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第57話

 そうして、再びリオが手下達を連れて来たのは直ぐのことだった。


 自分で言っておいてなんだが、こんなに早く要求を叶えてくれるなんて思いもしなかった。だが、次々と運ばれてくる大量のクッションに、大きめのカンテラ。肌に触れる外からの新鮮な空気。私が要求した全てが叶えられているのだ。

 身体を清める為のお湯と食事は、また後で持ってきてくれるらしい。


「仕事の早い男だろ、俺は」

「…とても素晴らしいと思うわ」


 そこは素直に認める。


「惚れたか?」

「まぁ、うふふふふ」


 馬鹿なの? このくらいで惚れるって、どれだけチョロい女性を相手にしてきたのかしらね。


「つれねぇなぁ、マーシャ」

「私の名はマーシャリィです」


 何度言わせればわかるのだろうね、この男は。改善する気がないのか、本当の馬鹿なのか。いや、面白がっているだけのような気がする。


「頭、終わりやした」

「おう、ご苦労さん。あ、おめぇ、この間どっかの娼婦に服を強請られたって言ってたよな」

「へ、へい。そうでやすが…?」


 粗方の荷物が運ばれた事を報告した手下に、リオは唐突に質問を投げかけた。


「どこの仕立て屋だ?」

「表通りの仕立て屋でやすが…、まさかその女に買ってやるつもりでやすか?」

「なんか文句でもあんのか、あぁ?」

「いやぁ、そうではないでやすけど…」


 手下の一人に、ジトッとした眼差しを向けられる私。


「別に私は買って欲しいなんて一言も口にしておりません」


 そんな目で見られても、私が望んだ事じゃない。


「惚れた女に服を買ってやるのは男の甲斐性だろ?」

「へー、そーなんですねー」


 我ながらびっくりするくらいの棒読みである。

 好きでもない男性にドレスを贈られても迷惑なだけだと思うけどね。しかも、興味を持っただけではなく、まさかの惚れた発言ですよ。私のどこに惚れる要素があったんだろうね、摩訶不思議。あ、これも本気じゃなくて、名前同様面白がっているだけか。はいはい、納得。

 

「すぐに見繕ってくるから、楽しみにしとけな」

「はいはい」


 いちいち相手にしているのが面倒臭くなってきた。でもだからと言って放置するわけにもいかない。私達の命はこの男が握っているのだから。


「チッ、浮かれやがって…っ」


 そんな会話の中、かすかに聞こえた不満の声。

 頭であるリオの命令に従順な様子を見せている荒くれ共の中で、たった一人だけ私達のやり取りをやたらと気にしている男の存在にはすぐに気付いてはいた。その不満の声がその男の口から出た事も。

 じっとりとした暗い淀んだ視線を私ではなくリオに向けていた。あの視線を私はよく知っている。リオの暗い瞳を空虚に例えるのなら、不満を漏らした男の歪んだ瞳は、妬み嫉みのそれだ。


「くく、あれも中々楽しませてくれる男なんだぜ」


 私が男の存在に意識を傾けている事に気付いたリオは、喉を震わせながら耳元で言った。


「それは…」


 同情するわね、という台詞は言葉にはしなかった。代わりにリオを見上げ、ダメ元でお願い一つ。


「あぁ、服を買って下さると言うのであれば基礎化粧品までお願いできます?」

「ぶはっ、厚かましさが増してねぇか、おい」

「また『コテン』ってしましょうか?」


 気に入っていたじゃないですか。こちとら、25歳お肌の曲がり角真っ最中である。何気に切実案件なので、お望みならそのくらいやってあげるのはやぶさかではない。


「くくく、あんた分かってんのか。男が女に服をやるのは脱がせたいからなんだぜぇ。そんな男に化粧品を強請るってどういう意味なのか理解してんのか?」


 意味ねぇ? 確かによくよく考えてみれば意味深であるけど、深読みし過ぎだ。もしくは私を怖がらせる為に揺さぶっているのかしらね。


「はっ、面白い戯言」


 私は鼻で笑って見せる。悪いけど、もう覚悟は決めてあるのだ。


「ご存じでしょうけど、私は洋服一つでどうにかなる程軽い女ではありませんよ。それに、もし強要するのであればご覚悟なさって」


 にっこりと、満面の笑顔で忠告してあげる。


「どんな手段を使ってでも私は命を絶ちます。もちろん貴方を道連れに、ね」


 その言葉を聞いたリオは、私の笑顔に対抗するように、恐ろしいくらいの笑みを浮かべて受け止めた。


「おっかねぇ…」


 視界の隅で、仕立て屋の場所を聞かれた手下の男が身震いしてポツリと呟く。周囲に居た他の荒くれ達も、同じように立ち竦んでいる。

 今、部屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。それを作っているのは間違いなく私とリオで、その雰囲気に押されているのは荒くれ達。案外肝が小さいのね、なんて頭の片隅で思ったりもした。


 誰も声が出せない異様な雰囲気を壊したのは、小さな女性のうめき声だった。


「どいて!」


 ハッと我に返った私は、佇む荒くれ達をかき分けて女性の元に向かった。そこには息を荒くし、顔を真っ赤に染めた女性がいた。


「冷たい水を用意してちょうだい、早く!」


 思わず、いつもメイドに命令するように荒くれ達に指示を出してしまった。


「へ、へい!」


 私の気迫に押されたのか、手下の一人がバタバタと部屋を出て行った。途中で指示に従う必要はないと、我に返らなければいいけれど。


「何をぼぅっとしているの? 毛布を持ってきて」


 さっきの手下が言う事を聞いてくれたのなら、他の人も聞いてくれないかな、と甘い考えの元に言ってみる。


「な…、なんで言う事聞かなきゃいけねぇんだっ!」


 だよね。さっきの手下が素直に応じたのがおかしいのだ。諦めようとして、だけどそこで口を出したのはリオだ。


「持ってきてやれ」

「ですが、頭!」

「いいから持ってこい。命令だ」


 有無を言わさない命令である。リオの行動は有難いけれど、その真意がどこにあるのか。彼に何の得もないはずなのに。

 だが今は考えている暇はない。私はなるべく静かにゆっくりと女性を抱える。敷き詰めたクッションに移動させる為だ。けれど、一人の成人女性を抱きかかえるのは簡単ではなく、しかも意識を失っているのだから尚更大変であった。


「運んでやろうか?」


 男のリオに運んでもらうのが一番確かで安全な事は分かっている。だけど、私はそれをあえて無視をした。


「…悪いけど我慢してね」


 私は意識のない女性に話しかけた。もちろん答えないけれど、それでいいのだ。


「ふんっ、と」


 ぐっと足腰に力を入れて、少しずつ多少危なっかしくはあったが、何とかクッションを敷き詰めた簡易ベッドに移動を成功させた。


「くく、厚かましく、頑固な女」


 最高の誉め言葉である。

 私は振り返り、リオを筆頭にしてこちらを窺っている男共を端から端まで見渡した。


「言い忘れておりましたが、私だけではなく、彼女にも指一本でも触れて御覧なさい」


 私の喉から出た、低く冷たい声。


「容赦なく、使えなくして差し上げますわ」


 当然、何をなんて口にしなくても分かるでしょう?


 竦み上がったのか、心なしか内股になった荒くれ達を一瞥した私は口元をかすかに上げた。 


誤字脱字報告、ブクマ、評価をありがとうございます。

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