第59話
マグコミ様にて8月15日から青山克己先生作画で『裏切られたので、王妃付き侍女にジョブチェンジ!」が連載開始されました。
表情豊かなキャラクター達がいます。スッゴイです!!
ぜひ観てみて下さい!
3日目。
「朝食でやんすよ」
手下の男が朝食にと持ってきたのは野菜スープとパンだった。
私からの要望で胃に優しいものを、とはお願いしていたが意外も意外。スープからはとても美味しそうな匂いが漂っている。正直、味にはそんなに期待はしていなかったが嬉しい誤算だ。
それに正確には分からないけれど、感覚的には早朝であると思われる時間帯に活動している事にも驚いた。
「…ありがとう」
「どういたしまして、でやんす」
昨日と全く同じお礼、そして同じ返事である。
独特な喋り方と、風貌とは裏腹に愛嬌のある笑顔が特徴の手下、勝手に命名『ヤンス』は手慣れた手付きでベッドトレイに並べていく。
「そちらのお嬢さんは食べれそうにないでやんすね。一応用意して来やしたがどうしやすか?」
ヤンスは未だに熱が下がらず魘されている女性を一瞥して言った。
「そうね。スープだけ置いていって」
起きた時に食べられるようなら食べた方がいい。
「野菜スープの固形がダメそうだったら、ミルク粥を作ってきやしょうか?」
「…作るって、もしかして貴方が作るの?」
「料理は趣味でやすからね、このスープもおいらのお手製でやんすよ。心配しなくても毒なんて入れてないでやすから、安心して食べるといいでやんすよ。あ、今おいらが一口食べた方が安心できやすね!」
そう言って、ひょいと一口スープを啜って「我ながら美味いでやんす!」とヤンスは自画自賛をした。
本や舞台に出てきそうな、いかにも悪党の手下と言わんばかりの風貌なのに料理が趣味、しかも香りだけで分かるクオリティの高さに、私は目をまん丸にして驚いた。
「見かけによらないのね」
「ひゃひゃ、姐さんも人の事言えないでやんすよ」
「…それはどういう意味かしら?」
「あひゃ、自覚ないでやんすね」
ヤンスは笑いながら、とんとん、と頭を指した。
「頭…? あぁ、髪を下ろしたけれど、それがなに?」
昨夜に湯あみ用のお湯を貰った際に下ろして、鏡もないので横に一纏めにしてある。それも結紐なんてなかったのでポケットに入れていたハンカチを使ってだ。
「頭を凄んでる時にゃ、ちびりそうになるくらい怖い女の人だと思ったでやんすけどね、そんな風に髪を束ねてるとただのか弱いお嬢さんに見えるでやんすよ」
確かにあの時は怒りMAXではあったが、ただちょっと舐められないように虚勢を張っただけの正真正銘か弱い乙女である。そんなに驚く事でもないのに、何を言っているの。
「でも、それは貴方達が情けないだけじゃないの」
たかが私の凄味ぐらいで怯むなんて、男としてどうなのかしらね。まぁ、ドンと構えられても困るのだけれど。
「それは否定しやせん。でも他の奴らが『山で出くわした熊より怖かった』って言ってたでやんすよ、ひゃひゃひゃ」
大口開けて笑うヤンスに、熊って言い過ぎじゃない? と多少の苛立ちを感じたが、無視をして用意してくれたスープを口に含んだ。
「……美味しい」
香りだけでもクオリティの高さを感じてはいたが、味もとんでもなく美味しかった。それこそ、我が子爵家の料理に遜色ないくらいに。
「貴方、なんでこんな事やっているの?」
「変な事を聞いてくるんでやんすね」
これだけの腕を持っているのなら、こんなならず者になんてならなくても、と純粋に不思議になる。
「だって、貴方勿体ないわよ。それにいつまでもこんな事していられないでしょう? いつかは絶対に捕まるわ」
今まで無事だったとしても、これからも犯罪に手を染め続けるのなら必ず終わりがくる。
「そうでやんすね。ま、いつかは足を洗うつもりでやすけど、それはオイラが決める事ではないでやんすよ」
