弟妃宮から宝飾を盗むという罪を犯したのです。有無を言わせぬ証拠とする為にですわ。全ては王族の為、そして何より報われぬ想いを持ち続ける貴女の為にです」


 えー、無茶苦茶理論きた。


「どうぞ私の事は心配なされないで。私は私の心のままに、貴女の味方でいたかったの。だから私がどうなろうとも、貴女のせいではないわ。ご自分を責めたりしないで」


 うん、する訳がない、ない。


「私のこの行いは、きっと誰かが分かって下さると知っていますもの。だから大丈夫」


 ん? 誰がわかってくれるって??


「……でも、そうね。もし貴女が少しでも私を思ってくれるなら、どうかしら…?」


 そうおもむろに手を差し伸べられる私。


「貴女も私と一緒に、あの二人の秘密の関係を明らかにして、正義を取り戻しましょう!」


 キラキラキラキラ、まっぶしいわーーーーっ‼ 一体どこに正義があるんでーすーかぁぁ⁉

 

 内心、大絶叫である。が、現実の私は、エイリア・ブーレラン子爵令嬢に拍手を送っていた。


 すっごい真顔で。


いつもありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