「自分で決めないで誰が決めると言うの」
「それは頭が教えてくれるでやんす!」
またもや愛嬌のある笑顔できっぱりと断言したヤンスに、それ以上何も言えなくて私は口を噤んだ。
「んじゃ、後でミルク粥持ってくるでやんすね」
このお話は終わり、と言うようにヤンスは笑う。
「…えぇ、ではお願いするわ」
「了解でやんすよ」
もうそれ以上は言うまい。余計なお世話にすぎないだろうし、私が言って止めるようなら、とっくの昔にまともな職に就いているに違いないのだから。
それにしても、陽気に振る舞うこの男も案外侮れない、そう感じた。
「あと、姐さんは少しくらい寝た方がいいでやんすよ。目の下がヤバいでやんす。いくら化粧品を頭が持ってきてくれたからって、誤魔化せてないでやんす」
放っておいて。そんなの自分が一番よく分かっている。
「…好きで寝てないのではないわ」
寝てもいいなら、私だって睡眠を思う存分取りたいに決まっている。けれど安心できない状況下で安眠なんてできるか。そう怒鳴ってやりたかった。
私は自分の身も、そしてここの眠っている彼女も守らなければならないのだ。
「あー…、もしかしてでやんすが、昨日の晩に誰ぞ来たでやんす?」
頬をポリポリと搔きながらヤンスは言ったが、私は答えなかった。それが答えだ。
ヤンスは何やら小さな声で「……で、…やんすね」と呟いたが、私の耳には微かにしか聞こえてこなかった。
「でも入って来られなかったでやんすよね。ここのカギはオイラと頭だけしか持ってないでやんすし」
「……貴方とリオだけ?」
「そうでやんすよ。だから安心して寝ても大丈夫でやんす。ここのカギは頑丈で、ちょっとやそっとでは壊れないでやんすし、開けられる事はないでやんすから!」
ぐっと親指を立ててウインク付きのヤンスに、私はため息を吐く。何の解決にもなっていない。
「馬鹿なの? それでなんで安心できると思うのよ。貴方とリオは入って来られるじゃない」
リオとヤンスが私達に無体を働かないなんて、そんな保証はどこにないし、元より信用の欠片もない。
「おいらが姐さんを⁉ とんでもねぇ、頭に殺されるでやんす!」
くわばらくわばら、と腕をさするヤンス。
「頭も姐さんに変な真似はしないでやんすよ。頭は無理やりって好きじゃないでやすし、結構ロマンチストだったりするでやんす!」
そう言われても、実際に目の前に傷付いた女性がいるのだ。安心できるはずがない。
「それに、おいらも頭もその娘にも指一本触れちゃいないでやんすよ」
私の非難の眼差しに、ヤンスは心外そうな表情をした。
「……だから?」
「うん? 姐さんが誤解してたから弁解してるでやんすよ。信じて欲しいでやんす!」
「はっ、誤解も何も、実際に手を出したかは関係なく、組織のトップがそれを容認したのなら同じ事だわ」
上に立つ、と言う事はそう言う事だ。
私がそう言い切ると、ヤンスは言葉を無くし、その後すぐに破顔した。
「ひゃっひゃっ、さすが姐さんでやんすね!」
私は言い返そうとして途中で止めた。どうせ言ったところで無駄な気がしたのもあるが、返ってきた反応の意味が分からなかった。どう考えても笑う所ではない。それにさすがに二晩続けての徹夜で心身ともに堪えている。それだけの労力を使う気になれなかったのだ。
「もう勝手にして…」
そう呟いた私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、ヤンスは鼻歌を歌いながら部屋を後にしたのだった。
その後、約束通りミルク粥を持ってきたヤンスと、共に来たリオが持ってきた、やたらめったら豪奢なドレスでひと悶着あったのは割愛である。
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